第147話 女子高生(おっさん)の小説家デビューFINAL 〈後日談〉


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〈一週間後 自室〉


 待ちに待っていた小説の発売は、なんら変わらない日常を変える事なく……ごく当たり前のように行われた。

 実際、どれ程の売上予測が出るかなどは当然伝えられてもいないし……発売に合わせてマスコミが押し寄せるなんて事もなかった。

 俺(アシュナ)の願いを、想いを、叶えてくれた結果なのだろう。ひっそり発売された俺の小説を、クラスの皆がこぞって買ってくれたことや……激励してくれたことを語ると……涙腺の弱くなったおっさんは酒が欲しくなるから思い出の中にしまっておく。


「アシュナ嬢、これ見てみて」


 もうすっかりうちに馴染んだカザカちゃんが部屋に戻ってくるなり、ケータイ画面を俺に見せながらそう口にした。

 そこには……いわゆるアンダーグラウンドにて、波澄アシュナが小説発表した際の反応らしきものがつらつらと掲示板に書かれていた。


『無闇に宣伝せずに発売を行ったアシュナちゃんに漢を感じる』

『本当にメディアに一切出ないのか……内容で勝負という思いが伝わってきたので購入しました。そして……面白い!』

『あれだけ可愛んだから絶対いやになるほど宣伝してくるかと思いきや……凄いと思う。もっとファンになりました』

『あの可憐で清楚なアシュナちゃんが書いたというだけでご飯三杯いけます』

『はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁアシュナちゃんはぁはぁはぁはぁ』


 多少おかしいコメントもあるけど、販促を一切しなかったのが逆に功を奏したらしく……ア●ゾンでも千以上のレビューがかかれる中で平均評価4,9というとんでもない数値を叩き出していた。


「結果的に良かったみたい。これで安心だね、アシュナ嬢」


 そう嬉しそうに呟いて、カザカちゃんはベッドに入った。消灯し、おっさんも一緒に横になってケータイを開き、メールを確認する。

 そこにはこの一週間──学校でみんなと交わした色々な約束の確認……というか、念押しみたいなメールやお誘いが山のように届いていた。


『夏休みは色んなとこ行こうね! アシュナ!』

『あたしは海がいいな、アシュナ今度水着選んでよ』

『お祭りと花火大会も~。みんなで行こう~』

『アシュナっち~、悪いんだけどまた合コンの数会わせお願いしたいんだけど──』

『お姉様、夏休みにお願いしたいことがあるんですが……』

『アシュナ殿、コミケには絶対に参戦しようでござるよ』


 正直──この一週間、不安は微塵もなかったって言えば嘘になるかもしれない。

 でも、たとえどんな結果に転んでいようと俺は自分がした選択を一切後悔していない──それを再確認させてくれるみんなとのこれからの約束。


(……昔だったら絶対考えられなかったな……夢よりも優先させるものがあるだなんて……しかも、それが仲間(笑)との友情(笑)なんて、ね)


 それでも小説家になった身として、やはりデビュー作が売れたかどうかは心の片隅に引っ掛かっている。魚の骨が喉に引っ掛かったかのように。

 自分自身のためにじゃなく──出版社のみんなのために。宣伝費や諸経費が売上で回収できなかったなんてどこにでもあるよく聞く話だ。それで皆がまた苦労するなんてのはあまりにも偲びない……そんな感傷を抱いていると、着信により携帯が鳴った。既に寝てしまったカザカちゃんを起こさないように、部屋を出てから通話ボタンを押す。


「はい、もしもしヤコウさん」

「夜分遅くに申し訳ありません波澄先生……すみません、どこから話していいものか……私もまだ混乱してしまっているのですが……」


 普段、冷静沈着であるヤコウさんからは想像できないような……焦燥しきったような声がスピーカー越しに伝わってくる。


「あの……落ち着いてください。どうしたんですか?」

「ぁあ……すみません。もう遅い時間なので手短に済ませます。普通、作家さんに売上などは公表しないのですが……今回は例外です。いずれ……嫌でも耳に入る事態ですから。心して聞いて下さい。発行部数が──一週間で121万部……実売はそれを更に上回る見通しで……あぁ……勿論、波澄先生のデビュー作のお話です」

「………えーっと……それって凄いんですか……?」

「凄いなんてものじゃありません。前代未聞です。初週ミリオン達成など歴史的快挙で私も寡聞にして聞いたことがありませんよ──」


 そこまで聞いて、そこから先は話し込んでも頭に入ってこなかった。通話を終えたのち、部屋に戻り……カザカちゃんを起こさないようにベランダに出て夜空を見上げた。煙草を吸いたい気分だったが、おっさんながらにして未成年なので常備している酢イカを咥えながら。


 ノスタルジーに浸りながら柵に両肘をつき、星を見上げた。美少女が夜空の下、薄着で感傷に浸る──それは画家や写真家ならば切り取って未来永劫残したくなるような……絵になるというか、むしろ絵にしかできないような光景だろう。

 

 そんな中、自然と口から出てきた独白は……アシュナになってから常々感じた──もはや決め台詞みたいになったあの一言だった。


「……………チョロすぎーーーーーーーー!!!」


 感極まるあまり、日中とは正反対の、快適な波を感じさせる風が吹く、澄みきった深い群青色の空に、俺(アシュナ)の声が響く。

 何の困難も波乱も予感させない、未体験の楽しい夏が始まろうとしていた。

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