かき集める断片
「おっす」
「おはよう」
「おはようございます斗和君」
いつもの待ち合わせ場所に着いた。
今日は俺の方が遅かったらしく絢奈と修は先に着いて待っていたようだ。三人揃ったのでいつものように仲良く揃って学校までの道を歩く。
昨日までなら感じていた感覚の正体は分からなかっただろうが今なら分かる。時折絢奈が絡むことで修に対して感じていた感覚、あれはおそらく修の知らない所で絢奈を奪ったことに対する優越感のようなものだろう。もちろん本心から感じたモノではないだろうけど、斗和が無意識に感じていたモノであろうことが分かる。
そして絢奈は――。
「? どうしましたか?」
視線を感じてこっちを向くならまだしも、既にこっちを向いていたのなら視線が交わり合うのを阻止することはできない。俺を見ながらも躓いたりすることなく歩いている辺り器用なものだけど、何かあってからは遅いからな。
「ちゃんと前を向こうな。転んでも知らないぞ?」
「ふふ。大丈夫ですよ。そうならないように一応注意はしてますし、そうなったら斗和君が抱き留めてくれるでしょうから」
……まあその通りではあるんだけど。
ニコニコとそう言う絢奈を見て妙に機嫌が良いと思ったが、そう言えば昨日寝る前に電話して話をしたんだよな。絢奈の声が聴きたかったから、なんて理由で電話して一瞬で繋がりビックリした。それから話をして、切りそうになったらまだ話がしたいと絢奈が言い出して……コホン、やめよう。このボディは絢奈が好きすぎるのか止まらなくなりそうだ。
「そう言えば絢奈、宿題は終わった?」
「終わってますよ。まさか修君、またやってないんですか?」
「……見せてくれない?」
「……少しは自分でやることやらないとダメですよ?」
「分かってるけどさ……」
二人の会話を一歩引いて眺めてみた。
修は気づいていないようだが、明らかに絢奈の機嫌が悪くなっているのが分かる。表情などでは分かりにくいだろうが……何だろうな、目を見れば分かるんだ。俺と話していた時と明らかに違う。以前は無機質な目をしていると言ったが、あながち間違っていないみたいだ。
『あんなのと幼馴染なんて嫌だよ。ずっとずっと、私はあいつが嫌いだった』
……またいきなり響いた言葉、途方もない嫌悪を感じさせる声音に背筋が冷えそうになるが、この言葉も忘れないように覚えておこう。
三人で他愛無い話をしながら学校に近づくと校門で生徒会による挨拶運動が行われていた。真面目そうな生徒たちの中心に立つ女性――生徒会長の本条伊織は修の姿を見て笑みを浮かべた。
「おはよう修君。音無さんと……雪代君ね。おはよう」
その声に各々が挨拶を返し、そのまま通り過ぎようと思ったが案の定修が捕まった。二人の話が終わるのを待つのもめんどくさいなと思い俺が歩き出すと、ピッタリ傍に付くように絢奈も並んだ。
「あれは話が長そうだな」
「そうですね。順調に仲良くなっているみたいで嬉しい限りです」
『本条さん、お酒に弱いんですか? ふふ、本条さんの弱点知っちゃいましたね♪』
……またか、それもどうしてこう全部絢奈と同じ声なんだ。
楽しそうな声とは裏腹に、どこか背筋が冷えるような薄ら寒さを感じさせる雰囲気……絢奈をジッと見つめても彼女の様子はいつもと変わらない。視線が合えば嬉しそうにニコッと笑顔を返してくれる。
「さ、早く行きましょう?」
「おう」
下駄箱を抜けて階段を上ろうとした時、絢奈を呼ぶ女の子の声が響いた。
「あ、絢奈さん!」
その声に振り向くと一人の女の子がパタパタとこちらに駆け寄って来ていた。例によって例の如く、絢奈の知り合いということはつまり修にとっても知り合いということ。そしてそれが意味するのは彼女もまたヒロインの一人ということだ。
「真理ちゃん、どうしたの?」
「絢奈さんの姿が見えたので挨拶に来ました!」
内田真理、元気が取り柄のボーイッシュな女の子である。どういった経緯なのかは分からないが、彼女もまた伊織と同じように修に恋心を抱く子だ。
……しかし改めて考えると、ゲームの主人公補正というのは凄まじい。
母親からは溺愛され、妹からは禁断の関係も厭わないほどに想われ、伊織と真理からは純粋な好意を持たれる。母と妹との関係が成立するのはゲームの中だけで……まあ現実では無理だろうけど、もし修が伊織か真理のどちらかの気持ちに応えることがあれば少しはあんな結末にならなかった気もするのだが。
そう言えるのは絢奈の気持ちが修に向いていないことを知っている俺だからこそか。
絢奈と楽しそうに会話していた真理は俺にも視線を向け口を開いた。
「思えばこうして話すのは初めてでしょうか? 雪代先輩」
「……あぁ言われてみればそうだな。修と仲良くしてるんだって?」
「はい。修先輩とはよくお話するんですよ。これも絢奈さんのおかげですね」
「そうなのか?」
そう聞くと絢奈は頷き教えてくれた。
「仲良くなったのは修君と真理ちゃんの相性が良かったからなのでしょうけど、出会いの切っ掛けは私になりますね」
それは知らなかったな。
確か修の独白で伊織と出会ったのは絢奈の付き添いが関係していたのは話されたが、真理に関しては特に過去が明かされなかったため知らなかった。
となるとつまり伊織と真理が修に出会ったのは絢奈の導きがあったわけか。そうなると因果なものだと思う。
修の性格が少しだけ明るくなったのは間違いなく伊織と真理の存在は大きいだろう。今まで修を否定していた者たちと違い、彼女たちは本心から修を慕って彼自身を見ているのだから。
「修先輩言ってましたよ。雪代先輩はヒーローみたいな人だって。よく助けられたって」
「そっか。別にヒーローになりたくてそうしてたわけじゃないけどな」
「……おぉ。雪代先輩、もしかして性格までイケメン?」
「自分じゃ分からん。少なくとも俺だって修みたいに悩んだりウジウジしたりする人間さ」
「いや答え方と仕草がイケメンのそれなんですけど」
喜べよ斗和、後輩がお前をイケメンって言ってるぞ。……コホン、しかしあれだな。人懐っこくて素直ないい子だ。人が誰しも抱える醜さというか……そんなものを微塵も感じさせない子である。こんな子が傍に居たならそりゃ性格の矯正もある程度できるよなって感じだ。
「はい。斗和君、それに真理ちゃんもそろそろ教室に行かないと」
「あ、そうでした! それじゃあ絢奈さん、雪代先輩失礼します!」
律儀に頭を下げて真理は走って行った。あ、先生に廊下走るなって怒られてる。
「元気な子だな」
「ええ。でも“どういったつもり”で斗和君をヒーローと言ったのかは気になりますね」
「やめてくれよ。別に問いたださなくてもいいからな」
「分かってますよ。それじゃあ行きましょう」
今度こそ絢奈と共に教室へと向かうのだった。
絢奈と別れ席に着き、適当に教科書でも眺めて時間を潰す。すると先生が来て朝礼が始まり、程なくして授業が始まった。
まだ一時間目の授業だというのに既に机に突っ伏している者も居れば携帯を弄ったり友達とバレないように話したり……良くも悪くもいつもの光景だ。そんな中、俺は前側の席に座っている絢奈を見つめていた。今朝思い出した絢奈との行為、そして彼女が斗和に言った言葉。
『これで私は斗和君のモノですね。……ふふ、何て言えばいいのか分からないのですがとても嬉しい気持ちです。私は斗和君の所有物なら……ご主人様って呼んだ方がいいですか?』
絢奈はずっと自分が何のために生きていたのか悩んでいた。そこで斗和と出会い、彼に恋をして彼の為なら体さえも捧げられるほどの想いを持った。当時の斗和はそれを間違ったモノだと思っていたにも関わらず流されたのは若さ故ってやつなのかもしれない。
おそらく、交わった瞬間の二人は間違いなく幸せだっただろう。お互いが尤も求めていた愛を手に入れることが出来たのだから。だが……たぶん絢奈にとってはこれが決定打だった。曖昧だった自分自身を斗和のモノだとして認識を確定させ、彼の為ならという歪な想いを抱え込んだ。
『嫌です……斗和君にそんなこと言われたくないです……嫌ぁ……嫌ですご主人様ぁ』
なんてことはない言葉でも、突き放すような意味合いに取れる言葉でさえ彼女は過剰に恐れて斗和に縋りつく。たぶんあの時絢奈が俺をご主人様と呼んだのはこういった理由ではないだろうか。
この関係が斗和と絢奈にとって幸せとも呼ぶべきモノならいいけど、俺からすればやっぱり歪なモノに思えてくる。もし絢奈のことを好きであるなら、もっとちゃんとした形で向き合い想いを告げるべきだと俺は思うんだけど……そこんとこどうだよ? 雪代斗和。
問いかけた所で返ってくる言葉なんてあるはずもない。
「……?」
無意識、本当に何も考えていなかった。ふとノートに目を留めた時、俺はとある二文字を書いていたのだ。
「……FD?」
唐突に書かれていたFとDの二文字、正直全然俺には意味が分からなかった。
「フロッピーディスクってか?」
口に出したもののいまいちピンと来ないので外れ……か? いや何の問題なんだよ。理解はできないし疑問は尽きないが、俺は何となくこの文字を記憶しておくことにする。何故か、そうした方がいいような気がしたからだ。
『ごめんなさい。貴女は関係ない、ただ巻き込まれただけ。でもね、それがどうしたの? 別にいいでしょう? だって今貴女気持ちよさそうに笑っていますよ? ほら、もう少しその体を使っていてください。そうすれば来ますから――貴女が好き“だった”男の子が』
「……っ!?」
強烈な頭痛が突如として襲い掛かった。
思わずガタンと机を蹴りそうになったが何とか我慢する。
「おい、大丈夫か?」
隣に座っていた奴が異変に気付いて声を掛けてきたが、すぐに俺は大丈夫だと言葉を返した。暫くして頭痛は治まったが気持ち悪い感覚は残ったままだった。
吐き気とまでは行かないがフワフワと宙に浮くような奇妙な感覚、俺はその気持ち悪さを感じながらも一つの答えに辿り着いていた。やはり、俺には思い出さなくてはならない何かがあるようだと。
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