私にとって幼馴染は……

 私には幼い頃から幼馴染がいた。

 彼の名前は佐々木修と言って、いつも私の後ろを引っ付いて回るような男の子だった。母親同士が仲がいいこともあり、私たちも仲良くなるのに時間はそう掛からなかった。


『絢奈ちゃん! 一緒に遊ぼうよ!』

『うんいいよ』


 後ろをちょろちょろと付いて回る修君を当時は可愛いと思い、弟を見守る姉のような感覚を抱いていた。私自身修君の面倒を見るのは嫌いじゃなかったし、特に予定もない日常がこんな形で埋まるのも特に思うことはなかった。……それがずっと続かなければ。


 ある時、学校で仲良くなった友達と遊ぶ約束をすることがあった。彼女たちと遊ぶために用意を済ませ出掛けようとした時、母が私にこう言った。


『どこ行くの? ダメじゃない。修君のお母さんに遊びに行くって伝えているんだから』

『……え? でも友達と遊ぶ約束してるし』

『それはまた今度にしなさい。“幼馴染”なんだから修君を大切にしなさい』

『……でも』

『分かった?』

『……はい』


 友達との約束をキャンセルし、修君の家に向かうことになった。幸いに友達は用事があるなら仕方ないねと言ってくれたけど、私は申し訳なさでいっぱいだった。そしてこのあたりからだ……私が幼馴染という存在に疑問を感じ始めたのは。


 何をするにも修君の家に向かう日々、彼とその妹と過ごして自宅に帰り一日を終える。学校がある日は朝起こしに向かい、隣に並んで学校へと向かう。よくよく考えれば、これは私の意思ではなく母がしなさいと言ったことだった。


『絢奈ちゃんが居てくれて助かるわ。修のお嫁さんになってくれないかしら』

『絢奈お姉ちゃんそうしようよ! お兄ちゃんのお嫁さん!』

『ちょ、二人とも変なこと言わないでよ!!』


 目の前で繰り広げられる家族の団欒、そこに私の母も加わって語られる未来図。私はそれをどこか冷めた気持ちで眺めていた。


 何をするにも修君が、修君がと口にする母に嫌気が差す。少し前まで可愛いと思っていた修君が鬱陶しく感じる。修君に構う私を彼の母と妹がよく分からない褒め方をして持ち上げる……その全てが私には気持ち悪いと思い始めたのだ。


 幼馴染だからとずっと一緒に居ることを是とされ、彼の傍に居ることが当然のように語られる現状に私はこう思う――私って何なのだろうと。


『……幼馴染って何なのかな』


 幼馴染、昔から一緒に居る人のことを差す言葉。

 私という存在はいつも修君の傍に置かれ、嫌だと口にすればひどいことを言うなと怒られる。少しでも否定的なことを口にすれば頬を叩かれる……ねえ、教えてよ。


 私は何なの? 私は修君という存在を飾るためだけに存在しているのか、その隣に居ればいいだけの記号のようなものなのか……。


 いつしか私は、仮面のような笑みを貼り付けるようになった。


『絢奈ちゃんと一緒に居ると楽しいよ!』

『そっか。私もだよ』

『ねえねえ絢奈お姉ちゃん。私とも遊ぼ!』

『うん。何しようか』

『絢奈ちゃんはもう料理を習っているの? 凄いわね』

『ありがとうございます』


 自分の生き方とはいえ、他人のように冷めた気持ちで客観的に見ようとすれば無関心になれた。何をするにしても、ただ頷いていれば何も言われない。私の言葉が本心かどうかは私にしか分からない、だからこそこの仮面を貼り付けていればそれだけで私の世界は守られていた。


 幼いながら、私も女の子だから少女漫画とかには憧れることもあった。幼馴染の男女の恋愛、甘酸っぱくてドキドキして、時に辛い経験をしながらも最後には結ばれる二人。友達はキャアキャアと言いながら学校で私に教えてくれたりしたけど、私はそれに対して何も思うことはなかった。


 私が特殊なだけかもしれないが、ただ幼馴染の為に尽くす異性の姿は私には人形が意思を持たずに決められた動作をしているだけにしか見えない。


 みんなが好きになる漫画や小説でよく描かれるのは幼馴染同士の恋愛、好きな異性のために身を尽くすその姿は人気を呼ぶのだろう。


 私からしたら感じるモノは何もなく、あなたは幼い頃に幼馴染を好きになるように洗脳でもされたのか等捻くれたことを考えたりすることもある。


『幼馴染って何なのだろう』


 それはずっと続く私の命題だった。

 しかし一つ言うならば……幼馴染という言葉は私にとって――




  呪縛そのものだった。




 学校という空間が終われば、幼馴染という縛りの世界を過ごす。そんな世界に光が差し込んだのは突然だった。貴方が……斗和君が私の前に現れたんだ。


『一人で何してるんだ? 目が赤いけど……』


 初めて母に反発し、修君の家に向かわずに離れた場所に逃げた時だった。逃げたと言ってもそこまで離れてはおらず、すぐに帰れる位置だったのはちょっと怖かったからだ。


 誰も居なかった公園で俯いていた時、当時小学生の斗和君が私に話しかけてきた。サッカーボールを足で転がしながらそう言ってきた斗和君を見て私は逃げる……なんてことはせず、何があったのかを全部話した。


 たぶん誰でも良かったんだ。ただ話を聞いて欲しくて、そんな時に現れたのが斗和君だったというだけ……当時はそれだけしか思っていなかった。


『……難しいな少し』


 斗和君は腕を組んでそう言った。確かに当時はまだ小学生だ。こんな悩みに付き合わせること自体が酷というものだろう。再び俯いた私を見て、斗和君は慌てながら何かないかとキョロキョロと忙しなく視線を動かす。そして彼は足元のサッカーボールに目を留め、そして。


『なあ。ちょっと見てくれよ』

『え?』


 そう言って斗和君はリフティングを始めた。

 私もテレビは見るから、足や体を使ってボールを地面に落とさないようにコントロールするその動作を知ってはいた。でもそれは時々見るテレビの中だけで、こんな傍で見たことはなかったのだ。


『よっと。ほっ! そら!』

『……わああ!!』


 サッカーはよく分からない、でもそれが凄いことだけは分かっていた。そして、私を元気づけるため斗和君が必死な姿も、私にとってはとても眩しく見えたんだ。


 高校生とか大人がやるのに比べれば大したことはないという人も居るだろう。でも私は本当にそれが凄いと思っていて、斗和君がポーズを決めて終わらせた時思わず拍手をしてしまった。


『凄い凄い!』

『へへ、ありがとな!!』


 思えば修君以外の男の子とこんなに話したのは初めてだった。とても新鮮で、いつもと違う世界が広がったような新鮮さが私の心を満たした。


『これから行くところあるんだけど、一緒に行く?』

『うん!』


 その提案に私はすぐに頷いた。その時の私はもう修君や母のことを考えてはいなかった。


 色々と斗和君に連れ回されたけど、一番印象深かったのはゲームセンターに行った時だ。


『おっちゃん邪魔するぜ!』

『お、お邪魔します……!』

『よう斗和坊、なんだガールフレンドか?』


 出てきたオジサンは斗和君の知り合いらしく、二人は仲良さそうに話をしていた。まるで父と子のような気安さだ。


『ガールフレンドじゃないよ。……いや、女の子の友達だからガールフレンド?』

『お、おお? そういやそうなるのか?』

『……ふふ』


 当時英語はまだ分からなかったけど、その雰囲気が面白くて笑ってしまった。そしてそこで私は一つ気づいたのだ。そう言えば心から笑ったのは久しぶりだって。


『おっちゃんが馬鹿だから笑われたじゃん』

『斗和坊に馬鹿って言われたくねえな?』

『うちの母さんも馬鹿って言ってたぜ?』

明美あけみちゃん酷い!』

『ふふ……あはは!』


 今までに見たことがないやり取り、本当に楽しかった。私が笑うと斗和君だけじゃなくて、オジサンも頭を掻きながら照れるものだからそれも面白かった。


 普段は……というよりこんな場所にあまり小学生は来ないだろうし女の子なら尚更来るのに抵抗はあるのではないか。でも私は斗和君に連れられ時間にして一時間くらいかな。思いっきり遊んだ。


 いつにもなくスッキリした心、しかし冷静に考えた時早く帰らないといけないって私は思った。斗和君もそれを察したのか、送っていくと言って私の手を握って家までの道を歩く。


『……温かい』


 温かくて大きな手、男の子の手の感触に私は少しドキドキしていた。


 そしてその道中、斗和君は私に振り向いて一つのキーホルダーを取り出した。私が見ていない時にゲームで取った景品だそうだ。ブサイクなクマのぬいぐるみが付いたキーホルダー。


『はい。プレゼント。要らないなら捨ててもいいよ』

『そんなことしない!』


 私は斗和君からもらったキーホルダーを胸に抱くようにしてお礼を言った。斗和君が照れたようにしていた顔が可愛くて、でもそんな表情にドキドキしている私も居て……本当に当時はこの感覚って何なんだろうって不思議に感じたのを覚えている。


 家が見えてくると、家の前でみんなが慌てたようにしていた。今まで以上に怒られるかな、そんな恐怖を抱いた私を背にして、斗和君は母たちの前に立った。


『すみません。俺が連れ回しちゃいました。絢奈ちゃんと居ると楽しくってつい』


 元は私が家から飛び出したのが原因だけど、どうやら母たちは家から居なくなったことさえも斗和君のせいだと思ったのか一気に彼を見る視線が険しくなった。


 私は違うと言おうとしたけど、斗和君は大丈夫だからと私を守るようにして母たちの目を見返した。流石に母たちも他所の小学生相手に怒鳴り散らす気はなかったらしく、その話はそこで終わったが家に帰ってから彼とはもう遊ぶなと口煩く言われた。


『……斗和君か。かっこよかったね。ねえ、クマキチ』


 背に庇われた時、斗和君は本当にかっこよかった。

 斗和君からもらったブサイクなクマの頭を撫でながら小さく呟く。修君や琴音ちゃんも何か言ってきたけど、いつもみたいに私の心は冷めなかった。それどころか、今度はいつ会えるのかなってそんな気持ちが私の心を満たしていた。


 そんな想いが通じたのか、次の日私たちは再会するのだけれど。


『あれ、絢奈ちゃん?』

『斗和君!?』


 世間は狭かった。

 だって同じ小学校だったんだもの。









 追い詰めて……追い詰めて……。

 苦しませて……苦しませて……。

 そして最後に尤も大切なモノを奪うんです……そうすれば、もう絶望しかないでしょう?

 

 私は絶対に忘れない、お前たちが放った言葉を。

 私は絶対に忘れない、彼が流した涙を。


 だから私が【全てを奪ってあげる】



「……なんだこれ」


 届いたファンディスクを早速プレイしようとした男性は首を傾げながら呟いた。

 ゲームをインストールし、ダブルクリックをしてゲームを起動した瞬間、オープニングムービーのように上記の文字が現れては消えていった。

 今はもうタイトル画面で少し寂しげだが幻想的な曲が流れており、黒いフードを被った絢奈が映っていた。


「前作と全然違う始まりだなぁ」


 前作は喧しいくらいの音楽と、ランダムでヒロインがタイトルを読み上げていたが、今回はそのボイスは収録されてはいなかった。

 男性は気を取り直し、はじめからを選択してゲームをスタートさせた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る