第03話 信長の本能寺の変/Rhythmic.ver 

 信長の気持ちを代弁するならば、


 先の先は、希望が持てる。

 天下統一、成し遂げて、朝廷、天皇になる。

 思いを浸透させるは、難しい。

 脅威ではなく温和に。

 忠兵衛にあれやこれ言われ、腹が立つ。

 自分を重ね合わせのは、比叡山の生臭坊主たち。


 崇高な思いで僧侶になった。

 権力を得て、周りが卑下ふす。

 いい気になって横暴になり、外道に明け暮れる。

 天皇になれば、我が儘勝手。

 怒りと憎しみを買い、多くの者の不安を買う。

 思いとは異なる真逆の世。

 ああ、考えるのも面倒だ。

 面白いのは、思うがままに生きること。

 それが一番得たい、面白い事。


 「して、わしにどうしろと言うのだ」 

 「今となっては信長暗殺は、避けがたいもの。多方向から攻められては防げません。ならば、彼らの思いを一点に集中させ、監視するのが一番ですよ。そこで茶会をお薦めしていたわけだす」

 「そう言う事か…。だから熱心にわしをそそのかしたのか。それをわしは家康暗殺に使おうとしたと…。忠兵衛のこしらえた舞台に、わしが勝手に演舞の題材をねじ込んだわけか」

 「そそのかしたって…まぁ、宜しい、そう言うことだす」

 「そなたと言う男を敵に回せば厄介であると、つくづく思うわ」

 「有難い、お言葉だす」

 「…うん、分かった。わしは俎板の鯉になってやるわ。どのようにでも致せ」

 

 忠兵衛は信長が乗ってきたのを察知すると口調を変えた。


 「有り難き幸せ。それでは信長様にお願いが御座います」

 「ふむ、何じゃ」

 「当日、光秀様を本能寺から遠ざけて欲しいのです。光秀様のことです、参加者の人数を確認し、全員が本能寺から出られてから、ことに及ぶかと。間違いなく、本能寺の動向を探るため探偵を配備するはずです。敵方の探偵は兎も角、軍が居るのでは何かと不都合が。近場におられては裏工作も何もあったもんやないですからね。残ったいや駆け付けた軍から逃れる準備に今、少し時間を頂かねばなりません」

 「それには心配はいらぬ。備中高松城包囲中の羽柴秀吉の救援に向かわせる運びとなっておるゆえ」

 「それは存じております。念には念をですよ。私がお願いしたいのは出立の刻限です。本能寺を出て直様戻ってくることも配慮しなければなりません。軍としての配置、配備を遅らせたいのです。出来るだけ、出立の刻限を遅らせて頂きたいのです」

 「では、茶会当日に到そう」

 「助かります」

 「もし、もし、じゃぞ。光秀が謀反を留まったら如何致す。そうなれば、イエズス会の砲弾の餌食か」

 「万が一にも、中断などありません。信長様が家康様を呼び込むために警護を手薄になされた。裏での動きを知らぬとは言え、それは私たちにとっても好都合でした。だからこそ、今回の茶会は、千載一遇の機会。これを逃すはずが御座いませんよ」

 「忠兵衛の憎たらしいほどの自信は、どこから来るのかのう」

 「たんまり金を使った結果です。金は嘘をつきまへんよって。信じて、大丈夫で御座います」


 信長、決心は早かった。

 天下人?正直、その先に刺激がない。

 退屈、卑屈、最も苦手。


 いずれ、イエズス会によって暗殺されるのか…。


 それなら、イエズス会を滅ぼせばいい。

 実際、そんなに単純じゃない。

 イエズス会は光秀しかり諸大名にも及んでいる。

 飛び道具や薬物の防ぎ方など、思い浮かばない。


 信長の選択肢は、忠兵衛の用意した舞台で踊ることしかないと、自らに言い聞かせて、覚悟を決めた。


 「家康様と多少なりの部隊は、信長様の許可を得たということで、私たちの警護下に置いておきましょう。まぁ、堺の遊覧と言うことで、宜しいでしょう」

 「家康をそなたらの警護下に置く目的は」

 「いやね、家康様とは余り接点がありませんが…。まぁ、お人柄を知る、ということで、ご勘弁願えませんか」

 「それはまずいぞ…、もう手遅れになるやも…。家康暗殺隊は別行動で、隠密に動いておるゆえ、居場所が分からぬ。探し出しても、暗殺中止の知らせが間に合うか、どうか…」

 「仕方、ありません。それはこちらで何とか致しましょう。間に合わなければ、家康様の運もそれまでと言うことでしょう。そのような人物は私も不要ですから」

 「敵に回すと怖いな、そなた…」

 「暴君、信長様にそう、言われるのは本望ですよ、く・く・く・く」


 忠兵衛は、強引な商売を通し、修羅場を幾度となく切り抜けていた。


 「イエズス会には彌助を使って、光秀による信長暗殺が、確実に進行中。様子を伺うように。下手に動くと、イエズス会への誹謗中傷、信長様側につく諸大名を敵に回す、とでも流させましょう。奴らとて、代わりに信長暗殺を誰かがやってくれるのなら、それに越したことはないでしょうから」

 「それ程に、わしは、厄介者か」

 「はい」

 「それでわしは、呆然と光秀の謀反に付き合えばよいのか」

 「まさか、信長様にもちょっとは、演じてもらわなければ。少なくとも、奇襲を受けたことを、光秀軍に確認させねばなりませんからね」

 「どうしろと言うのだ」

 「最初、少しは応戦してもらいましょうか、弓とか槍とかで」

 「弓と槍でか」

 「私が光秀様なら一気に攻めること、自軍に犠牲者を出さないこと、を考えれば、まずは、鉄砲隊を向かわせて次に、鉄砲隊の邪魔にならない程度の先陣を送り込みますな。それに応戦してください。鉄砲の玉には呉呉も気をつけてくださいまし。製造元から言わせてもらえれば、正確に的を射抜くにはまだまだの品物。乱れ撃って、当れば儲け物程度ですから。怖いのは流れ弾で御座います。大勢を迎え撃つには宜しいが一人を狙うとなれば、かなり近づかねばなりません。裏を返せば、距離をとれば当たりにくいと言うことですよ」

 「その距離とは」

 「それは玉に聞いてくだされ」

 「何を言うか」

 「敢えて言うなら、塀から縁側程限かと」

 「何れにせよ、時の運に縋れと言うのか」

 「左様で御座います。大丈夫ですよ、運はお持ちになっておりますから」

 「他人事のように言い寄って」

 「他人事で御座いますよ、私にとってはね、く・く・く・く」

 「食えぬやつだ、そなたは」

 「食っても旨くありませんよこんな老いぼれを。それより、決して応戦なされないように。信長様の気性からつい頭に血が上り、本気で応戦されるのではと心配で心配で、蕎麦も喉を通りませんわ」

 「そなたが蕎麦だと。蕎麦など食わぬくせに」

 「それはそれとして」

 「無視か」

 「直様、距離を縮めた第二弾の鉄砲隊が迫ってきましょう。その時、襖を目隠しにし、部屋に閉じ篭ってください。その後、急ぎ蘭丸に畳と襖に向けて油を撒かせ、火を放たせてください。それで明智軍は足踏み致しましょう。その間にこちらで用意した床下の穴から逃げて頂きます。出口には、護衛も用意しておきます。あとは、護衛の者の指示に従って避難してください。あっ、そうそう、念の為に力持ちの彌助を待機させておきますよ」

 「奇襲された際に、生き延びられなければ、そのまま、謀反成立と言うことか」

 「そうなりますな、そこで、命を落とされば、それまでの人生とお諦めくだされ。しかし、そうはならないのが、信長様でしょう。私はそれに賭けております」

 「賭けか。人の命を勝手に弄びよって…。進むも地獄、戻るも地獄。ならば、進んでやるわな」

 「それでこそ、信長様。ご了承頂けたということで私は、仕上げの手配に取り掛かります、宜しいですな」

 「仕上げとな」

 「やらねばならないことは、刻限なき今も色々ありましてね」

 「うん、分かった。預けてやるはこの命、そなたに」


…(再び、閻魔会の会合場面に戻る)


と、まぁ、こんな具合に話をまとめて参りました。


 堺商人の闇の会こと「閻魔会」の参加者は、闇将軍と呼ばれた越後忠兵衛の周到さに舌を巻くと共に恐れを成していた。


(小次郎)

 「それで、忠兵衛さん、わしらは何を手伝えばええんかいのう」

(忠兵衛)

 「皆さんには、本能寺に関する動きをできるだけ集め、私の筋書きに沿わない案件を悉く潰して頂きたい。呉呉も悟られないようにな」


 忠兵衛は、忠兵衛以外の閻魔会六人衆に任務を託した。


(忠兵衛)

 「小弥太どんには、服部半蔵はんに繋ぎを取り、家康を三河まで、逃がす段取りを。伊賀の里の方々にも協力の依頼を。家康に恩を売る機会だと、煽ってもらいたい。小次郎はんには、光秀はんの動向を。それと、いざという時に用立てた光秀の影武者はいかが致しております」

(小次郎)

 「順調に仕上げておりますさかい、心配はいらしまへん。影武者役は、飢饉で苦しむ農家の者で、お決まりの借金地獄、娘を売っても足りず、一家心中寸前の者を見つけ出しましてね、それが背格好が光秀に瓜二つで。借金の肩代わりと家族の勤め口を用意して、本人の了承を得て、みっちり光秀の模写を鍛錬させております」

(忠兵衛)

 「それは良かった。では、念押しとなりますが、溝尾茂朝殿と繋ぎを取り、影武者が見破られないように注意を払ってくだされ。長七郎はんには、あとで、お願いしたいことが、あるゆえ、残っておくれ。新右衛門はんには、秀吉はんの動向を。秀吉はんは、斬新な動きを見せるさかい、人数を多く割いて、対応してくだされ。蔵之介はんには、万が一を考え、密偵を落ち武者狩りの村に送り、活きのいい奴を探り出し、噂、情報を流し易いように準備しておいてくだされ。重信はんは、本能寺の堀の確保、脱出後の信長はんの護衛とイエズス会に出向き渡航への段取りと誘導の詰をお願いしたい。私は、各方面への根回し強化を受け持つ。それでは、早速、取り掛かっておくれ」


 長七郎を除いた者たちは、それぞれの役割に疾走した。閻魔会の忍びこと探偵は、金と武将たちの人脈で得た優秀な人材だった。その殆どが忍びの里の掟を犯した者、雇い主の依頼に失態し、職を失った者だった。行くあてを失くした者から才能のある者を見出し、再教育を施した。金銭で裏切られないように高額な報酬を与えていた。

 また、閻魔会は、女の探偵も育て上げていた。彼女たちは、体を張って寝物語宜しく、男をたぶらかし情報を集めたり、企て通りに誘導することが主な任務だった。


 「閻魔会」への裏切りは、死を意味する厳しい掟の中での従属だった。


 「閻魔会」の考え方は、特殊だった。雇われる者、雇う者の壁を排除し、利益は成果を上げた者には惜しみなく与えた。厳しい規則でなく、雇われる者が自ら雇い主に忠誠を誓うような組織作りに力を注いでいた。それは、従来の雇用関係で忠兵衛を始め、他の者も裏切りや命を脅かされる危険な目にあった経緯から辿り着いた雇用関係だった。


 「絆」とは縛ることにあらず。敬い、奉仕する気持ちが、自然に生まれてこそ強き「絆」となる。だからこそ、信頼を裏切れば容赦のない仕打ちを下していた。


 「長七郎はんに頼みたいことは、秀吉が光秀を討ちにくる。その光秀を逃がすこと。その後、光秀を落ち武者狩りに掛けます。光秀他界を確認次第、そこにいた野盗の全てを葬って欲しいのです。筋書きは、お任せ致します。念を押しておきますが、首を撥ね、顔の皮を剥いで、身元が分からない、いや正しくは首実検が出来ないように始末して頂きたい。そう致せば、着衣・鎧などで、身元を確定することになるでしょうから。光秀は生死に関わらず、何かと遺恨を残しますから、闇に葬るのが一番。勿論、これは、二人だけの秘密ですよ。もし、光秀が生きていることが表沙汰になれば、いの一番に私は、長七郎はんを疑う。その後はおわかりのはず。それ程、重要な役割を長七郎はんに頼むのです、次期、頭目はあんさんに任せたい。それが私の願いですからな。心して、掛かってくだされ。長七郎はんも密偵も、強者揃いですから適任かと指名したのですから」

 「分かりました。密偵の数も、最悪を考え、揃えましょう」

 「お願いしましたよ」

 「では早速、人選に取り掛かり、動きます」

 「宜しく、頼みましたよ」


 長七郎が立ち去っと後、越後忠兵衛は、誰もいなくなった地下室の蝋燭の炎をぼんやりと見つめ、薄ら笑いを浮かべた後、炎を吹き消した。

 これで、全ての手配は、終わった。後は、仕上げと参りましょうか。暗室に忠兵衛の不気味な高笑いが響き渡っていた。


 天正10年6月1日、本能寺での茶会当日。


 忠兵衛たちは予定通り、家康を信長からの申し出として大坂・堺遊覧へと避難させた。

 その頃、信長の予定では、明智軍は山城の国境・老の坂峠を越えた後、秀吉を支援するために沓掛くつかけから西国街道に向かっているはずだった。


 光秀の心は決まっており、隊に思いを告げる時を迎えていた。


 「森蘭丸より飛脚あり、信長様には中国出陣の馬揃えをご覧になるとのこと」


と、光秀は、京の都に戻る理由を隊に伝えた。

 

 「利三(斎藤利三)、総勢は如何程か」

 「1万3千は御座あるべし」 

 

 明智軍は、京都・桂川を越えていた。


 本来、信長は本能寺で「家康、討つ」の朗報を待っているはずだった。それが、生死を掛けた大舞台を待つことになった。信長は深夜まで、緊張を解すためなのか囲碁の名人、本因坊算砂と囲碁を嗜んでいた。


 光秀は、自軍に信長を討つ決意表明を、明智秀光・光忠、藤田行政、斎藤利三、溝尾茂朝ら五人の宿老のみに行っていた。


 「目出度き御事」

 「明日よりして上様と仰ぎ奉るべく事、案の内に候」


 家臣は、覚悟をしていた。日頃の信長との関係を伺い見て、いつかこのような日が訪れることを。


 「このまま暴君信長を許さば、この国の明日はない。私に続くが良い」


 馬首は、東向きに信長のいる本能寺を睨み、立ち並んでいた。


 「皆の者、聞けぇぃ。敵は備中にあらず、本能寺の信長にあり。いざ、出陣じゃ」

 「今日より、殿は、天下様に御成りなされ候」


 と、光秀の号令に続き、溝尾茂朝が続いた。


 「徒立かちだちの者は新しい足半(あしなか、かかとのない草履)を履け。鉄砲の者は、火種を1尺五寸に切り、その口に火をつけて五本ずつ火先を逆さまにして下げよ」


 それは、臨戦態勢を示唆していた。光秀のもと一枚岩の結束の明智軍。光秀が決意した以上、それに逆らう者はいなかったので御座います。


 天正10年6月2日の早朝卯の刻頃(午前五~六時)、前列に鉄砲隊を配備し、信長の眠る本能寺の包囲を終えた。信長は、周囲の騒動しさ、馬の嘶きに目を覚ました。


 ババババーン。


 鉄砲の轟く音で、信長は、床から飛び起きた。


 「これは謀反か、如何なるも者の企てか」

 「桔梗の紋が。明智の者と見えし候」

 「是非に及ばす」


 信長の命を受け蘭丸は、大量の油の用意と脱出用の堀の確認に暇がなかった。


 「来たか、一世一代の大舞台、見事に演じきってやるわ」

 「信長様、すべての準備は整っております。脱出口は、床下に御座います」

 「分かっておる、蘭丸、落ち着け、しくじるでないぞ」

 「信長様こそ、ご無事で」

 「馬鹿を言え、わしを誰だと思っておる」


 蘭丸が初めて、信長に親しく声を掛けた瞬間だった。


 「では、幕の開くのを待つとするか」


 ここに本能寺の変の幕が切って落とされた。


 信長は段取りよく演じて見せた。乱射される中、鉄砲の一撃が、信長の肩を打ち抜く番狂わせ。予想はしていたものの動揺は広がった。

 腰を抜かした蘭丸を信長は正気に戻させ、油を撒かせ、火をつけさせた。炎が目隠しになったのを確認し、大男の弥助が現れた。

 彌助は直様、信長を背負い、狭い脱出口に向かった。蘭丸は必死の思いで、剥がれた床板を戻し、信長と彌助の後を追った。

 脱出口の半ばで忠兵衛たちが手配した護衛と合流し、その案内で、一気に真言宗総本山 東寺〔教王護国寺〕へと非難させた。イエズス会が手配した蘭学医は直様、信長たちの治療にあたった。軽傷だったのが幸いだった。


➡(22)


東寺の三階の回廊から本能寺の方向を見ると炎と黒煙が上がっていた。我が人生は、あの本能寺のように燃え尽きるのか。後悔の念は思っていたよりも湧きたつことはなかった。


 「彌助、蘭丸は如何した」

 「蘭丸は、やけどを負い、その手当を受けております」

 「蘭丸も無事であったか」


 信長は、安堵しつつ、現実と向き合っていた。

 濃紺の空に処々、白きものが混ざり始めていた。

 そこに現れたのは、イエズス会の宣教師、ルイス・フロイスだった。


 「傷は大丈夫ですか」

 「かすり傷だ」

 「それは、良かった。ここからは、私たちがご案内致します」

 「かたじけない、世話になる」

 「この後、境港に参ります。堺港には、印度へ渡る船を待機させてます。信長様には、その船に乗って、あなたが望んだ異国の地に行くのです」

 「印度か」

 「印度と言っても大陸は、繋がっています。お好きな異国を探し、お楽しみくださればいい。通訳としても役立つでしょうから、彌助も、同行させれば、宜しかろう」

 「かたじけない」


 信長と彌助は、感慨深げに、本能寺の方角を見つめていた。


 「今頃、光秀は、私の亡骸を探しておろう。闇に隠れたこの信長の姿をな」


 その日の昼には、宣教師の案内人と、信長と彌助、蘭丸は、早籠を使い大坂・堺港へと向かった。

 越後忠兵衛は、探偵から信長を乗せた船が、堺港を出港した知らせを受けた後、晴れ晴れとした面立ちで閻魔会を召集した。


(忠兵衛)

 「皆さんに報告があります。無事、信長を彼方異国に葬り去ることとなりました。この、めでたき日に皆さんと乾杯をしたく、お集まり頂きました。お手元のグラスをお手に。この日の為に取り寄せた珍しいワインで御座います。これで、我らの利権を邪魔する者はいなくなりました。めでたい、めでたい、それでは、かんぱーい」


 閻魔会の七人衆は、皆の安堵を喜び、乾杯した。


(小次郎)

 「忠兵衛どん、信長はどうなりまっしゃろ」

(忠兵衛)

 「さぁ、険しい航海で朽ち果てるか、野垂れ死にしようが知ったことではありませぬは。権力を失った男に私は、興味が湧くことなどありまへんわ」


 そういって、忠兵衛は、く・く・くと笑ってみせた。


(小次郎)

 「ほんに、忠兵衛どんは恐ろしき人よ」

(忠兵衛)

 「何をおしゃる、我らをないがしろにする者が、愚かなだけ。戦いしか知らぬ者はもう、この世には不要の者でしゃろ。これからは、商人が、この国を動かして行くのですよ」

(小弥太)

 「そうで御座いますな。金は力なり。権力は、金の前に屈する、ですな」

(忠兵衛)

 「皆さん、これからが大変ですよ。次に天下人になるのは秀吉でしょう。信長以上に厄介な御仁です。次なるは、我らの手で秀吉の対抗馬を育てなければなりません。今回の大芝居は、すべてそのためにありますから」

(新右衛門)

 「天下人は、信長を討った明智ではなく、秀吉ですか」

(忠兵衛)

 「光秀は天下人の器ではない。秀吉の返り討ちに遭うは必定。秀吉には、軍配師・黒田勘兵衛がいます。それに対抗するのは光秀、ただ一人と私は考えます。秀吉を倒すには、策士としての光秀が必要だと考え、この芝居を思いついたのです」

(蔵之介)

 「確かに光秀では、頭になるには、毒がなさ過ぎますな」

(長七郎)

 「情に脆い者は、情に溺れ、自らを滅ぼす。その典型が光秀よな」

(蔵之介)

 「そうで御座いますな。毒気のない奴は、面白味もないですからな」

(忠兵衛)

 「さて、皆さんにお頼みしていた件は、順調に遂行されておりますでしょうか」

(小次郎)

 「そうそう、秀吉が、信長討たれるを隠蔽したまま、毛利方と講和を結び、とんでもない速さで、京都を目指しておりまする。この分で行けば、予定が早まると心しておかなけばなりませんな」

(忠兵衛)

 「承知しました。そうじゃったまず礼を。重信はん、ご苦労様でした。信長の件はお見事でした。今後は私の任をお手伝いくだされ」

(重信)

 「かしこまりました」

(忠兵衛)

 「さて、小次郎はん、光秀はその後、如何しております」

(小次郎)

 「秀吉の主君仇討に対抗すべく、旧知の細川藤孝と娘・珠の腰入先の細川忠興に援軍を頼んでいる様子」

(忠兵衛)

 「それで、援軍を出すのですか、藤孝、忠興は」

(小次郎)

 「援軍の件を、聞こうと思っておりましたが、忠兵衛どんの話を聞いて方向が見えたので、藤孝・忠興には、お灸を据えておきますわ。そこで、忠兵衛どんに頼みたい件がありましてね。光秀への援軍しないことを約束させますから、細川家断絶回避の特約を秀吉はんに取り付けてくれまへんか」

(忠兵衛)

 「分かりました。ちょっと厄介ではあるが、なんとかなるでしょう」

(小次郎)

 「お願い致します」

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