あぁ……本当に似ている
絢奈の忘れ物を届けに来たのだが……まあこんな可能性もあるとは思っていた。玄関が開いて出てきたのは絢奈のお母さんである星奈さんだった。俺としてはやっちまったかなと思ったけれど、どこか覇気のない星奈さんの様子に困惑していた。
とはいえ何も言わずにいるのもどうかと思ったので、俺は単刀直入に用件を口にした。
「……あ、どうも。絢奈が忘れ物をしたので届けに来たんですけど」
あくまで堂々としておけ、そうすれば星奈さんも妙なことは……言わないよね?
内心ビクビクしながら何を言われるだろうかと思ったが、俺の予想とは裏腹に星奈さんは黙り込んだままだった。過去の出会いから今に至るまでいい印象を持たれているとは思っていない、だからこそ忘れ物を無理やり取ってとっとと帰れとでも言われると思ったが……この様子、もしかしたら絢奈が何か言ったのかもしれないな。
「……忘れ物。忘れ物ね」
「……えっと」
……この人は本当に星奈さんなのか? そう思ってしまうほどに弱々しい姿だ。確かにこの人に対して俺は苦手意識を持っている。でも目の前で女性が、それも付き合っている女の子のお母さんが辛そうにしているのはどうも見過ごせない。
「大丈夫ですか?」
「……え」
「とても辛そうですけど」
誰が見てもそう言うだろう、それくらいに今の星奈さんは見ていられない。いっそのことあの時みたいにキッと睨んでくれた方が安心できるというのも変な話だが、大人になった絢奈といってもおかしくないくらいに似た顔をしているんだから気になって仕方ない。
とっとと絢奈に用を済ませて帰りたいのもあるけれど、その絢奈の忘れ物が忘れ物だからなぁ。
もう星奈さんに渡してしまおうか、そう考えた時星奈さんが口を開いた。
「貴方に大丈夫ですかって聞かれるとは思わなかったわ。貴方にとって私は会いたくない人間でしょう?」
「……それは」
はい、なんて頷けるわけがないだろう本人を前にして。
だが……そうだな。これは良い機会なのかもしれない。会った瞬間に拒絶されるなら取り付く島もない、だけど星奈さんから話を振ってもらえた今なら会話をすることが出来そうだ。
「正直なことを言えば……そうかもしれません。俺にとって貴女の印象はあの初めて会った時で固定されていますから」
「……でしょうね」
「ええ。幼いながら美人の女の人に睨まれた経験はなかったので怖かったですよ」
素直に怖かった。絢奈に向けられた視線から一転、俺を見つめた時の視線は漫画で言うギロリって効果音が聞こえるかと思ったほどだ。星奈さんは絢奈の母というだけあり本当に美人である。美人が怒ると怖いと聞くが本当に怖かった。まあ今の俺にとってはもう笑い話に出来ることだけど。
怖かったと伝えても表情の変化はない……こいつは重傷だ。
傷口に塩を塗る結果になるかもしれない、でも俺は一歩踏み込んでみた。
「貴女に伝えないといけないことがあります。絢奈と付き合うことになりました」
「……知っているわ。あの子から聞いたもの。貴方のことが昔から好きで、そんな貴方に対して酷いことを言った私と血が繋がっているのが信じられなかったとも」
「……………」
結構キツイこと言ったんだな絢奈は。
斗和自身に対して星奈さんは口にしたわけではない、だけど何を言ったかはファンディスクで語られたため知っている。当時の絢奈はその言葉を聞いてしまい憎しみが募った……丁度修の母が色々言った後だったからな。
だけど、これで漸く星奈さんの現状が理解できた。愛する娘に血縁関係を否定されたことは相当堪えるだろうことは想像に難くない。その中心に俺が居ることに申し訳なさを感じる部分もあるが、絢奈の気持ちを考えると……な。難しい所だよ本当に。
「……絢奈が帰る時に俺が伝えた言葉があるんです」
「?」
首を傾げる星奈さんに俺は伝えることにした。絢奈に伝えたこと、それをそのままに。
「ずっと不仲というのは嫌だから、精一杯貴女と話をして俺たちの仲を認めてもらおうって。そう伝えたんです」
「……………」
「俺は絢奈が好きです。そうなると必然的に貴女と接することは多くなるはずだ。だからこそ、貴女との間にわだかまりがあるのは嫌だった。どうせならいがみ合うよりも、笑って楽しくした方がいいでしょ? 少なくとも俺はそう思っています」
絢奈と付き合っていく以上星奈さんとの関わりは避けられない。仮に星奈さんの意思を無視して一緒になったとしても、絢奈が家族に関する悩みを抱えてしまうのは嫌だから。家族という存在は特別なモノ、何にも代えがたい特別な存在はやっぱり大切にしてほしい……もちろんこれは俺にも言えることだ。
「貴女が俺を認めなくても、俺は認めてもらうまで話に来ます。なので覚悟してください。絢奈が関わると俺は諦めが悪いですから」
絢奈の為ならこれくらいはしてみせる、そんな俺の意思表明だ。
俺の言葉を聞いた星奈さんは驚いたように目を丸くして、そしてクスクスと笑い出した。
「……ふふ……あはは。諦めが悪いから……か。本当にどこまでも似てる……そうね。好きな人のためならそこまでするものよね」
「……えっと?」
何かに納得したように笑顔を浮かべた星奈さんに俺はどうしたのかと心配になった。星奈さんは目元に浮かんでいた涙を拭き取り、一度俺を見つめ……いや、俺ではない誰かを見つめている気がする。でもすぐにその目に映ったのは俺の姿だ。
星奈さんは一度息を吐き出し、そして俺に頭を下げた。
「ごめんなさい。私は貴方に酷い態度を……そして酷い言葉を言ってしまった。頭を下げて済むことではないと分かっています。それでも……ごめんなさい」
星奈さんからの突然の謝罪、別にいいですからと笑い飛ばすことは出来そうになかった。それほどに星奈さんが真剣だったからだ。
俺としてはもう乗り越えたことだから気にしてはいない。だからこそ、この謝罪を俺自身は必要ないと思っていても、彼女のためにもこれは受け入れる。そうすることで、星奈さんも前に進めるんじゃないかと思ったのだ。
「はい。でも絢奈にも伝えてあげてほしいです。きっと彼女も苦しんだと思うので」
「そうね……その通りだわ。でもまずは貴方に謝りたかったの」
顔を上げた星奈さんの表情にもう陰は見られなかった。何か肩の力が抜けたような、憑き物が落ちたようなそんな雰囲気を感じた。
……ちょっとズルいかもしれないけど、今ならこんな要望も通るんじゃないか?
「その……絢奈に会いにこれからも来ていいですか? ここに」
その言葉に星奈さんは頷いてくれた。
「もちろん。今更都合が良いと思われるかもしれない。でも私も貴方のことをもっと知りたいわ。娘が好きになった人だもの」
「……………」
今日だけで大分印象が変わりそうでちょっと戸惑いそうだ。でも、今の星奈さんの言葉に嘘は感じられない。一時はどうなるかと思ったけど、これは解決と考えていいのかな。
「ちょっと戸惑いますね。あはは……」
「ごめんなさい。でも貴方は何も気にしなくていいの。悪いのは全部私だから。私がずっと昔のことを引きずり続けただけだから」
まだ少しぎこちなさはある。でも今なら、この先もこの人といい関係を築いていける確信があった。絢奈の居ないところでトントン拍子で進んでしまったけど、後で彼女に報告はしておこうと思う……そう考えたのだが、ドンドンと二階から駆け下りてくる音が聞こえてきた。
「お母さん! 私スマホを忘れたから取りに行って――斗和君!?」
駆け下りてきたのは絢奈だった。そう、絢奈が忘れたのはスマホだったのだ。だから彼女に直接連絡して忘れ物を取りに来てもらうという手段が取れなかった。
絢奈は玄関に居た俺を見て驚きを露わにし、次いで星奈さんに鋭い視線を向けたが、すぐにその視線は困惑を孕んだモノに変わった。それもそうだろう、俺の傍に居る星奈さんの雰囲気が穏やかなのだから。
「そう、絢奈が忘れたのはソレだったのね。ねえ雪代君……斗和君と呼んでもいいかしら?」
「あ、大丈夫ですよ」
「せっかくだからもう少しお話をしないかしら。今度は絢奈も一緒に」
「いいんですか? それじゃあお邪魔します!」
「いらっしゃい。ふふ、お茶の用意をしないとね」
星奈さんに促される形で人生で初めて俺は音無家に足を踏み入れた。
靴を脱いでちゃんと整え、廊下に上がった所で絢奈が大きな声を上げた。
「一体何があったんですか!? もしかして私夢でも見てます!?」
その声は今まで聞いたどの声よりも大きくて、近所迷惑だったことだけは伝えておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます