第146話 女子高生(おっさん)の小説家デビューFINAL


〈英傑出版社〉


「──さぁ、遂に波澄アシュナ先生の処女作でありながらデビュー作『少年少女、その掌に剣と魔法を』が明日お披露目となるわ。皆、これまで良くやってくれたわ。そして……ここからが本番でもある──心してかかるのよ!」

「「「はいっ!!!」」」


 日曜日──ついに明日発売を迎える小説発表にあたり、編集部ではこれまで出会った各人達による決起集会が行われていた。俺は何も用件を伝えられずに出版社に呼び出されたわけだが……まさか当事者中の当事者がいないわけにはいかないのだろうと特に疑問を抱かず、むしろ発売にあたり尽力してくれたであろう皆に感謝の意を表するために『日曜日なんだから寝かせてくれ』なんて断る筈もなく……浮き足立ちながら都心まで足を運んでいた。

 外は猛暑が始まりかけているのを象徴するように日射しが照りつけている、ここに来るだけでもじっとりと汗をかいたくらいだ。


 編集長、ヤコウさん、SPの二人、ネツハさん、キセキさん……そして編集部の人達。相変わらず煩雑なフロアの中でも割と整理された一画に皆が集う。


「日曜日なのにすみませんね波澄先生」

「いえ……むしろそれはこちらの台詞で……」

「ははは、我々編集者には日曜なんて平日と変わりませんよ。特にもうすぐ大型連休が控えるこの時期は出版業界には休みなんてほとんどありませんから……」

「……お疲れ様です……」

「今日来て頂いたのは波澄先生に確認したい事項があるからなんですが……直に編集長からお話があるかと」

「……? 確認したいこと……?」


 聞くが早いか──早速、編集長は俺の方に向き直る。自然と面々もこちらを注視した。


「アシュナ先生、既に様々な業界からオファーが殺到してるのは以前言ったわよね。とりあえずはアタシの元で保留にしてあるんだけど……それらを受けるかどうかを今一度確認したくてね」

「勿論、オファーを受ければ学校生活にも影響を及ぼし兼ねます。受けなくても既に予約が殺到しているので売上的には全く問題が無い見通しなので大丈夫ですよ」


 編集長と担当のヤコウさんは、明らかに気を遣うような口調で俺にそう告げた。どうやら話の核は……メディア進出をするか、それとも学校生活を尊重して露出も控えめにするか──ということらしい。


「お嬢、どちらをとっても俺達はかまいません」

「うん、アシュナ嬢が普段通りの生活を送れるように全力を尽くす」


 コクウさんもカザカちゃんも、決意をもった表情で優しく俺に言った。俺(アシュナ)が一度(ひとたび)世に出てしまえば……それほどまでに覚悟を決めなければならない事態になるようだ。

 確かに先々日……東京に行った時にはお店に人だかりが出来てしまい、帰るのに一苦労した。帰ってテレビをつけたらニュース報道されていたくらいだ。


「これ、オファー内容と会社名だけをリストにしてあるわ。目を通してみて」


 編集長から渡された数百枚のプリントには、とんでもない数のオファーが記されていて──ざっと計算しただけで千件を越えている。

 有名会社や地方CM、バラエティー、ドラマ、舞台等の出演からアイドル業界やモデル業界、音楽業界からの誘い、果ては……まだ有名人にもなっていないのにショッピングモールのイベント出演なんてのもあった。


 これだけの依頼を受ければ……小説の宣伝にもなるし売上も爆増するだろうことは明白だ。

 そして、それには学校生活を犠牲にするというリスクが伴うことも同じく明白だった。


 少し前の自分ならば──この出版社から声がかかった時の自分ならば……きっと喜んで受けていただろう。売るために利用できるものなら何でも利用すると決めたあの時なら。


 だけど、今は……犠牲にするのは惜しいと思い始めている。ただでさえ、修学旅行は自分のことで手一杯で……皆との時間を犠牲にしてしまったのだから。

 両立させて二つとも上手くこなせる器用な人もいるだろう──だけど、おっさんはそんな器用な生き方はできない。なにせおっさんだから。

 芸能活動を始めれば……学校生活はきっと疎(おろそ)かにするに決まってる。修学旅行の時みたいに、みんなの優しさに甘えながら。


 そんな俺に、すぐに答えは出せなかった。


「…………ごめんなさい……少し、もう少しだけ待っててもらっていいですか?」

「勿論よ、前にも言ったでしょう? 貴女は学業を優先させなさいって。学業ってのはお勉強のことだけじゃない──お友達との時間も含まれてるのよ。ヤコウちゃん」

「はい。では、小説発表は予定通り……最小限のPRにて行う予定だと代理店に伝えます。当面の間は全てのオファーを一旦見送らせて頂く旨も」


 アシュナが前面に出る事により売上は確実に増すだろうことを理解しながら、二人は当然のように俺の意見を尊重してくれた。編集部の面々も同じだったようでみんなからフォローの言葉がかかる。


 会社員として、出版社の一員として絶対に売れた方がいいはずなのに。誰もそんなことは一言も言わなかった。


「よかった、こう言っちゃ何だけどあたしの方もスケジュールきつきつでね。アシュナさんがTV出演決めて同伴してたら休みがなくなってたわ。無理して出なくていいからね? アシュナさん」

「キ……キセキちゃんっ……でも、確かに高校二年の夏は特別ですからね……『TVに出た方が出版社のためになるかも』なんて考えないでください……そんなことのために友達との思い出を犠牲にすることなんてないんですから……」


 出会ったばかりのネツハさんとキセキさん。二人にとっても名前を売り出す絶好の機会だろうに……そんなことを微塵も感じさせないように言ってくれた。


 皆の優しさに支えられ、泣きそうになるのを、それでもグッと堪(こら)えた。ここで涙の一粒でも見せればみんなは更に気を遣う──そうなるとわかっているから。

 この場には、そんな甘えはいらない。

 俺自身も、自分自身も、もう一緒に戦うべき一員なんだから。


「大丈夫、もう各所で話題になってるし……それに、小説の面白さもアタシが太鼓判を押したんだから内容だけでも充分に勝負できるわ。……高校二年生の夏、楽しんでいらっしゃい」

「──はいっ」


 全てを後押しされる形で、遂に小説は発売を迎えた。

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