斗和君から離れちゃうと死んじゃうんです病

 相坂がまさかの真理に想いを寄せていること、そして絢奈から外部コーチが新たに来ることを教えられて数日が経ち、後ほんの少しで夏休みとなる。

 この夏休みは体育祭の準備等で忙しくもなるだろうが、それ以外の時は可能な限り絢奈と一緒に居ようって約束をしている。焼肉とかしたいと俺が言えば、絢奈は一緒にプールに行きたいなど……まあ恋人が揃えばやりたいことなんていくらでもあるということか。


「雪代~!」

「? は~い」


 放課後、少し用があってブラブラしていたら担任に呼ばれたのでそちらに向かう。


「すまん、これから会議があってな。雪代が良ければ視聴覚室の鍵を閉めておいてくれないか?」

「いいですよ。鍵はどうすれば」

「終わったら俺の机に置いておいてくれ」

「了解っす」

「助かるよ。じゃあ頼むな」


 気さくに手を振った担任に俺も手を振り返した。俺のクラスの担任は若い先生になるのだが、何か問題が起きた時とかは生徒側の目線に立って物事に当たるため俺たちのクラスでは人気の先生だ。先生の存在を邪魔に思ったりとか、下に見るような生意気な奴が多いこのご時世において、俺たちのクラスは本当に平和なもんだと実感する。

 視聴覚室に向かう途中で自分のクラスの前を通るわけだが、一緒に帰る約束をしている絢奈がまだクラスに残っていた。


「あ、斗和君!」


 嬉しそうに駆け寄ってくれるがごめんな、今から担任からの頼まれごとをしないといけないんだ。それを伝えると絢奈も付いてくると言い、二人で視聴覚室に向かうことになった。


「待っててくれてもいいのに」

「今更ですよ。少しでも長く斗和君の傍に居たいんです」


 いつも思うことだけど、絢奈は本当に欲しい言葉をくれる子だ。そんな子だからこそ、俺もどうしようもないくらいに彼女のことを好きなんだろう。まだ校舎の中であってもスッと自然に伸びてくる絢奈の手を握ると、絶対に離さないと言わんばかりの強さで握り返される。


「また遠藤先生に注意されますかね」

「どうだろうな」


 遠藤というのはさっき会った担任のことだ。クラスメイトは微笑ましく流してくれる絢奈とのやり取りだが、やはり先生の立場からすると少し引っ付き過ぎらしい。


『お前らよぉ、ラブラブなのは良いけど時と場所は考えろよ? なんだよ雪代、独身で毎日寂しくしている俺への当てつけか? どうやったらそんな美人の彼女が出来るのか教えろ』


 後半はただの僻みだろうけどうちの担任はこんな人だ。しかもこれをクラスのド真ん中で言うものだから恥ずかしかった。まあその後に本気でどうやったら先生に素敵な嫁さんが出来るのかって話になったのは笑ってしまったけど。男子もそうだし女子もああすればいいこうすればいいってアドバイスしてるのを見て遠藤は好かれてるんだなって思った。


「準備室もか。入るぞ絢奈」

「は~い」


 視聴覚室に入って準備室の鍵をまず閉める。すると――。ガチャッと入り口の鍵が掛かる音を聞いた。


「絢奈?」


 もちろん今この場に居るのは俺と絢奈だけなので、鍵を閉めたのは必然的に絢奈ということになる。手を後ろに回すような形で鍵を閉めた絢奈は、ニッコリと笑って口を開いた。


「二人っきり……ですね?」


 頬を赤らめて何かを欲しがるようなその仕草だ。俺は絢奈の傍に向かって頭にポンと手を乗せて撫でると目を細めて気持ちよさそうにしている。


「そうだね。じゃあ帰るぞ」

「……むぅ。斗和君が手強いです」


 今時と場所を考えろって話をしたばかりじゃないか。まあ絢奈もそれは分かっているのだろう、ですよねという風に表情を切り替えて鍵を開けた。


「“前に”大変なことになりましたからね……」

「……………」


 ……ごめん絢奈、やっぱり俺も悪かったよ。

 視聴覚室の入り口の鍵を閉め終わり、そのまま教室に戻ってお互いに鞄を持って職員室へ。担任の机の上に鍵を置いて俺たちは校舎を出た。

 校庭では相坂を含めた野球部の元気な声が、そして校外を走っていたのか陸上部の面々が続々と帰って来ていた。


「あ、真理ちゃんです」


 絢奈がそう言うと、真理が汗を搔きながら走っていた。真理は俺たちに気づくと手は振ってくれるがこちらに来るようなことはない。流石に部活中だから勝手なことは出来ないよな。

 走り終わった子たちがストレッチをする中、見慣れない男性の姿が目に入った。なるほど、あれが外部コーチってやつか。それとなく先生が言ってたっけ……確か名前は立花、そう立花って人だ。


「あれが外部コーチね」

「みたいですね。斗和君帰りましょうか」

「あぁ」


 見た目は筋肉質なイケメンって言ったところか、あれは若い子に人気がありそうだな。現にストレッチの手伝いなのか体に触れているが、触れられている子は顔を真っ赤にしてはいるものの嬉しそうだし満更でもなさそうだ。

 絢奈に手を引かれたので帰ろうかなと足を動かそうとした時、立花がその女子に俺たちを指さして何かを聞いていた。すると立花はその女子から離れて俺たちの元へ歩いてきた。


「こんにちは。君たちとは初めてかな?」

「どうも。立花さんですよね? 名前は先生から聞いてます」

「そうか。なら自己紹介の手間が省けて助かるよ」


 爽やかに笑う人だ……でも、何となくだけど裏がありそうな笑顔に見えてしまうのは何だろうな。疑い過ぎか? 流石に表情には出さないけど心の奥ではずっとこんなことを考えていた。


「さっきの子が言ってたけど二人は付き合ってるんだって? 美男美女で羨ましいよ」

「それはありがとうございます」

「……(ペコリ)」


 お礼を口にした俺と違い絢奈は口を開かない。前に言ってたけど、絢奈は他の男に綺麗だとか可愛いと言われるのが嫌らしい。


『私は斗和君のために自分を磨いたんです。斗和君以外の人にそんなことを言われるために頑張ったんじゃないんですから何を言われても嬉しくありませんよ。寧ろ鳥肌立って気持ち悪くなるのでやめてほしいのですが』


 本当に嫌そうにそう言ってたっけ。

 絢奈が口を開かないということは本当に嫌がっている証とも言える。だから俺は絢奈の手を引いて去ろうとしたのだが、ここで陸上部の女子の声が響いた。


「コーチ~! コーンとか出してきましょうか~??」

「あぁ頼む……いや、俺が行くよ」


 そこで立花は何故か絢奈を見た。そしてこんなことを口走る。


「陸上部以外の子とも話をしたくてね。音無さん、良かったら手伝ってくれないかい?」


 ……いや、男手の俺が居るのにどうして絢奈を頼るんだこいつは。どうやら俺の感じた勘というか、裏がありそうってのは案外間違ってなさそうかな。

 俺が行きます、そう口を開こうとして絢奈が先に答えた。


「分かりました」

「本当かい? それじゃあ――」

「私と斗和君で行きますので、コーチは是非ともみなさんの指導に集中なさってください」


 絢奈は俺の手を引いた。


「ま、待ってくれ。全部任せっきりにするのは……」

「コーチはつい最近こちらに来たばかり。ならば陸上部のみなさんと親交を深めておくのは大切なことではないでしょうか。これくらいの雑用は私たちに任せてください。部活をするみなさんにとって日々の練習はとても大切なことです。しかも村上先生が居なくなって頼れるのはコーチのみ、一分一秒も無駄にしてはいけないと思うのです」

「だ、だが……」

「それに」


 そう言って絢奈は俺の腕を抱いた。


「私、斗和君から離れちゃうと死んじゃう病を発症してしまうんです。もしかしてコーチは私に死んでほしいんですか? そんな酷いこと言いませんよね?」

「……えっと」

「ですから斗和君と一緒に行ってきますね? ささ、行きましょう」

「……………」


 ……あの立花の顔、完全に絢奈がめんどくさい子だと思った顔をしている。

 立花はそのまま生徒たちの指導に戻っていき、俺たちは用具室にコーンを取りに行った。


「……気持ち悪い、あの目吐き気がします」


 絢奈は隠してるつもりかもしれないけど表情が凄いことになってる。それからコーンを持っていき、俺と絢奈はすぐに立ち去った。帰る時に校庭を眺めることが出来るが、立花を慕っているのは部員の半々と言ったところか。真理や他の子たちは少し離れた場所でストレッチをしていた。


「それにしても、普段あんなこと言わないのに珍しいな」

「あぁ……あれぐらい言えばめんどくさい奴だなって思われていいかなと思いまして」

「やっぱりその意図があったんだ」

「胸とかお尻とか見てる気がして寒気がしたんですよね。真理ちゃんにもちょっと気を付けるように連絡しておきましょう」


 絢奈からのメッセージを見るのは練習の後になりそうだけど……でもどうかな。真理はあまり人を疑わないというか、騙されやすい典型みたいな感じの子だから。


(……忘れそうになるけどエロゲーの世界だもんな。シナリオからは完全に外れてしまってるし分からないことが多いな流石に)


 だからこそ、傍に居るこの子を守れるのも俺だけ……か。

 腕を抱いて幸せそうに微笑んでいる絢奈を守る、二人で幸せになると宣言したことを嘘にしないように、しっかりと俺に出来ることをやって行かないとだな。


「まあ手を出して来たら来たで処理するんですけどねぇ」


 処理って何をするんですかね絢奈さん。

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