帰りたくありません
夕暮れの道を絢奈と共に歩いていた。
「斗和君」
「どうした?」
「いえ、呼んでみただけです」
「……そか」
「はい」
……何と言うか、公園を出てからの絢奈が可愛すぎてヤバい。具体的に言うとずっと腕を組んでいて片時も離れないし、今みたいに名前を呼んでは笑顔になるということを繰り返している。
暫く歩いてそっと絢奈を見てみれば――。
「……あ」
自然と目が合い何故かお互いに恥ずかしくなって顔が熱くなる。俺としてはジッと見つめ合うのはやっぱり恥ずかしいのだが、絢奈はずっと見ていたいらしく目が合っても逸らすことはない。嬉しそうに笑みを浮かべ、そのままずっと俺を見つめていた。
「引っ付いているとはいえ前をだな……」
「嫌です。今日はずっと斗和君を見てます♪」
なんて可愛く言われてしまっては俺としても強く言うことは出来ない。……いや違うか、絢奈だけでなく俺自身もこうしているのが嬉しいんだ。
腕を組みながらこれからに想いを馳せて言葉を交わしていると、俺たちの前に現れる人影があった。俺と絢奈は立ち止まってその人物に目を向ける。
「……あ」
「……………」
肩で息をしている姿から、どうやらここまで走ってきたのだと推測できた。その人物は俺と絢奈の組んだ腕を凝視し、信じられないと言わんばかりに目を見開いた。その瞳にあったのは驚愕と悲しみ、そして俺に対する怒りとも言うのだろうか。
現れた人物――修が口を開こうとしたその時、絢奈が先に口を開いた。
「斗和君と付き合うことになりました」
「……え」
絢奈の言葉に修は茫然とした。
俺としても何か言わないといけない、そう思ったのだが絢奈が俺を制した。彼女は小声で今は任せてほしいと言って再び修に視線を向ける。そこで気づいたのだが、今の修を見る絢奈の目は無機質なモノではなく、ちゃんと幼馴染として認識している目だった。……そう、“幼馴染”としてだ。
「私はずっと斗和君のことが好きでした。小学校の頃からずっと、それこそ出会った時からです」
絢奈から言葉を伝えられるたびに修の目に悲しみの色が現れる。信じたくない、認めたくない、そんな感情をこれでもかと感じさせる目をしていた。そして修はまるで俺の存在など最初からないかのように、その目に絢奈だけを映して口を開いた。
「なんで……なんでだよ! 小さい頃からずっと僕と絢奈は一緒だった! それこそ斗和よりもずっと一緒だったじゃないか!! いつも傍に居てくれて……中学の後半からは弁当だって作ってくれるようになったじゃないか……ずっと笑顔で傍に居てくれたじゃないか……っ!」
ずっと幼馴染として傍に居たからこそ、修は絢奈に想われていると思っていたんだろう。だが現に俺と絢奈は心を通わせた……無論それもあるが、絢奈の真実を知っているからこそ最初から修に絢奈が恋をしていないことを俺は知っている。絢奈が修に弁当を作り出したのは俺が入院してから……つまりは彼女が公園で語ったことこそが真実ってわけだ。
俺は修ではないから彼の気持ちは分からない……でも、ずっと好きだった人に別の人が好きだったと伝えられるのは耐え難い苦しみだろう。かつて修を恨んだ俺ではあるけど、今の修の姿は見ていられなかった。
「……そうですね。ずっと一緒に居ました」
「それなら――」
「だからこそ!」
「っ!?」
一際大きな声を出して修の言葉を遮った絢奈はこう告げた。
「私なんかじゃなくて、もっと良い人を見つけてください。あなたの好意を利用して嘘を吐き続けた最低な私なんかよりも……修君の傍には素敵な人が居るはずですから」
その言葉に乗せられた想いは決別と申し訳なさ……か。
絢奈が浮かべているのは綺麗な笑顔、だが修からすれば伝えられる言葉も合わせて残酷に見えるのかもしれない。
「……嘘って何だよ……絢奈……僕はずっと……」
修は目に涙を浮かべながら絢奈に手を伸ばすが、それに絢奈が応えることはない。絢奈の様子から修は全てを悟ったのか、伸ばしていた手を下ろし次に俺に視線を向けた。その目に宿っていたのは明確な敵意、まるで裏切り者だと聞こえてくるかのようだった。
「……お前が――」
修が何かを言おうとした時、またその言葉を遮ったのも絢奈だった。
「修君!」
「……っ」
絢奈はこう言葉を続けた。
「どうかあの人たちのように思考停止に陥らないでください。全部自分の思い通りにならないと癇癪を起こすようなみっともないことはしないでください。そうじゃないと……修君もずっと立ち止まったままですよ?」
「……くそっ」
怒りに身を任せようとした矢先に諭すような絢奈の言葉。修はもう俺にも絢奈にも目をくれず背を向けて走って行ってしまった。その後ろ姿を見つめていた絢奈は小さく息を吐き出し、俺の胸に飛び込んでくるように身を寄せてきた。
「……これで私も一つ前に進みました」
「そうだな。俺もそのうちあいつと話さないとだ」
俺自身も修と話をするつもりだ。
絢奈の頭を俺は頑張ったなという意味も込めて撫でる。すると彼女はもっと撫でてと言わんばかりに物欲しそうに俺の顔を見上げてきた。そんな仕草がどうしようもなく可愛くて、俺は苦笑しながらも彼女の頭を優しく撫でた。
すると絢奈からこんな提案が。
「今日は私……帰りたくないです」
……こういうこと言われると心臓が跳ねるよね。
ていうかあれだ。今日は金曜で明日は土曜日……つまり休みってことになるわけで。
「母さんとか喜びそうだな。……絢奈、今日泊まっていくか?」
「はい!」
「着替えとかは……」
「斗和君が用意してくれたクローゼットの中にある程度は入ってますから大丈夫ですよ」
「……あぁ」
そう言えばそんなのがあったなぁ。
最近は絢奈のことをどうしようかってずっと考えていたから記憶から抜け落ちていた。別に絢奈がうちに泊まることも、ましてや着替えが必要になることも初めてではない。そういうのもあって斗和の部屋には絢奈の着替えが用意されているんだった。
「でも絢奈のお母さんは……」
「大丈夫ですよ」
そう言って絢奈はスマホを取り出し、少しだけ操作してから電源を切り鞄の中に入れた。絢奈は再び俺の腕を取った。
「なんて送ったんだ?」
「好きな人の家に泊まるって送りましたよ? 後は……これは私の問題ですね」
「?」
「ふふ、さあ行きましょうか」
後半部分が気になったが絢奈に手を引かれ歩き出したので一先ず考えを中断した。しかしあれだな……これは絢奈母が荒れそうだ。近い内にあの人とも話をする機会がありそうだ。
気がかりなことは多い。でも今は……この隣に居る人のことを考えようと思う。
「絢奈、今日何度目になるか分からないけど好きだ」
そう伝えた彼女の笑顔は、やっぱり綺麗だった。
「私もですよ。斗和君」
“今日は好きな人のお家に泊まるので帰りません。それと、明日帰った時に大切な話をするので時間を空けておいてください”
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