僕にとって幼馴染は大切な存在だ

「……ふぅ、終わりましたよ会長」

「お疲れ様修君。私も丁度終わったわ」


 作業していた資料を会長――伊織さんに渡し僕は一息吐いた。本来ならこの放課後は絢奈と斗和を合わせた三人で帰宅していたところなのだが、伊織さんに少し手伝ってほしいことがあると言われ学校に残っていたのだ。


 どうして他の人ではなく僕なのかという疑問はあるが、まあそこそこに付き合いが長いからという意味合いが大きいのだろう。後片づけをする会長から視線を外し、スマホを手に取ってアプリを開くと絢奈からメッセージが届いていた。


『斗和君と一緒に先に帰りますね。お仕事頑張って下さい修君』


 わざわざ別にこのようなメッセージを送らなくてもいいのだが、彼女の優しさ溢れるメッセージが嬉しいのも事実でついにやけてしまう。


 斗和と二人っきりということに対して心配にはならない。斗和は僕の次くらいに絢奈との付き合いは長いが、僕から見た二人は仲の良い友人止まりにしか見えない。それにずっと昔になってしまうが、斗和は僕と絢奈のことを応援すると言ってくれたのだから。


「スマホを見て何をニヤニヤしてるの? 大丈夫?」

「うわっ!? い、いえいえ何でもないですよはい」

「ふ~ん」


 面白くなさそうにジト目を向けてくる伊織さんに僕は慌てて取り繕った。彼女は一気に僕との距離を詰めるように顔を近づける。少し動けばキスが出来てしまいそうなその距離感に僕は戸惑い、そして伊織さんは面白そうにクスクスと笑った。


「その様子だと私にもまだチャンスはあるのかしら? ねえ修君」


 茶目っ気もありながら色気を感じさせる流し目にドキドキする。僕が知る伊織さんはこんな風に距離感の近い女性だが、僕以外の男子にはこのような態度を見せることはない。僕の何を気に入っているのかは教えてくれないが、一度だけ教えてくれそうになったことがある。


『私と付き合ってくれたら教えてあげてもいいわよ?』


 その言葉が冗談だということには気づいていたので、僕はそれならいいですと軽く返事をした。どんなに控えめに言っても伊織さんは美人だ。


 それこそ僕のような人間とは決して釣り合わないほどの有名人である。こう言うと斗和が自分のことを卑下するなって言うのだろうけど、昔に比べてマシになったとはいえこの卑屈な性格は簡単には治らない。


 というか僕は絢奈のことが好きなのだ。伊織さんに迫られて流されそうに……なるけど、それでも僕の一番は絢奈なのだ。


「コホン。早く帰りましょうよ伊織さん」

「あ、誤魔化したわね」

「先に帰りまーす」

「ふふ、置いていかないでってば」


 これ以上揶揄われるのも嫌だったので僕は足早に生徒会室を出た。すぐに伊織さんが駆け寄ってきて隣に並び、僕たちは揃って下駄箱を出て校門を抜ける。


 帰り道が途中までは一緒のため伊織さんと話をしながら歩いていくのだが、その途中で聞き覚えのある声が僕の鼓膜を震わす。


「先輩! 修先輩!!」


 元気な声が響き、そちらに視線を向けると一人の女の子が駆け寄ってくる。


「これから帰りなんですけど先輩方もですか? でしたら一緒によろしいでしょうか!」


 そう声を掛けてきたのは内田真理と言って、後輩にあたる女の子だ。大人っぽくて美人な伊織さんとは正反対で、真理はボーイッシュでスレンダー……美人というよりはどちらかと言えば可愛らしい女の子だろうか。


「いいわよ。修君もいいわよね?」

「もちろんです。一緒に帰ろうか真理」

「はい!!」


 元気に返事をした真理は伊織さんとは反対に僕を挟むように位置取り、ずいっと距離を詰めてきた。それを見て伊織さんも対抗心を剥き出しにするかのように僕との距離を詰める。斗和なら平常心で居られるのだろうが流石に僕には無理である。それにこんな場面を他の人に見られたら何を言われるか分からない。


「内田さん、少し近すぎじゃない?」

「会長こそもう少し離れたらどうですか?」


 頼むから僕を挟んで言い争いをしないでほしい。僕の困った顔を見てなのかどうなのかは分からないが、二人は一時休戦と言わんばかりに言い合いを止めてくれた。


 もしこんな場面を絢奈に見られて誤解でもされたら困るけど、幸いにも絢奈はもう帰っているはずだからその心配もないか。

 再び足を動かして暫くすると、ふと伊織さんが口を開いた。


「そう言えば修君と内田さんはどういう繋がりなの?」


 それは単純な伊織さんの疑問だったのだろう。それに答えたのは真理だった。


「休日とか私よく街の中を走っているんですけど、その時に音無先輩に出会ったんです。ずっと部活に打ち込んでいた私にとって音無先輩との話は楽しくって、それで音無先輩が修先輩を紹介してくれたんですよ」


 ある日の休日、絢奈に呼び出された僕が向かった先に居たのが真理だった。僕としては初対面で緊張したが、傍に絢奈が居たから話が弾んだ。


 思えばそれから真理のランニングに付き合うことが増えた。真理と気が合うこともあって話は楽しいし、最近では絢奈抜きで会うこともしばしばあるくらいだ。


「そうだったのね……でも奇遇ね。思えば私と修君が出会う切っ掛けも音無さんじゃなかったかしら」

「え、そうなんですか?」

「……あぁそう言えば確かに」


 クラスでの話し合いをするときなどよく絢奈は率先してみんなを引っ張っていた。それでクラスで決定したことを会長である伊織さんに報告する時、絢奈に手伝ってほしいと言われ付き添った時に知り合った。


 周りから冷たいと言われていた伊織さんだが、人と接するのが得意な絢奈が傍に居たおかげか会話は弾んだ。その時のよしみで僕も伊織さんとの関わりが生まれたのだ。


「なんか絢奈さんがキューピットみたいですね」

「本当にね。ま、修君本人はまだまだ私たちの気持ちには気づいてくれないみたいだけど」

「……苦労しますね」

「本当よ」


 どうして二人してジト目なの。

 困った顔をした僕を見て二人は大きく溜息を吐く。


「ダメダメね」

「ダメダメですね」

「僕が何かしたかな!?」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 二人の反応に僕は不服だと表情で訴えると、二人はそれぞれ柔らかく笑って謝ってくれた。……まあでも、僕としても彼女たちと過ごす日常は嫌いではない。寧ろ好きだと言える。彼女たちは絢奈と同じように僕をちゃんと見てくれるから。


「……でも、やっぱり音無さんは強敵ね」

「そうですねぇ。幼馴染は手強い!」


 なんでいきなり絢奈の名前が出て来たんだ。

 しかし……幼馴染か。僕は本当に絢奈と幼馴染になれたことに感謝している。幼いころから一緒に過ごして来た大好きな幼馴染、いつも笑顔で僕と接してくれた彼女のことが僕は本当に好きなのだ。

 僕にとって幼馴染という存在は……そうだな。



 何よりも大切な存在



 うん、これがしっくりくる。


『絢奈ちゃんと一緒に居ると楽しいよ!』

『そっか。私もだよ』


 そう言ってくれた絢奈の笑顔、いつまでも僕の心に残り続ける宝物。だからこそ、いつか彼女に僕の想いが通じるのを願っている。


 こう言ったら誰かに笑われるかもしれないが、僕と絢奈は言ってしまえば親同士が認めた仲なのだ。絢奈だって嫌な顔せずずっと笑顔で僕の傍に居てくれた……きっとこの想いは通じるのだと僕は確信している。きっと大丈夫だ。


「音無先輩もそうですけど、雪代先輩も凄いですよね。確か中学の時凄くサッカーが上手だったんですよね?」

「っ!?」

「そうなの?」


 興味があるかのように聞き返した伊織さんと違い、僕の心にはまるで影が掛かったようだった。斗和は確かに僕の親友だ。でも、斗和に関するサッカーの話題は僕にとって禁句のようなもの。


「中学は違ったんですけど、当時学校が違うのに噂になるくらいだったんです。でも、事故に遭って怪我をして以来サッカーを辞めたって聞いてますね。修先輩何か知ってますか?」

「……えっと」


 僕は真理の問いにすぐには答えられなかった。

 だってあの出来事は……いや、もう終わったことだ。斗和だって許してくれたのだから。


『まあこう言うこともあるってことだな。気にすんなよ。それよりお前が無事で良かったよ』


 ……ほら、記憶の中の斗和はこう言っている。だからもう済んだことなんだ。


「……詳しくは知らないかな。斗和にとっても悔しかったことだろうし、あまり詮索はしない方がいいんじゃないかな」


 僕は普通に喋れているだろうか、きっと大丈夫。何度でも言う、あれはもう終わったんだ。


「それもそうですね。それよりも! 私は私で頑張らないと!」

「頑張ってね真理ちゃん。ライバルだけど応援しているわ」


 斗和の話題が終わり僕は心から安心した。

 平常を装いながら二人と会話をしながら帰路を歩く。僕にとって斗和は親友……そう、親友なんだ。






 何でもできる親友。

 勉強も出来て、運動も出来て、友達も多くて……絢奈と仲が良くて。

 僕とは違う君が羨ましかった……病室で、もう大会には出られないと宣告された君を見た僕は……。


 嗤っていた……まるでざまあみろと言わんばかりに。


 その時に感じた誰かの視線、とても恐ろしく感じたけど誰も居なかったから気にはしなかった。もしかしたら……誰か僕の嗤った顔を見たのだろうか。

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