本当にありがとう
「何があったかと思えば修君と話してたなんて……本当に何もされませんでしたか?」
「されてないよ。というかあの時間は俺にとって必要なモノだった。改めて絢奈と幸せになるってことを修に宣言出来たからさ」
その日の放課後、特に用もないため絢奈が俺の家に来ていた。母さんはまだ仕事で帰って来ていないため実質今家に居るのは俺と絢奈だけだ。
帰って来て早々に絢奈は昼に何があったのか聞いてきたため、俺は特に隠すこともなかったからそのまま伝えた。修と話していたことを伝えると一瞬絢奈の目が鋭くなったが、一緒に幸せになることを宣言したことに話が移ると絢奈が急にニヤニヤとしだす。
「そ、そうですか……えへへ、それはつまり結婚――」
「そのつもりだよ。流石に気が早いかもしれないけどさ」
高校生の内に結婚のことに関して話すのは気が早い、でも俺が絢奈に向ける想いはそれくらい本物ってことだ。
「……結婚……結婚……斗和君と結婚……私がお嫁さん……ふへへ」
「絢奈さん? 人前で見せちゃいけない顔になってますぞ?」
表現しにくいほど端正な顔を崩して妄想に浸ってらっしゃる。
クラスの連中が絢奈を見たらどんな顔をするかな、それくらい……言ってはなんだが酷い顔をしている絢奈に思わず苦笑が漏れた。
(そうだな。この子が傍に居るだけで俺は……)
違うだろう俺、こういうことはちゃんと言葉にしないといけない。想いは言葉にして初めて相手に伝わる。きっと分かってくれる、彼女なら、彼なら理解してくれる。そんな思い込みが時に最悪の事態を引き起こしてしまうことだってあるのだから。
「絢奈」
「ふへ……あ、はい。何でしょうか」
こちら側に戻ってきた彼女を抱きしめ、そのまま二人して寝転ぶようにベッドの上へ。絢奈は可愛らしい悲鳴を上げたが、その瞳に恥ずかしさと期待を滲ませて俺を見つめ返した。
「絢奈、俺は本当に君が好きだ。これから先、何があっても支えていくし必ず守る。これからも俺の傍に居てくれますか?」
その言葉に、絢奈はしっかり頷いてくれるのだった。
「はい。ずっと斗和君の傍に居ます。そして私も斗和君を支えていきますから……結婚しましょう」
「……お、おう」
「言質取りましたよ~? もうダメだなんて受け付けませんからね♪」
……やっぱり、まだ絢奈の方が一枚上手なのかな。
目の前で本当に嬉しそうに笑う大好きな人、彼女の温もりをもっと感じたくて強く抱きしめる。幼いころから続く確かな繋がり、それを俺はこれからも守っていこう。
それが、この腕の中に居る絢奈に誓う――俺の決意だ。
「……本当に色んなことがあったなぁ」
斗和として目覚めてからは本当に数日程しか経過していない。それでもその数日の中で起こった出来事はあまりに濃いものだった。まるで自分自身が一つの物語を主人公のように経験しているといっても過言ではない……そんな日々だった。
「……ふみゃぁ」
「?」
っと、気付かないうちに絢奈を猫のように撫でていたらしい。
クラス一の美人でもある絢奈が人様に見せられないような蕩けた表情を浮かべている。撫でる手を止めれば物欲しそうに見つめられ、もっと撫でてほしいと瞳で懇願されて俺は再び手を動かす。
「斗和君……好きですぅ……本当に本当に大好きですからぁ」
起き上がった絢奈は腕を伸ばし、そのまま俺を押し倒すように抱き着いて来た。
まるでマタタビを嗅いだ猫のように顔が赤くなっているが……えっと、一応これから母さんが帰ってくるわけなんだけど絢奈さん?
「ふふ……ふふふふふふっ!」
あ、これは逃げられそうにないのでは……。
そう思った時には既に手遅れ、絢奈がそのまま俺の唇にキスを落とした。柔らかな唇の感触、甘い香りに刺激され俺も絢奈の体に腕を回す。
本当に……本当に色々あった。
でも、それでも俺も絢奈はこれからなんだと思う。これから先、途方もない時間を俺は彼女と過ごしていく。そこには楽しいことはもちろん、辛いことや大変なことだってきっとあるはずだ。
けど、この子と一緒ならどんな壁だって乗り越えることができる。
「絢奈、これからもずっと一緒だぞ」
「はい! もちろんですよ♪」
俺たちは歩き続ける。
希望に満ち溢れた未来に向かって。
「斗和君」
「なんだ?」
俺を見つめた絢奈、彼女は一つ深呼吸をしてこう口にするのだった。
「私を見つけてくれて、私に出会ってくれて、私を助けてくれて……本当にありがとう!」
ありがとう、そう言った絢奈の笑顔はとても綺麗だった。
ずっと忘れることが出来ないほどに、脳裏に焼き付けられるほどに心から彼女が浮かべた笑顔だった。
俺の方こそ、ありがとう絢奈。
俺と出会ってくれて、俺を助けてくれて……本当にありがとう。
【あとがき】
これで本編は終わりです。
あとは後日談的なことが続きます。
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