一人じゃない、二人で幸せになってみせる
琴音との一件があった翌日の昼、一緒に弁当を食べた絢奈と別れ俺は屋上に来ていた。普通の高校だと屋上に続く扉は施錠されていることがほとんどかもしれないが、この学校の屋上は基本解放されており誰でも訪れることが出来る。なんならここからの景色を眺めながら、絢奈と二人で弁当を食べるのもいいかもしれないな。
「……………」
手すりに体を預けるように楽な体勢を取り、俺は昨日のことを思い返す。
琴音から伝えられた死ねば良かったのにっていう言葉、あの時は流石に傷ついて怒りに身を任せようかと一瞬思ってしまったが俺の代わりに絢奈が怒ってくれた。もしあの場に俺一人だったらどうしただろうか、おそらく滅多なことはしない自信はあるけど思いっきり罵詈雑言口走ったんだろうなぁ。あの場に居ない修のことも含めて思っていたことを全部ぶちまけたかもしれない。
隠していた自分自身を他人の前に曝け出し、怒りを露わにした絢奈に全部持っていかれたようなモノだけど……本当に俺は絢奈に守られ支えられているなって思った。俺としても絢奈を救いたいと考えて行動し、絢奈も絢奈で俺を助けてくれる。どちらかがどちらかを助けるためだけに存在しているのではなく、お互いがお互いを助けるために存在する対等な関係……うん、それが一番だ。
「……?」
景色を眺めながら黄昏ていた俺のポケットでスマホが震えた。取り出して見てみると絢奈からのメッセージが入っており、まだ教室に戻らないから心配になったとのことだ。
別れてからまだ10分も経ってないのに……こう言ったら絢奈は不満に思うかもしれないけれど、その心配が可愛らしくて苦笑が漏れてしまう。昼休み終了まで残り20分ほど、いい頃合いだと思い絢奈にもう戻ると返事をして屋上から去ろうとした時だった――彼が、修が屋上に現れた。
修は俺を見つめながら真っ直ぐに向かってくる……っと、いきなり現れた彼を見て俺は少し焦っていた。だってここ屋上じゃん? 後ろに手すりはあるとはいえ飛び越えたら真下に真っ逆さま……ちょっと嫌な想像が出来てしまうくらいに最近色々あったからな。
まあ、その俺の想像も杞憂だったが。
修は俺にそのまま向かってくると思ったが、ある程度の距離を保ったところで立ち止まり、俺を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。
「斗和……なんで僕に嘘を吐いたんだよ」
「嘘?」
思わず修の言葉に聞き返した。修はキッと俺を睨んで言葉を続ける。
「絢奈との仲を応援するって言ってくれたじゃないか! それなのに……それなのに何で君が絢奈と付き合うんだよ!?」
「……………」
何を言ってくるかと思えば俺はそんなことかと溜息を吐いた。そんな俺の様子が気に喰わなかったのか更に修の目付きが鋭くなる。俺は修の顔を見つめ返しながら口を開いた。
「それについては済まなかったってあの時伝えたはずだ。……お前には悪いと思ってる。たぶん俺よりもお前の方が先に絢奈を好きだったんだろう。でも、俺は傷つき続ける絢奈を見ているだけなんて出来なかった。だから想いを伝えて、彼女を守り支えていく決意をしたんだよ」
俺自身の気持ち、願いと決意を真っ直ぐに伝えれば修は動揺するように一歩下がった。申し訳ないが俺はそんな修の姿を情けないと思ってしまったんだ。たぶん修もそれなりの想いを持ってここに来たはずだ。それなのに俺の意思を聞いただけで動揺するような中途半端な気持ち、悪いがそんな姿を見せられて俺の心に響くモノはない。まあ何を言われても絢奈を手放すつもりは微塵もないけどさ。
「何だよそれ……僕だって絢奈が好きなんだ。僕の方が先に告白してたら……絢奈だって――」
「受け入れてくれたとでも?」
「ッ……」
修は唇を噛んで下を向いた。
そんな修を見て……いや、今の言葉を聞いて俺はもう我慢するつもりはなかった。結局修も琴音や初音さんと一緒なのだ。絢奈だったら受け入れてくれる、そんな彼女の意思を無視したことを考えてしまえるのだから。
少しキツイことを言うかもしれない、もしかしたらこの先修との繋がりが途切れるかもしれない。それでも俺は止まらなかった。
「修、お前じゃ絶対に絢奈を幸せに出来ない」
絢奈の本質を僅かでも見ようとしないお前には無理だと、俺はそんな意味を込めて伝えた。
俺の言葉を聞いた修は驚きに目を見張って呆然としたが、すぐに我を取り戻して言い返してくる。
「何だよそれ……なんで君にそんなことが分かるんだよ!? 僕だって絢奈が好きだ! 君以上に! ずっと前から! 僕だって彼女を幸せに出来る!」
駄々を捏ねるように修はずっと自分の方が絢奈が好きなんだと叫ぶ。でもな修、お前気づいているか? お前が口にする言葉は全部自分のことだけで絢奈のことは一切考えていないことに。
自分の方が、君よりも、絢奈もその方が……っとずっと修は自分本位に想いを述べている。それをずっと聞いていた俺は……いい加減に何かが切れた気がした。
「いい加減にしろよ!!」
「っ……!」
もしかしたら修に対してここまで怒りが込み上げたのは初めてかもしれない。俺は心の向くままに修に対して言葉を吐きかけた。
「お前はさっきからずっと自分のことばっかりじゃねえか!? お前は何も絢奈のことを考えてない! 自分の幸せが全部絢奈の幸せとでも思ってんのか!? 自分勝手なのも大概にしろ!!」
口を挟む隙すら与えないほどに捲し立てた。
たぶん俺がこうして怒りを露わにするのは初めてだろうし、修にしても俺のこんな姿は今まで見たことがなかったはずだ。だからなのか、修は俺の姿を見て言葉を失っていた。
俺はハァハァと荒い息を吐きながら、修を睨みつける。修は先ほどまでの勢いを失くし、最後の抵抗とでも言うように小さく言葉を絞り出す。
「……じゃ……じゃあ何だよ。お前なら絢奈を幸せに出来るって言うのかよ!」
俺はその言葉に思いっきり頷いて答えた。
「してみせる。俺が絢奈を必ず幸せにしてみせる」
迷う必要なんかない、これが俺の想いだ。
確かに今の段階で将来がどうなるかなんて分からない。そんなもんを知っているのは神様くらいだ。でもだから何だって言うんだ。俺は必ず絢奈を幸せに……。
そこまで考えて、ふと俺は頭を振った。
「……いや、違うな。そうじゃない」
「……?」
いきなりボソボソと呟いた俺に修は首を傾げた。
思わず熱くなって大切なことを忘れていた。それはここに来て考えていた幸せの形、お互いがお互いを助け合う対等な関係。
「二人で幸せになる。俺も絢奈も、どちらかだけが幸せじゃダメだ。俺たちは二人で幸せになってみせる。修、それが俺の決意だよ」
どちらか一方ではなく、両方が幸せになる。
それが俺の目指すモノ、最後に修に伝えておきたい俺の決意だ。
「……………」
修はもう返す言葉がないのか俯いたまま固まってしまった。
俺は修との話に夢中になっていた意識をスマホの時計に戻し確認すると、もう後5分程度で授業が始まるくらいだった。俺は屋上から去る際、修の横を通り過ぎる時小さく問いかける。
「……授業遅れんなよ」
……色々言ったけど、どうかこんな言葉が俺たちの間での最後の言葉であってくれないことを祈る。
屋上から校内に入り、階段を下りている最中で俺は予想外の人物を目にした。
「……会長?」
生徒会長、本条伊織。
彼女が壁を背もたれにしてその場に居た。俺の姿を確認した伊織は小さく笑って口を開いた。
「私ね、こんなだから普通に接してくれる人の存在が有難かったの。仕事とは言え、私が誘ってめんどくさそうにするのは修君くらいだった。そんな態度が私には新鮮で、仕事をちゃんと熟してくれる彼の姿を好きになっていったの」
いきなり語られる伊織の話に戸惑うが、彼女の持つ儚げな雰囲気に会話を切ることが出来ない。いつものクールな印象も感じさせるが一番感じるのは……諦めか?
「でも……何となくわかっちゃったわ。たぶんこの先修君が自分で乗り越えない限り、音無さんは修君の心に残り続ける。それなら万が一私の想いを受け入れてくれても……何て言うのかな。上手く行く未来が見えなくなってしまったの」
……なるほどね、伊織は本当に修のことが好きだったんだ。
俺も伊織の言葉に思う部分はある。あの様子では修は長いこと絢奈の幻想を追い続けるかもしれない。そうなってしまったら修を想う女性からしたらずっと別の人と重ねられることになる……そこに幸福は間違いなくないだろう。
「あなたと音無さんが手を繋いでるのを見てチャンスと思ったんだけどね。ふふ……恋って上手くいかないものなのね。大学に行く前の良い経験になったかしら」
……少しだけ、あまりにも綺麗な笑みに見惚れてしまった。
そして同時に、彼女が大学に行って悲惨な目に遭うことも思い出す。絢奈が手を出さずとも、彼女はこのまま大学に行けばあのサークルに入ってしまう。俺がそのことを指摘しても彼女からすれば何のことだと思うだろう。
「……先輩、大学は――」
だから言葉を濁しながらサークルに関して口にしようとした俺だったが、伊織から返ってきた言葉は予想外のモノだった。
「修君にはまだ言ってないけど、私行く大学を変えるつもり。少しでも彼の傍に居たいからってことで近い大学を選んだんだけど、少し遠い所に行くとするわ。将来やりたいことの勉強もそっちの方がレベルが高いからね」
「……そうですか」
……何故だろうか、大体何かを考えた時に感じる不安が今はなかった。新たにやりたいことを見出した伊織ならきっと大丈夫、そんな気がした。でも、おかげで少し俺自身も気が楽になった。
「先輩、大学って結構怪しいサークルとかもあるらしいですから気を付けてくださいね? 勉強頑張って下さい」
これくらいは伝えておこう、たぶん大丈夫とは思うけど。
「ええ、ありがとう。でも怪しいサークルかぁ……うん、気を付けるわ。ねえ雪代君」
「はい?」
「大学に行ったら……私もあなたみたいな素敵な彼氏ができるかしら」
「……それは」
「ふふ、ちょっと返答に困らせたわね。それじゃあ雪代君、授業に遅れないようにね」
そう言ってヒラヒラと手を振って伊織は去って行った。
……何て言うか、人って強いんだなって思うよ。ああやって前に向かって歩くことが出来るんだから。
「修、お前も前にちゃんと進めよ」
聞こえていなくてもそれでいい、今はこれで十分だ。
一人で満足し、改めて教室に戻ろうとした時またスマホが震えた。俺は特に何も思わずスマホを取り出してあっと思わず声が出た。
「……やばい」
絢奈からのメッセージがそこそこ来てた。
確かに今から帰るって言ってこんなギリギリの時間だもんな……急いで戻らなくては。
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