最終話.おっさんだった俺が、美少女になってやり直してみたら


「──はむっ……ん、ふぅ………あっ………アシュナちゃん……きょ……今日はげしすぎっ……んむっ」

「……なにかあったの? 一日にこんなにしたの……初めてじゃない……?」

「んー、でもわかるかも。旅行のときってなんかいつもと違う世界にいるみたいで……興奮……しちゃうよねっ」

「……はぁ……はぁ……ヒナちゃん、アシュナちゃんのえっちさが移ったんじゃない~?」

「もうっ! ヒマリっ!!」

「いや、たぶん生理終わったからかな……それに、ほら、満月だし」

「もう~アシュナ~、もうちょっとムードあること言ってよー」

「どんな時でもアシュナは変わらないねー」


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【最終話:おっさんだった俺が美少女になってやり直してみたら~】



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 ──あれから。

 世界を呑み込む運命を退け、人知れず2022年から先の未来を切り拓いたあの日から──俺は再度、世界をやり直している。


 というか……そうせざるを得なかった。

 あの時代──あべこべになったバグが起きた世界線はどうやらと共に正常に正されたようで……まるっきり最初からやり直しとなった──と、後にこの世界にも現れたキヨちゃんが教えてくれた。


 つまり、また最初から17年近い月日を歩んできたわけで……おっさんの実精神年齢は中年どころか既に初老の域にまで到達してしまっているわけだ。

 次のこの人生を自叙伝にするならば【老人だった俺が美少女になって赤ちゃんからやり直してみたら】となるわけだが……まぁ細かい事はどうでもいい。



 2005年、冬。

 【波澄阿修凪】、卒業したら一(にのまえ)編集長のもとプロ作家デビューを約束されている………お天道(てんと)様もおののく華の美少女女子高生。


「沖縄ってさー、今まで雪一回しか降ったことないんだってー」(※2005年時点)

「そりゃそーだよ、冬だけど暖かいのがいいんだから」

「でもアシュナがいるんだよー? 今日だけ奇跡が起きないかなー」

「無茶言わない」


 現在は冬休みを利用し、卒業旅行の真っ最中。

 みんなで必死にバイトして稼いだお金で一流リゾートホテルにて優雅な一時を過ごしている。

 昼は買い物でらんらん、夜はベッドでまんまん……一週間の連泊にも関わらず変わらぬルーティーン──特別なことをしなくても、毎日同じでも楽しいという女子高生の性質は……やはりどこか中年と通ずるものがあるな、としみじみ悟った。


 時間を取り戻すように──おっさん達は終わらない日常を楽しんでいた。


「……アシュナ? どこに行くの?」

「……ちょっと散歩してくるよ」

「えっ?こんな夜中に? 危ないよー……」

「大丈夫。がつけてくれたボディーガードだっているし、ね」


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〈pm22:14 【繁華街】〉


《わっ……なにあの子……めっちゃ可愛いー!!》

《アイドルかな? 女優さん?》

《うわー……お近づきになりてー》

《よく見ろよ……隣にすげぇ睨んでるイケメンカレシいんじゃねーか……》


 夜の街を歩くとすれ違う人間からの視線を一心に集めた……繁華街というのは何処の国でも地域でも一切変わらない。

 まぁ、もうイヤというほどに慣れたもんだけど。


「──お嬢、あまり無茶を……」

『その無茶を叶えるのがSP(私達)……昼のSPはあまり文句言わないで』

「………俺はいずれ世界を牛耳ることになるお嬢に万が一もあってはいけないと……」

『だから、それを防ぐのが私達だって言って……』

「ごめん、コクウさんカザカちゃん。すぐ戻るからケンカしないで」


 無線でやり取りするカザカちゃんとコクウさんは相変わらずソリが合わないようだ。

 二人を宥(なだ)め、俺はあてもなく喧騒の中を練り歩く。

 無数に照らされる街の照明と相反して、心の中にもやもやを抱えたままに。


『阿修凪嬢、どうかした? なにか最近……元気ないように見えるけど』

「………大丈夫、卒業の雰囲気にあてられてしんみりしてるだけだよ」


 嘘。いや、その思いは本当だけどね。

 見透かされるのを恐れ、咄嗟に自分を誤魔化すクセも治ってはいないようだ。


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〈PM23:25 海岸〉


──どれだけ歩いても、奇跡は起きない。


 どれ程歩いただろうか、いつの間にかホテル近くの海岸に着いた俺は……砂浜に立ち、海と空の境界線が無くなったただ真っ暗な闇を見つめていた。


 周りには誰もいない……あの時みたいに。

 コクウさんとカザカちゃんは……()俺のただならぬ雰囲気を察してくれたのか、遠くから見守っていてくれていた。


──{………アシュラ、まだ}


 周囲に誰もいないのを見て、まるでノートについた死神みたいにキヨちゃんが話しかけてくるが……それには無言で返答した。


──{……あれから……ヒマリの運命を変えるため何度も世界線を旅したお主ならわかるじゃろう……別世界のお主である【波澄阿修凪】は}


 

 そう……あれから──俺はヒマリを襲う運命を変えようと何度も別世界を辿った。

 どの世界でも似たように中年親父にいいようにされようとしていた彼女を救ってきた。

 結果──ヒマリの運命は強制力を無くし、見事に束縛から解き放たれたのだが……その時に気づいてしまったんだ。


 ことを。

 かつて俺が波澄阿修凪に乗り移った世界線も見つけることができなかった。


──{お主の運命を退ける策……『割合を増やせれば運命は強制力を無くす』というのは的中しとったが……それ故にお主も理解できたじゃろう……【運命はより多い可能性を適用する】……ヒマリを救えた世界線が、ヒマリが襲われる世界線の数を上回ったから運命はねじ曲げられた}


 そうだ……それが何度も世界をやり直して見つけた一つの真実。

 そして、それは同時に残酷な真実を俺に突きつけた。


──{お主が【娚人】という神に近しい存在となり、更には繰り返しの世界線渡航によりという存在はより大きくなり………阿修凪が産まれるという可能性が少なくなった…………じゃから………}


「言わないで」


 可能性を塞ぐように、俺はキヨちゃんの言葉を遮(さえぎ)った──そこから先を聞くと現実になってしまいそうな気がしたから。


「約束したんだ。絶対また会いに行くって」


 それに………


「知ってるでしょ? 可能性なんか無限に広がってる。おっさんが女子高生になれたり、違う世界の自分と通じ合ったりできるんだから……きっとまた会える」


──{………………}


 けど、言葉とは裏腹に心はどうしようもなく疲弊していた。

 せっかく繋がりの大切さをわかったのに──いや、だからこそ大事なもう一人の自分を失ってしまった喪失感は消えてくれない。


 どうして……安易な約束なんかしてしまったんだろう。

 どうして……俺なんかの為に彼女が消えなければならないんだろう。

 どうして……望んだ最高の世界に君だけがいないんだろう。


 俺はもう、君さえいてくれれば何もいらないのに。




「本当ですか?」




 その時、どこからか声が聞こえた。

 いや……きっと幻聴か、はたまた幽霊か何かだろう。

 そう俺が答えを出すのも無理はなかった。


 だって、その声は……



「言質、取りましたからね? もう……他の女の子に浮気しちゃダメ………ですよ?」



 眼前に、虹がかかった。

 そして────その麓(ふもと)にいたのは………もう一人の自分、光と見紛(まが)う美少女だった。


 声が出ない、反応できない、視界が滲(にじ)む。

 唯一できたのは状況を理解しようと必死に思考を働かせることだけ………だが、どう考えたって答えはでなかった。


「あはは……実は、神様に頼んでどっきり仕掛けちゃぃましたー………実は私も別の世界線に行っていたんです……そのおかげか難を逃れたみたいでして………様々な経緯の末に私にも能力が目覚めて……おじさんの世界にも来ることができました」


──{ほっほっ、お主にはこれまでいいようにされとったからな。最後にちょっとした意趣返しをさせてもらったわけじゃ}


 二人が何か喋っているようだったが……耳には入っても俺には聞こえていなかった。

 聞こえてようが聞こえていまいが……もうそんな事はどうでも良いことで────


 別世界の、愛しい自分と同じ時間を過ごせるその奇跡に………涙を流して、ただただ呟いた。



「…………………チョロ過ぎだよ………」



【おっさんだった俺が美少女になってやり直してみたら──やっぱり人生クッソチョロかった】 〈完〉


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