これはぜっっっったいに何かあるなと、斗和は訝しんだ

『ご奉仕はご奉仕ですよ。私の身体をご主人様が満足するまで使ってもらうんです。それを考えると……ああっ!!』


 昼休みでの絢奈の言葉、そして何かを想像し興奮したようなあの姿が頭の中から消えないでいた。結局あの後絢奈は普段の様子を取り戻し、俺が少しでも欲しいと思った弁当のおかずをまるでエスパーかのように察知しあ~んをしてくれた。

 周りの視線が集まるのは嫌だったが、差し出してくるおかずを口にし素直に美味しいと言えば絢奈はとても喜んでくれた。その笑顔が見ていたかったのもあるし何より、そんな風に彼女が喜んでくれることが俺は嬉しかったんだ。


『良ければ斗和君のお弁当も作ってきましょうか?』

『それはいいかな。母さんの一日の楽しみの一つが弁当を作ることらしいからさ』

『……むぅ』


 絢奈の弁当はとても美味しかったし何ならその提案に頷きそうになったが、偶々早起きした時にキッチンで弁当を楽しそうに作る母さんを見てしまうと頷くことはできなかった。毎日作ってくれる弁当、正に無償の愛というやつだが本当にありがたいと感じている。

 絢奈は暫くふくれっ面をしていたものの、俺がこう伝えると柔らかく笑ってそうですかと納得してくれた。作ってほしかったらいつでも言ってほしいとも最後に付け加えて。


 さて、色々と気になることがあった昼休みだが今はあれから時間が飛んで終礼が終わった直後のこと。いつもは修と絢奈の二人と帰るのだが、終礼が終わってすぐに再び現れた伊織によって連れて行かれた。まるで嵐のように現れ去って行った伊織を見て俺は行動力のある女だなぁと簡単な感想を抱いたが、どうやら周りの連中……伊織と親しい修に対して良くない感情を持つ者にとってはやはり面白くなかったらしい。


「最近佐々木のやつ調子に乗ってねえか?」

「だよな。なんであんなやつが本条さんとあんなに親しいんだよ」

「締めちまおうぜ?」


 そこそこ声が大きいので聞こえてきた。そちらを見れば顔立ちが整っている男子のグループ、見るからにプライドが高そうだがなるほど。容姿が優れた自分たちより、どうして地味な修が伊織という美人と仲がいいんだという嫉妬のようなもの。

 誰が誰を好こうがその人の自由であり他人が口出せるモノじゃないだろうに。放っておこうとも思ったが段々と物騒な方向へ進もうとしていたのでフォローの意味も込めてそのグループに近寄る。


「ま、そんなに熱くなるなよ」

「っ……雪代か」


 背中を向けていた男の肩に手を当ててそう呟く。

 振り向いた男子の名前は確か……染谷だったか。染谷を含め他の男子にも聞こえるように俺は話し出す。


「誰が誰を好もうがそれはその人の勝手だ。外野が口を出すことじゃないし、かといって手を出しても碌なことにならないくらいは分かるだろ?」


 こいつらも決して馬鹿ではない。修がモテることを面白くないと思っているのは確かだが、かといってそれで修に対して当たっても自分たちにプラスになることはないと理解できている。単純にこいつらがしたいのは理不尽な怒りを発散したいだけだ。この中に伊織を好きな奴がいるのかもしれないが、伊織が修を気に入っている以上、修に当たってしまっては伊織の怒りに触れるだけでしかない。


「……分かっちゃいるけどさ」

「でもあんなやつに……」


 先ほどまでの勢いはなくなったがまだ修に対しての嫉妬は消えないか。

 正直話しかけた時は殴られたりするんじゃないかとも思っていたが、よくよく考えれば斗和という存在はクラスの中でも中心に位置すると言ってもいい。優れた容姿は男女問わず惹き付けるのもあるし、表向きの優しい性格に絆される者も多くいる。そして極めつけは修を親友として守ろうとするその姿もクラスメイトには好ましく見えていた。……まあ今ではヤルこと既にヤッてるんじゃねえか疑惑が俺の中にあるけどさ。


「嫉妬なんかで誰かに当たるのはやめとけよ。そんなくだらないことで自分の価値を下げるな。同じクラスで過ごしてきてお前らが良い奴ってのは分かってる。顔も良いし性格だって決して悪くないんだから女の子にモテるだろ?」


 本心ではないがちゃんと持ち上げることも忘れない。ていうかペラペラと口が回るのは斗和の身体だからだろう。ゲームでも書かれていたが斗和のコミュニケーション能力は異常だ。表向きだけなら友達が多くて気配りが出来るイケメンにしか見えない。

 流石にそこまで言うと染谷たちも落ち着いてきたようだ。これならもう大丈夫かな、そう思っていた俺だったがここで別の第三者の声が割り込んできた。


「誰かを悪く言ってもそれは決して良い結果にはなりません。このクラスになって暫く経ちますけど、私も含め他のみなさんも貴方たちを大切なクラスメイトだと思っています」

「音無さん……」


 割り込んできたのは絢奈だった。

 絢奈は俺に対してにっこりと微笑んだ後、染谷たちに視線を戻した。


「修君は……お世辞にも人と接することが決して得意ではありません。ですが私と斗和君にとって、彼はずっと昔から一緒だった幼馴染なんです。そんな彼を守りたいという気持ちもありますし、みなさんが後悔をするような選択を取ってほしくないというのもあります」


 絢奈の言葉はとても丁寧なものだった。

 真っ直ぐに見つめられ、ここまでのことを言われてしまっては反論する気すら起きないだろう。現に染谷たちは罰の悪そうな顔をしながらも、絢奈の言葉に頷き修への態度を改めようとする声すら聞こえてきた。


「私は詳しく知りませんけど、本条さんが修君のことを気に掛けているのは嬉しく思っています。私たちだけじゃない。他にもちゃんと修君の良い所を見てくれる人がいるということですから」


 そう言って絢奈はふわっと笑みを浮かべた。その顔を見て正面に立つ染谷たちが一斉に顔を赤くして俯く。どうやら絢奈の笑顔にやられてしまったらしい。……というか男子だけじゃなくて、女子も絢奈をポーっと見ているのは気のせいか? いや気のせいじゃないな。絢奈、恐ろしい子。


「……っとコホン! まあいい感じに話は終わったみたいだし染谷たち! アンタらもカラオケ行かない? こういう時はぱあっと歌えばスッキリするわよ!」


 絢奈の友達である女子がそう声を掛け、染谷たちは皆揃ってその提案に頷いた。先ほどまでの物騒な雰囲気は消えいつもの日常に戻ったかのようだ。


「流石だな絢奈」

「いえいえ、私たちも決して無関係ではないですから……はぁうっざ」


 絢奈が来てくれたおかげであのように丸く収まったのもあるかもしれない。俺と絢奈、そして修は親友でそれすらも攻撃要素として受け取る者もいる。しかし絢奈のあんな姿を見て修に対し嫌がらせをしようと思う人間は居ないだろう。少なくともこのクラスはもう大丈夫だと思っている。

 人も疎らになり、修も伊織の元でまだ時間が掛かるだろう。特に部活に入っていない俺たちは放課後することもない。


「絢奈はどうする? 一緒に帰るか?」

「はい! 手を繋いで帰りませんか?」

「……それはちょっと」

「あ、恥ずかしいなら腕を組むでもいいですよ?」


 だからそういうのは修にしてやれと……。


「……………」

「どうしましたか?」

「……いや。そうだな」


 ……ちょっと確かめてみるか。

 鞄を背負い絢奈と一緒に下駄箱へと向かう。校門を通り過ぎ人通りが少なくなった場所で俺は空いている腕を広げて絢奈に告げた。


「ほら。腕組むんだろ?」

「! 失礼しますね」


 絢奈は一切の躊躇なく腕を絡めてきた。ガッシリと腕を絡められたことで当然外すことは難しい、しかも絢奈は足りないとばかりに体も押し付けてきた。女性特有の甘い香りもそうだが、スタイルの良い絢奈だからこそ大胆に押し付けられる柔らかい感触。

 普段の俺なら舞い上がっているだろうが、これはある意味で検証の一環でもあった。


(……普通の幼馴染でここまではないだろ。やっぱり“何か”あるな)


 どうやら帰ってから色々と調べなければいけないことが多そうだ。


「……うん?」

「あ……ふふ。斗和君♪」


 ……可愛いかよ

 視線を感じたから顔を向けてみればこれだ。本当に破壊力が高い。

 それからの道中、絢奈は気を利かせて学校の人間が目に入れば少し距離を取り、見えなくなれば再び体を引っ付けるということを繰り返す。でも離れようとするたびに舌打ちのようなものが聞こえるのは……何なんだろうね。






「修君の良い所か……あるわけないじゃんば~か。大切な幼馴染? “ずっと”嫌いだよあんなやつ」

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