何かないのか……何もなさそうだ

「……さてと」


 母さんと一緒に夜飯を済ませ、今日買い物に付き合ってくれた絢奈にお礼のメッセージを送った後のこと。俺は現状を整理するためにキャラクターの簡単な設定を書き出すことにした。


 正直無駄なことだと何となく分かっているが、それでもやらないよりはマシじゃないかと思ったからだ。絢奈が俺をご主人様と呼んだことは衝撃だったし、普通よりも明らかに近い距離感に俺は何かがあると踏んだのだ。

 しかしながら今となっては、あの異常なまでの絢奈の態度と距離感は別におかしくなく、あれこそが普通なのだと認識しようとしている自分自身が怖くも感じている。怖くはある……が、その恐怖もすぐに消えてしまうのだろうと諦めているが。


「佐々木修、音無絢奈、本条伊織、佐々木琴音……」


 直近で出会った人物たちの情報を書き出していくが、特に何か気づくことはない。修に関してはよくある主人公の設定だし、絢奈や伊織、琴音に関してはスタイルや性格、どんなことが好きで嫌いか等の情報しかない。


 この世界に【僕は全てを奪われた】の公式サイトなんてものは当然ながら存在しないが、キャラクターの紹介文はある程度覚えている自信があった。記憶を思い起こしながら紙に書き出していくと、すぐに俺の書いた字で紙が文字だらけになっていく。


「修に関しては本当に何もないなぁ……伊織も琴音も似たような感じか。絢奈は……」


 絢奈について書き出した部分はこれだ。

 ・修の幼馴染であり家も近所の女の子。容姿端麗で性格も優しくクラスメイトにも人気である。修もそうだが、斗和との仲も良好でありよく登下校を一緒にしている姿も見られている。修に対しては並々ならぬ想いを抱いており、いつその気持ちを告白しようかと機会を窺っている。


「……よくある幼馴染ヒロインの文章だよな?」


 結局最後の最後に斗和に奪われるわけだが……う~ん分からん。

 次いで書き出すのは今の俺自身、雪代斗和について。それがこれだ。

 ・修の親友であり、絢奈にとっても頼れる男子生徒。その見た目と性格から男女問わず人気があり絢奈と同様クラスメイトからは一目置かれている存在。中学二年までサッカーをやっていたらしいが、とある事情によりやめており今は帰宅部である。


「……普通だな。清々しいくらいのイケメンだわ」


 記憶している斗和の立ち絵とこの紹介文からまさか寝取りキャラだとは思っておらず本当に当時は驚いた。そう言えば斗和ってサッカーやっていた設定があったな。今書いてて思い出したけど……特に意味はなさそうだし気にしなくても良さそうだ。


内田うちだ真理まり佐々木ささき初音はつね……修の後輩と母親だけど、やっぱり特に何もないか。……だあああわかんねえ!」


 最初から分かっていたけど本当に何も分からない。

 俺は上記のことを書いた紙を折りたたんで保管し、何を思ったのか机の引き出しを開けた。出てきたのはアルバムで、どうやら斗和の今までを写した写真らしい。

 ペラペラと捲っていくと幼いころからの写真が並んでいた。斗和だけじゃなく、小さい絢奈と修も写っている。


「……おぉ。こいつはレアだな」


 俺が目を留めたのは一枚の写真。

 サッカーボールを蹴ろうとして空振りしたのだろうか、絢奈が盛大に転んでおりそれをお腹を抱えて笑っている修と斗和が写っていた。みんな幼いということもあり、仲良く遊んでいるこの光景はとても微笑ましい。


「……?」


 しかし、多くの写真を見ていて一つ気づいたことがある。

 主に三人で写っているモノが多いが、そのどれもが斗和が中心で両脇に絢奈と修が居る。絢奈と修が隣り合った写真は一枚もないのが気になったが……特に意味はないのかもしれない。

 思いの外写真を見ていて時間が経っていたのか、時計を見ると既に23時過ぎ。少し眠くなってきたしもう寝るとしようか。アルバムを片付けベッドに横になる。すると何故だろう、絢奈の声が聞きたくなってしまったのだ。


「この時間に電話は流石に迷惑だろ……よし、2コールで出なかったら切る!」


 起こしてしまったなら謝る、機嫌悪くさせたら……やっぱり謝るしかないね。

 覚悟は決めた。いざ発信!!


「流石に出な――」

『もしもし斗和君?』

「……おう」


 ……1コールの途中なのは流石に予想外だ。

 出るにしてもこんなに早いとは思わずビックリしてしまった。出てくれたのは嬉しいけどどうしようか、声を聞きたかったという理由で特に話したいことを考えてはいなかった。少し言葉に詰まっているとクスクスと絢奈が笑った。


『その様子だと、何を話そうか考えていなかった……ってところですか?』


 あまりに的確な言葉に電話越しだというのに顔が赤くなるのを感じた。とはいえ何も話さないのは悪いしすぐに俺も絢奈に応える。


「実を言うとな。でも、まさかこんなに早く出るとは思ってなかったよ。寝てなかったのか?」

『はい。もしかしたら、斗和君が電話してくるかもしれないって思っていたんです。それでスマホを持っていたら掛かってきて……ふふ、想いが通じましたね』


 どうしてこうも恥ずかしいことを言えるのか。それでいてこちらを喜ばせてくれる言葉を選んでいる。絢奈の場合これは別に計算してではなく、本心からの嘘偽りない言葉なのだろう。そんな絢奈の言葉を聞いたからなのか、俺も心が落ち着き平常心で言葉を選ぶことが出来た。


「聞きたかったんだ。絢奈の声が」

『私の声がですか?』

「あぁ。それで今絢奈の声を聞けてすごく嬉しい」

『……っ~!! もう斗和君! 電話越しでも凄く嬉しいですけど、今度は面と向かって言ってくださいね! 抱きしめるのも一緒に!』


 パンパンと何かを叩いている音が聞こえた。絢奈は照れると何かを叩く癖でもあるのかもしれない。その場面を想像するとあまりに可愛らしくて、思わず俺自身大きな笑みが零れた。


「絢奈が良いならそうするよ。ううん、させてほしい」

『大丈夫です。いつでもしてください。それこそ斗和君がしたいときにいつでも……斗和君がしなくても私がしちゃいますけどね』

「場所は考えようね」

『そうですね、二人っきりになれる場所で……きゃ!』


 忙しい子だな。でもやはり絢奈と話す時間は幸せを感じられる。やっぱりこの体になった影響もあるのだろうが、俺は絢奈を求めている。結局、俺は雪代斗和ということなのか。


「……………」

『斗和君』

「なんだ?」


 少しだけ真剣な声音になった絢奈が言葉を続ける。


『どんな斗和君でも私は大好きですよ。“あの時”斗和君を受け入れたのは決して憐れみとかじゃないんです。貴方の傍に居たい、支えたいと思ったから私は捧げたんです』

「……それは」


 絢奈は何を話している? それを聞こうとした時、脳裏に流れる映像があった。絢奈に覆い被さる斗和の姿、でもその表情はとても辛そうで……そしてそんな斗和を絢奈は安心させるように笑みを浮かべていた。これは一体――

 ズキッと、頭に何とも言えない痛みが走ったことで俺は我に返った。


『あはは、ちょっと恥ずかしくなってきちゃいました……ふぁ』


 絢奈が欠伸をしたことで時計を見ると、少しばかり長く話していたことに気づく。これ以上は絢奈に悪いと思い、名残惜しいが今日はここまでにしようと提案したが……。


『まだです……まだお話したいです』

「電話した手前俺が言うのもなんだけど、流石に悪いよ。また明日な?」

『……分かりました。今日は我慢します』


 本当に電話を切るのが嫌そうな様子が本当に可愛い。俺自身も絢奈同様にもっと話したいという気持ちはあるが今は心を鬼にして明日を待つことにする。


「今日はありがとう。何から何まで本当に。おやすみ絢奈」

『はい。またいつでも電話くださいね? おやすみなさい斗和君……ちゅっ』


 そうして電話は切れた。最後の効果音は……つまりそういうことでいいのかな?


「……ふぅ」


 絢奈と話したことで寂しかった気持ちは薄れていた。今日はいつもより心地よく眠れそうである。気になること、調べたいことは多くあるが……なるようにしかならないのかもしれない。それか、腹を割って絢奈と話す機会を設けることも必要だろう。

 目を閉じると訪れる眠気、俺の意識はすぐに沈んでいった。






 とある場所で、一人の男性がゲームをしていた。

 パソコンの前に座り、プレイしていたゲームのエンディングを迎えたことで男性は喜びを……ではなく嘆きを零した。


「……なんだよこれ。何なんだよこのゲーム。いや分かっていたよ? でも最後の最後に絢奈の堕ちシーンを持ってくるかね? どんだけ鬼畜なんだよこのゲーム!!」


 スタッフロールが流れるのを呆然と見つめながら、男性は呆けた様子で微動だにしない。


「……感想でも書くか」


 ゲームをやった以上、クリアしたプレイヤーとして感想を書こうとネットに潜ったその時だった。ふと気になるモノを男性は見つけた。


「何々……【僕は全てを奪われた】のファンディスク……絢奈の物語?」


 男性が見つけたのは先ほどまでプレイしていたゲームのファンディスク、考えようによっては続編とも言われているモノだった。男性としてはとても気になったが、流石に手を出そうという気にはなれない。


「絢奈視点の物語、本編で描かれなかった彼女の物語を追体験しよう……ってどうせあれだろ? Hシーンが一つしかなかった絢奈の掘り下げかなんかでしょ? こんなにダメージ受けてその上絢奈の濃厚堕ちシーンなんか誰が見るかっての!!」


 とは言ったものの、怖いモノ見たさというものはあるのだ。男性自身このファンディスクを買うつもりはないが、せめてみんなの感想くらいは見てみようかなという気持ちでそのページに飛ぶのだった。


「めっちゃ高評価やん」


 あまりの高評価ぶりに男性は驚いた。

 上から順に男性は書かれた感想に目を通していく。


・本編で描かれなかった物語ということもあり気になったので購入しました。何と言うか……凄いなと思いました。視点の違いももちろん、本編で描かれなかった出来事を掘り下げるとこうも抱く感想が変わるんだなと驚いています。


・修に少しでも思い入れがある人は買わない方がいいです。本当に救いがないですし、何より絢奈という少女の印象がひっくり返ります。


・絢奈が処女を散らすシーンがありますが、あのシーンの絢奈は寝取られヒロインなんかじゃありません……ただの女神でした。


・修に親しいということでとばっちりを受けた後輩と先輩可哀そう。でも抜けたので僕は満足です。


・これが本編寝取られヒロインってマ? ただの純愛やん最高でした。


・ただただ絢奈が怖い。でもこんな彼女が欲しいと思いました。どこに行けば会えますか?


・サッカーの設定があんなに関わってくるとは思わなかった。斗和君、そりゃ恨むよねって話。絢奈と幸せになってね。


・新しい世界が開けた気がします。ただ本編寝取られヒロインがファンディスクの主人公として描かれる話は今後ないんじゃないでしょうか。ストーリーもそうだしエロシーンも最高でした。


・絢奈の慈悲があったからこそ、彼女の母親が見逃されていたのは惜しいな。熟女好きとしては絢奈ママのシーン欲しかった。


 等々が感想として書かれていた。

 それをジッと見ていた男性は、ゆっくりとカーソルを購入ボタンへと持っていき、ぽちっとクリックするのだった。

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