相坂お前ひょっとして……
「そう言えばさ、最近佐々木と話をしなくなったな?」
「……あぁ」
その質問はある意味であまり聞いてほしくない話題だった。今までなら事あるごとに修とはよく話をしていたのだが、この間の屋上での一件以降俺と修の間に会話はない。それは絢奈も同様で、俺と絢奈が付き合ったことを切っ掛けに目を合わせることもしなくなった。
「……まあ深くは聞かないさ」
察したのか聞くことをやめてくれた相坂にすまないと短く言葉を返す。修も教室ではあまり他の人と話す姿を見ないので、自分たちのせいだと言うつもりはないが少しだけ気になってしまうのは確かだった。
相坂は話を変えようと別の話題を口にする。
「にしてもようやく期末テストが終わって後は夏休みを待つだけだな」
「そうだな。でも野球部は練習ばっかだろ?」
「まあな。そればかりは仕方ねえよ」
つい先日期末テストが終わりを迎えた。別に勉強が出来ないというわけではないし、何より絢奈と一緒に勉強をしたのでまだ結果は出ていないが自信は持ってもいいだろう。ま、どちらかの家で勉強するとはいえ二人っきりになればそれ以外のことも頑張るわけで。
『斗和君、私ってエッチな女の子なんでしょうか』
一緒になって横になっている絢奈がそんな質問をしてきたが、こう言ってはなんだが少し時間が出来て隙を見つけるとそういうアピールをしてくるのは非常にエッチだと思います。それで流されるように彼女を抱く俺もまたダメなやつなんだけどさ。
相坂との話中に妙なことを考えてしまってつい頭を振るう。
話を戻すがテストが終わった俺たちを待つのは夏休みだ……ただ、相坂のように部活のある連中とは違って、帰宅部の俺や絢奈は学校に出てこなくてはならない理由がある。
「体育祭の準備があるからなぁ」
「そう言えばあったな」
小道具もそうだし、自分たちの色の陣地に大きく掲げる絵も描かないといけない。絵を描くのは美術部が主に担当するとは思うけど、俺たちも学校に来て何かは手伝わないといけないわけだ。中にはせっかくの休みが潰れることを嘆いている連中も居たものの、俺個人としては別にいいかなという感じだ。傍に絢奈も居ることだしな。
「ま、その裏方のことは任せるわ」
「あいよ。部活頑張れよ」
「分かってるって。お前じゃなくて可愛い女の子に言われた方がやる気は出るけど」
「うるせえよ」
何だよもう応援しねえぞこいつめ。
そんな風に二人して駄弁っていると、目の前を見覚えのある女子が歩いていた。その女子は俺と相坂を見てあっと声を出しパタパタと駆けてきた。
「こんにちは! 雪代先輩に相坂先輩!」
「おうこんにちは内田さん」
「あはは、絢奈さんの彼氏さんですから真理で構いませんよ?」
「そうか。じゃあ次からそう呼ばせてもらうよ」
俺たちに声を掛けてきたのは内田……真理だ。彼女は会長と同じく修に恋をする人間だったが、最近の修の態度に段々と距離を感じ始めたらしい。それが原因で真理は修の傍に来ることが減って、今ではあまり話に来ることもなくなった。その時に絢奈に相談したことで、俺と絢奈の交際が真理にも伝わったというわけだ。
「それでお願いします! ……? 相坂先輩?」
そこで真理が相坂に視線を向けて首を傾げた。俺も釣られるように相坂に視線を向けると、何故かガチガチに固まっていた。
「おい、どうした」
「……はっ!? いやいや、何でもない何でもない。こんにちは……内田さん……」
なんで語尾が段々と小さくなっていくんだよ。相坂の様子は気になったが、俺はそれよりも真理が相坂のことを知っていたことが気になった。
「真理は相坂のこと知ってたんだな?」
「はい! 私陸上部なので、同じく校庭を使っている野球部の相坂さんはよく目にするんです」
「へえ」
まあ確かに普通に考えればそれなら知っててもおかしくないのか。
「一生懸命にボールを追う姿もそうだし、最初のランニングと筋力トレーニングもしっかりやっているのを見て、部活は違いますがこちらも気を引き締めないとって気持ちになるんです」
「なるほどなぁ」
真理がキラキラした目で相坂のことを話している。何だろうな、絢奈と一緒に話すこともあるがこの子は本当に自分の気持ちを素直に口にする。裏表がないし素直だし、悪い男に騙されそうな部分だけは心配の種だけど本当に良い子だと思っている。
「おい相坂、何さっきから黙ってんだよ」
「……俺の話か?」
「お前の話だよ」
本当にどうしたんだよと背中でも叩いてやろうと思って……そこで俺は相坂の顔がリンゴのように赤くなっていることに気づいた。俺たちの目の前には真理しかおらず、話をしている相手は当然真理しか居ないのだが、相坂の目はどこか真理を避けているようにも見える。
……あ、そういうこと。俺はそこで相坂の様子に合点がいった。
「そう言えば真理、さっき俺が相坂に夏休み部活頑張れよって言ったんだよ。そしたら俺じゃなくて女の子なら頑張れるって言ったんだ。是非応援してやってくれ」
「おい雪代!」
「え? そうなんですか?」
肩をガシっと掴んでくる相坂、反対にキョトンとした様子で相坂を見つめる真理。だけどやっぱり、この子は素直だった。
「相坂先輩、私なんかの応援でどうかなるとは思っていませんけど……部活、頑張って下さい! 私も頑張りますので!!」
人懐っこい満面の笑みに俺も頬が緩む。
そろそろ次の授業が始まるとして真理は先生に怒られない範囲の駆け足で自分の教室へと戻っていった。
「良い子だな本当に。よし、俺たちも帰るぞ……相坂?」
空を見つめ微動だにしない相坂、暫くそうして心を落ち着けたのか俺に視線を戻す。
「雪代」
「どうした」
相坂はふっと笑い、俺を真っ直ぐに見つめてこんなことを口走るのだった。
「来年の甲子園はもらったぜ」
「……そうか」
何だよ、これもう確定じゃん。
妙にやる気の満ち溢れる相坂と教室に戻ると、絢奈もそんな状態の相坂が気になったのか俺に聞いてきた。一連のことを話すと、手をポンと叩いてなるほどと笑みを浮かべるのだった。
「相坂君が真理ちゃんをですか。ふふ、これは先が気になりますね」
俺と絢奈の見つめる先に居る相坂は……何と言うか覇気が凄まじい。心なしかクラスの連中が揃って相坂を見ている気がする。
「あ、そう言えば斗和君。さっき職員室に行った時に聞いたのですけど」
「どうしたんだ?」
「来週から陸上部に外部コーチが新たに来るそうです。ほら、村上先生が産休に入ったので指導者が一人足りないとかで」
「へぇ」
外部コーチね……ま、主に陸上部に関わる先生なら俺たちが気にする必要は何もないか。
「それと、放課後に少し残ってほしいそうですよ。体育祭の絵について話がしたいそうです」
「了解」
相坂のことも気にはなるが、直近のことも頑張っていくとするか。
「斗和君」
「うん? っ!」
視線を向けた俺に絢奈が抱き着いて来た。
いきなりのことでビックリしたけど絢奈さん、ここが教室だと忘れていらっしゃる?
「離れていたので斗和君分を補給します。ぎゅ~♪」
離れていたのは数十分なんだけどな。
結局それから次の授業を担当する先生が見えるまで俺は絢奈の好きにさせていた。俺と絢奈が付き合っていることが知れ渡ってからというものの、絢奈もあまり遠慮をしなくなった。事あるごとにこうやって引っ付かれ、それを俺は相坂や親しい友達に揶揄われ、絢奈は絢奈で今や女子たちの恋愛相談を受ける立場だとか。
「斗和君、大好きです」
「俺もだよ」
そう伝えるとパッと表情を輝かせ、すっとつま先たちをしてキスをせがんでくるが……流石にこれは絢奈も自制が掛かるらしい。
「……あ! いけません、いけませんよ絢奈。帰るまで我慢するんです!」
グッと握り拳を作る絢奈にまた俺は苦笑するのだった。
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