雪代斗和(中身別人)は気づいてしまった

 午前の授業が終わり昼食の時間がやってきた。

 先ほどの授業を担当していた先生が教室から出た瞬間、友達同士で机を並べグループを作っていく。俺はどうしようか、そんなことを考えていた時一人の女性の声が響いた。


「失礼します。佐々木君はいるかしら?」


 騒がしかった教室もその声が響いた瞬間に静かになった。その声の出所である教室の入り口に視線を向けると、そこに居たのはこの学校で知らない者は居ないとされる人物……大げさに言ったがなんてことはない生徒会長様だ。


 その生徒会長――本条ほんじょう伊織いおりはどうやら修を探しているらしい。まあこうやって生徒会長……長いから伊織と呼ぼうか。彼女が修を呼びに来るのは珍しいことではなく、週に二回くらいはこのような光景を見ることがある。


 伊織は目当てである修の姿を見つけ、真っ直ぐにそちらに歩み寄る。その間彼女に何人かの男子が話しかけようとするが、伊織の持つ冷たい雰囲気に圧倒されて結局話しかけることができない。


「すぐ返事をしないのはどうなのかしら?」

「……いや、なんかめんどくさいことになりそうで」

「言うじゃない修君。とりあえず来て? お弁当を持ってね」

「拒否権は……」

「ないわ」

「……さいですか」


 拒否権なんてない、そう言われた修は溜息を吐いて立ち上がりそのまま伊織に連れて行かれた。伊織の来訪で静かになっていた教室だが、彼女が消えたことで再び喧騒を取り戻す。それぞれ昼食をいつもと変わらずに食べている者も居るが、やはり伊織に話しかけられた修を妬む声もチラホラ聞こえた。


 冷たい雰囲気を纏う伊織だが、その容姿は非常に優れている。鋭い目付きは初対面の人間に怖い印象を与えるかもしれないが、女子の間ではカッコいいと評判で男子でも蔑まれたいとか言い出す変態も居る。絢奈と同じくらいの長さの黒髪をサイドテールにしているのをよく見るが、あれが彼女のチャームポイントなのかもしれない。そして極めつけは絢奈すら凌駕するほどのスタイルの良さである。


 そのように注目される伊織がどうして修を連れて行ったのか、俺は伊織の考えを知っているわけではないので何も言えないが、一つだけ言えることは……まあ修に関わる女性という時点である程度の検討は付くのではないだろうか。


(……本条伊織、先輩枠での寝取られヒロイン)


 絢奈と同じくゲームでのヒロイン、その先輩枠が彼女である。

 伊織がどういった理由で修を気に入ったのかは忘れてしまったが、彼女が心を開ける友人兼後輩だと修を認識しているのは確かであり、これからの絡みでその気持ちが恋心へと昇華するはずだ。しかし結局そんな彼女も寝取られてしまうのだから、エロゲのシナリオというかゲームでのみ発動する快楽という名の魔法は凄まじいの一言だ。


(確か大学に進学して質の悪いサークルに入るんだっけか。よくあるやつだわ)


 ヤリサーだっけ、そんな感じのサークルに入るはずだ。本人は知らずに入って、酒飲まされてハメ撮りされるというある意味王道の幕開け。警戒しろよとか、そのサークルのこと調べろよとか思わないでもないが、基本エロゲのヒロインは頭のネジがいくつか外れる傾向があるので仕方ない。


 とりあえず本条伊織に関することは頭の隅にでも置いておき、俺もご飯を食べるため母さんが作ってくれた弁当を広げる。いざ食べようとした時、ジーっと視線を感じたのでそちらを見る。すると絢奈とバッチリ目が合った。

 絢奈は友達に囲まれているが、まだ何も口にしていないどころか弁当の蓋を開ける素振りもない。あれはたぶん、俺が何かアクションをするまで動かないと見たぞ。


「……………」

「……………」


 最近付き合いが悪かったみたいだしな。仕方ない誘うとしよう。

 絢奈にこっちに来いと伝えるように、手をクイクイと振るう。すると絢奈はぱあっと笑顔を浮かべ、今にもスキップしそうな勢いで俺の傍まで駆け寄ってきた。


「なんでしょうか斗和君!」

「いや分かってるよね?」

「言ってもらえないと分かりません。私、馬鹿なんです」


 おっと、学年一位がなんか言っていますね。お前が馬鹿ならこのクラスの連中は俺を含め大馬鹿者の集まりになるんだが。

 俺は立ち上がって前の席を向かい側になるようにくっ付ける。そして椅子を引いて絢奈に座れと目配せするとそれはもう嬉しそうに座った。ニコニコと俺を見つめているのもあるが、どこか潤んだ瞳をしていて妙な気持ちになってしまう。


「弁当、一緒に食べようか」

「はい!」


 元気の良い返事と万人を魅了する笑顔に俺はもう撃沈寸前だよ。ていうか絢奈、そんな顔は修にしてやれ。あいつそれだけでヤバいくらい喜ぶからさ……もしくは発狂するかもしれないけど。

 母さんが作ってくれた弁当を食べている途中、ちらっと絢奈の弁当を盗み見る。栄養を考えた配分の弁当でとても美味しそうだ。これを自分のもそうだが修のも作るあたり、本当に絢奈は尽くす女の子なんだなと実感する。


「どうしました?」


 ジッと見てしまったのか、絢奈は首を傾げてそう口を開いた。俺は少し恥ずかしくなってしまって、素直に美味そうな弁当だなと伝えたのだが、どうやら俺は選択肢を間違ったらしい。


「そうですか? でしたら……はい」


 そう言って絢奈は卵焼きを箸で掴み、そのまま俺の口元に持ってくる。これはあれじゃないか、あ~んってやつではないか。世の男子が憧れる光景ではあるが、人によっては行儀が悪いという者も居るだろう。だがしかしである。こんな美少女にこんなことをされて拒める奴は居ないだろう。少なくとも俺には無理だった。


「あむ」


 差し出された卵焼きをいただくと、卵特有の甘味が口の中に広がる。小さく刻まれ混ぜられたネギもいい味を出していた。控えめに言って美味しい。毎日食べても飽きない、というのはオーバーかもしれないが割と本気でそう思う。


「美味しいよ凄く」

「……ほっ。良かった」


 絢奈が嬉しそうにしてくれれば俺としても安心する。

 彼女の笑顔の向く先が修でないことに少し罪悪感を感じるが、今だけの特権として思いっきり満喫することにしよう。

 暫く弁当を食べていると、ふと絢奈がこんなことを言いだした。


「嬉しかったです。斗和君が誘ってくれて……その、私が誘わせた部分もあるとは思うのですが」


 やっぱりそういう意図があったらしい。

 でももう俺は気にしていない。寧ろ絢奈とご飯が食べれたことは嬉しかったことだから。


「全然いいよ。これからも誘っていいか?」

「もちろんです! でもこうやって教室で食べるのもいいですが……二人っきりで、誰の邪魔も入らない場所でも時々食べませんか? その後に“ご奉仕”も出来ますし」


 絢奈と二人っきりか……自分の本来の立ち位置を忘れてしまいそうになるくらい魅力的な提案だ。本能で頷きそうになったが、いや別に手を出さなければシナリオをなぞることはないのだから問題はないのか……って、俺は一つ疑問に思ったので聞くことにする。


「ご奉仕って?」


 単純に気になったから聞いただけだ。だがその瞬間、絢奈の纏う空気が一変した。先ほどよりも瞳に潤みが増し、頬を赤くして吐息を零す。一言で言うと凄くエロい雰囲気を纏いだした絢奈。この変化に戸惑う俺を他所に、絢奈は腰をモジモジと揺らしながら小さく俺にだけ聞こえるように口を開いた。


「ご奉仕はご奉仕ですよ。私の身体をご主人様が満足するまで使ってもらうんです。それを考えると……ああっ!!」


 ブルっと体を振るわせる絢奈の様子に俺は只事じゃないと実感した。同時に朝からの絢奈の様子から色々なことを考える。

 まさかとは思うが……。

 俺はここで一つの考えを導き出した。それはとても恐ろしく、当たってほしくないと願うばかりのもの。


 おい雪代斗和。

 お前……既に何かやらかしているんじゃないだろうな!?


 俺の心からの叫び、当然のことながら誰にも聞けないことなのは言うまでもない。

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