新たな日常の一幕
週明けの月曜日、先週は本当に色々なことがあった。
改めて進んだ絢奈との関係もそうだが、星奈さんときちんと話が出来たのは大きかった。これで絢奈と付き合う上で障害はほぼないと言ってもいいだろう。修のことが気がかりではあるけど、絢奈は気にする必要はないって言ってたし……いずれ話をする機会を作るとはいえ、気にしすぎも良くないか。
そうやって考え事をしていた時、俺の待ち人が現れた。
「お待たせしました。斗和君」
いつもと変わらず、それでいてどこか嬉しさを隠しきれていない表情の絢奈だ。先週で既に見慣れたと思っていたが、何度見てもドキドキしてしまうほどの笑顔に俺も嬉しくなってしまう。
「いや、俺も今来たところ。それじゃあ行こうか」
「はい!」
そしてこれもまた違う部分、今日から俺たちの中に修の姿はなかった。これまでのことの謝罪と、これからは俺と出来るだけ一緒に居たいからというメッセージを絢奈が送ったらしい。返事は来なかったみたいだが絢奈はこれでいいんだともう気にした素振りはなかった。
どちらからともなく自然に手を繋いで歩く。今までずっと歩いてきた道だと言うのに、今日に限っては何故か新鮮に思え別の景色のように感じる。それもこれも、隣に居る女の子が特別な存在になったからだろうか。
「学校が近いな」
「そうですね」
学校が近くなり他の生徒の姿、チラホラ知り合いも見える。手を繋いでいる俺たちを気にしない人も居れば気になった人も居るようで視線がそこそこに集まってきた。やっぱりこういった視線は慣れるモノではない、そう言う意味もあって絢奈に伝えようと思ったのだが……彼女は笑顔で頷いただけで握られた手を離すことはなかった。それどころか絶対に離したくない、そんな気持ちを表すかのように握る手の力が強くなった。
「このままがいいです」
消え入るような言葉だったが俺にはしっかり聞こえていた。そうだな……別に隠すことじゃないし恥ずかしがることでもないか。俺の方からも絢奈の手をしっかり握り返すと、彼女は驚いたようにこちらを見つめてきたがすぐに嬉しそうに花の咲いたような笑顔を見せてくれた。
校門を通り過ぎると俺たちを見る目は更に増え、当然とも言うべきか挨拶運動をしていた生徒会長の伊織も俺たちを視界に入れた。彼女が俺と絢奈の顔を順に眺め、次いで繋がれた手に目を向けて目を大きく見開いて驚いた。
俺はそんな彼女にペコリと頭を下げ、絢奈も俺に倣うように小さく頭を下げた。伊織としてもおそらく絢奈は修のことが好きだと思っていた故の反応だろう。伊織がこれなら真理も似たような反応になりそうだ。
下駄箱で靴を履き替え廊下を歩く中、流石にもう手は繋がないかなと思っていたがすぐにまた絢奈に手を繋がれた。おかげで外に居た時の比にならないほどの視線を浴びることになったが、嬉しそうにしている絢奈を見るとどうもこの繋がれた手を離そうとは思えない。
「……贅沢な悩みだな」
本当に贅沢な悩みだ。
苦笑している俺を絢奈が不思議そうに眺め、思わず何でもないよと伝える意味を込めて頭を撫でようと手を伸ばしかけ、流石にこの場ではやめとこうと踏み止まった。ただ俺の手の行方を見つめていた絢奈は若干不服なのか、別にいいのにと呟いて頬を膨らませていたのはとても可愛かった。
漸くといった具合に教室に入ると、既に来ていた生徒たちの視線が俺たちに全部集まった。俺はそこで絢奈と別れ自分の机に向かう。座ったタイミングで相坂がポンと肩を叩いてきた。
「おはようさん。今のは……もしかするともしかするのか?」
もしかするともしかするってどういうことだよ、まあ意図は分かるけど。俺は相坂の問いに頷いて簡単に伝えることにした。
「告白して付き合うことになった」
「くぅ~っ! あんな美人を射止めるなんざ羨ましいぞ!」
グリグリと拳を肩に当ててくるのをやめなさいって。
相坂に文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた時、絢奈の方は絢奈の方で女友達から祝福されているのか抱きしめられたりしていた。その最中で絢奈は俺の視線に気づいたのかこちらに視線を向け、分かりやすいように手を振ってきた。
「お姫様が手を振ってんぞ」
「分かってるよ」
手を振り返すと絢奈は本当に嬉しそうにしてくれた。そしてその表情を傍で見た男子が顔を赤くして俯きその隣に居た女子がどついていた……あぁそういや君たちカップルだったなぁ。
謝り倒す男子から視線を外し、友達に囲まれて楽しそうに笑う絢奈を見るとちょっと安心かな。
「そう言えばお前はどうなんだよ?」
「どうって?」
首を傾げる相坂に俺は聞く。
俺だけ相坂にからかわれるの面白くないからな。お前の恋愛事情を是非とも聞かせてもらおうじゃないか。
「好きな人は居ないのか?」
「……俺は……別に良くないか?」
照れているのか坊主頭を摩っている相坂の姿、これは……いるな確実に。
このまま聞き出そうと思っていたのだが、丁度その時に修が登校してきた。修は俺の方を見向きもせずそのまま席に着いた。そして友達に囲まれたままの絢奈を一瞥し、いつもと同じように頭を伏せて机に突っ伏すのだった。
……正直な話、今までの繋がりを考えるとこの微妙な関係というのは妙な気持ちになってしまう。ただ俺自身後悔は決してしていない。俺は俺の意思で絢奈に告白して彼女と想いを交わしたのだ。だからこそ他人に気を遣って絢奈を心配させるような真似だけはしたくない。絢奈も言っていたが、誰かが誰かを好きになるのに他人の許可や目は必要ないのだから。
「……良いタイミングだぜ佐々木」
「……あ」
しまった、この坊主から話を聞くのをすっかり忘れてしまった。
助かったと言わんばかりに溜息を吐く相坂に恨めしい視線を送ると、相坂は逃げるように自分の席に座ってニヤニヤしていた。この野郎、いつか絶対聞き出してやる。
一つの決意をした俺だったが、これから始まるのはいつもと同じ日常。
昼までの授業を済ませ、弁当を持って絢奈の元に向かう。俺に気づいた絢奈は友達に一言二言告げた後、傍に駆け寄ってきてそのまま俺たちは中庭に向かった。
「……やっぱり斗和君のお弁当も作りたいです」
「こればっかりは母さんがなぁ……」
「……むぅ」
いつかしたやり取りをしながらも俺たちは弁当を食べ、時に絢奈のおかずをご馳走になったりして楽しい時間を過ごす。そんな中、ふと絢奈が上を見上げた。
「……あ」
絢奈に釣られるように俺もそちらに視線を向けると修がこちらを見ていることに気づいた。修は絢奈の視線に気づくとすぐにどこかへ行ってしまった。こう言っては何だが、少しだけ楽しく過ごしていた時間に水を差された気がしたのも確かだった。
「ちょっと気持ち悪いですね」
「そうだね……」
真顔で言うモノだから思わず即答してしまった。
いくら過去を乗り越えたと言っても、絢奈はやっぱり修のことが好きではないんだなと改めて思わせる表情だ。思わずジッと見つめてしまったのが悪かったのか、何かを勘違いしたような感じで絢奈は胸を張って口を開いた。
「大丈夫ですよ斗和君。私こう見えて強いんですから」
「何が!?」
強いと言われて黒いフードを被った絢奈を幻視したのは内緒だ。
大きな声を上げてツッコミを入れた俺だったが、弁当を食べる手は止まらない。そのまま食べ終わって若干の眠気に欠伸をした時、絢奈がポンポンと膝を叩いた。
「……と~わ君。ここ、空いてますよ~?」
どこぞの芸人みたいな台詞を言いながら絢奈はニコニコと俺を手招きする。昼休みの残り時間は後30分ほど、俺は絢奈の厚意に甘えることにした。
絢奈の方へ体を寄せ、そのまま頭を彼女の膝に下ろすように横になった。
「……ふわぁ」
「ちゃんと起こしますから大丈夫ですよ」
「絢奈の場合ずっと続けたいからって授業なんか無視して寝させてくれそうだけど」
「それがお望みならそうしますよ」
「ちゃんと起こしてね?」
「ふふ、分かっていますよ」
その声を最後に俺は暫しの睡眠タイムへ。俺が眠りに就くまで絢奈はずっと俺の頭を撫で続けてくれるのだった。
絢奈と恋人の関係になったとしても特に何かが変わるわけではない。まあ今まで出来なかった近い距離でのやり取りを堂々と出来るようになったという点では結構変わるのかもしれないけれど。そんな風に俺たちの関係が公になったワケだが、別に誰かが嫌がらせをしてくるとかそんなことはない。修もあれから俺たちに絡んでくることはなかった。
放課後になったらなったで修は伊織の手伝いをするらしく生徒会室に向かう。密かにそれを見届けた俺と絢奈は放課後デートを楽しんだ……だけど、やはり思った通りなのか俺たちの関係を面白く思わない人が居るのも事実。
「絢奈お姉ちゃん! 一体何をしてるの!? なんで隣に居るのがお兄ちゃんじゃなくてソイツなの!?」
その瞳に憤怒の感情を乗せて、修の妹である琴音が俺を睨み付けていた。
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