ダイエットします

@takanosukan

第1話

 毎度の事とは言え、ダラダラとした会議がやっと終わった。時刻は既に6時を廻っている。この時間から今日中に最低限しなければならない作業を進めていくと、約束の7時にはとても間に合いそうもない。若干かもしれないが、イライラを弱毒化する効果を期待してメールしておこう。

 慌ててこなした仕事は余り良い結果を伴わないものだが、優先順位を考えるとそれも致し方ない。駅に急ぐ。丁度、電車が入ってきてラッキー。乗車時間はわずか5分ほどのはずだが、感覚的には数倍かかった気がする。焦ってていれば、当たり前かもしれないが。駅の改札をぬけて、彼女の姿を探す。居た、いた。

「ゴメン、ごめん。メールみてくれたでしょ」

「見ることは見たけど、相変わらず長いのね。会議」

 軽い嫌みは笑って誤魔化そう。

「ハァハァ。そうね。普通の会社は知らないけど、管理職はヒマヒマしてるからさー。会議以外にする事あんま無いし。議論の進め方やら段取りって概念すら頭の中に無いかも」

「…」

「とにかく、店に入ろう。寒すぎる」

「それは、私のセリフでしょ。30分余計に待ったのはワタシ」

「まぁ、否定はしませんが」

 歩きだした自分の背中を彼女の声が追いかけてくる。

「で、何の会議だったの」

「まぁ。生徒指導ってとこかな。残念ながら、内容は申し上げられませんが」

「それが当たり前だよね。テレビの刑事物なんかも平気で飲み屋さんとかで話してるけど、有り得ないもんね」

「あれは、フィクションの中でお約束事だから、しょうが無いでしょ。あーしないと、見てる人に細かい点を補足?、説明?、出来ないじやない。笑っちゃうけど」

「確かに。そうかもね。それはそうと、今日は、どの店に行くの」

「予約してないけど、焼き鳥屋さん。ほら、その先の」

「前行った事あったっけ」

 別の誰かさんと、来たのかもしれない。ここは、若干はぐらかすべきだろう。

「行った事があったような、無いような」 

「店の名前、よっぽどじやないと、覚えないタイプだけど、場所はだいたい」

「覚えてる?」

「その流れでいけば、多分、初めてかも」

「そうだっけ。まぁいいか」

「何か、特徴でもあるの」

「特には。普通かな」

「何それ」

「あえて言えば、居心地が良いかなあ」

「具体的じゃないじゃん」

「数量や具体的に現せない事が、つまりは、人なり物なりの魅力じやない」

「まぁ、一般論としてはね」

「着いたよ」

「やっぱり、私は初めて」

「そう」

 瓶ビール2本、レバーと皮、そしてネギ間をそれぞれ塩で頼んだ。それと忘れちゃいけない定番の煮込み。おしぼりで、手をぬぐいながら話し始めよう。

「でさぁ。いきなり、かつ、唐突だけど、俺、ダイエットしてみようと、思ってんだ。どう?。前から君に言われてたじゃない。重たいっとかって」

「確かにその手の事、言った覚えはあるけど、何でこのタイミングなの。血圧120以下なんだから、問題無しって、豪語してたじゃない」

「基本、そうなんだよ。そこんとこは変わらないんだけどね。それがさぁ。先週、なんだけどさぁ。下向いて新聞読んでたらさぁ。何か視界に入ってきてさぁ。何だと思う」

「視界に」

「そう視界に」

「視界に入ってきそうなもの。何かあるかなあ」

「わかんない」

「今、直ぐには」

「それがさぁ。ほっぺた」

「ほっぺたー」

「かなりマスいでしょ」

「そうかもしれないけど、腰が痛い。けど、誤魔化すとも宣言してたじゃない」

「そうは言ったけど、俺の中では、腰痛は良しとして、ほっぺは許容範囲を超えてる現象かなあ」

「私には、その意味は分からないなあ。客観合理性、無いでしょ」

「それはそうなんだろうけど、俺の中では、だよ」

 若い子がビールとお通しを持ってきてくれた。ちゃんとした店かどうかは、このお通しで判断出来る。大昔と違って、有料なんだから、尚更だ。もちろん、この店は合格。今日はモツ煮。

「で、説明してみ」

「まずは乾杯を」

「乾杯」

 寒くても、暖房が効いていれば、やはり、冷えたビールは充分に美味いはず。

「ビール最高。で、要はさぁ、他人からみて痛みは見えないけど、膨らみは明々白々」

「だから?。意味が分かりません」

「そう。わかんないかなあ。まあいいや。但し、美容と言う柄では無いから、単に現象面の入口かなぁ」

「良くは分からないけど、しようとしている事自体は悪くは無いかもね」

「そうでしょう」

「で、どんなダイエット?」

「どんなって言われても」

「色々あるじゃない。〇〇ダイエットって」

「その手のはどうなの。君はダイエットに無縁だろうけど」

「私の場合は、特に意識しないで、私の思う普通の感覚で生活していて普通の体重だから、分かりませーん」

「幸せ者だよね」

「そう」

「始めてもいないのに、こう言っちゃ何だけど、一時的に流行する〇〇ダイエットの類いってさぁ。控え目に言って気休めじゃない。だいたい、一生は出来ない場合がほとんどでしょ」

「そう。私にはコメントしようがないけど、気休めな理由は」

「だってさぁ、森羅万象、全ての事は、原因がありますー、経緯があって、その先に結果があるもんでしょ」

「全てかどうかは、何とも言えない部分はあるとは感じるけど、ほら、宗教なんかは関係ないじゃん。そういうのを除けば、基本、そうかなぁ。でも、それがダイエットとどう結びつくの」

「結局、そういうダイエットって全部とまでは言わないけど、まず原因を見つめないで、私は魔法を見つけました、って感じでしょ」

「魔法」

「そう、魔法。人間が肥満になる原因は明らかでしょ。多分、ほとんどの人が認識してるんじゃない」

「食べ過ぎと運動不足?」

「そうだよね。で、二つとも要するに、欲望の塊でしょ」

「そりゃそうだ」

「あなたの欲望は悪くありません。そのまま何も変える必要も勿論ありません。我慢とも無縁です。私が、簡単でしかも短時間で誰にでも出来る魔法を発見しました。これさえすれば、全て上手くいきます、って感じでしょ」

「言わんとする事はわかるけど」「それを言っちゃあー、お仕舞いなレベル?。嫌な人だろうけどね」

「うまい」

「上手いって、ヒデェーなー」

「でもそうでしょ」

「まあね。でも、だいたい、世の中、そんなのばっかじゃん」

「たとえば?」

「そう。たとえば、化粧品なんかそうじゃん。綺麗になりたい女心につけ込んでか?。そもそも、その化粧品使っていなくても充分綺麗な女性をCMに起用してるでしょ。この化粧品を使うと、あなたも綺麗になれますよ、なんて一言もいってないけどね」

「そりゃそうかもしれないけど、ちょっと違うと思う。大体、そんな妄想をするほど、馬鹿じゃないし、女はそんなもん、って女性蔑視じゃないの」

 拙い。半分、地雷を踏みかかっている。一気に後退して、軌道修正しよう。

「そんな気は御座いませんが、失礼いたしました。お詫び申し上げます」

「分かればよろしい」

 ホッと、一息。

「じゃあ、ビールは」

「ビール」

「そうビールの類い」

「で」

「ほらさ、みんな美味しそうに飲んでるじゃん。CMでさぁ。自分の嗜好もあるけど、新発売だからって、買って飲んでみたらさぁ、罰ゲームみたいなビールの類いもあるじゃない。なんじゃこれっての」

「それは、言いがかりでしょ」

「そうかなあ」

「じゃーあ~。この店のは」

「今日は、旨いよ。そう言うビールをだしてくれる店を選んでる。メーカー。保管の仕方、冷やし方、生だったら注ぎ方なんかも含めてね」

「えー。それって、全くの好みの問題じゃない」

「まぁ、そうね。たとえがよくないかあ」

「まぁ。ダイエット自体は悪くないから、してみたら」

「まぁ、ちゃんと運動。て言うか、有酸素運動します。馬鹿みたいに食わない。かな」

「で、具体的には」

「具体的にか。今までサボり勝ちだったストレッチと腕立て伏せは必ず毎日、無条件でする。後は、とりあえずは、ウオーキングするかなぁ」

「ウオーキング。なんで」

「タバコ吸ってても、出来そうなって言うか。肥満児でも命がけにならない運動はそんぐらいでしょ」

「肥満児ねぇー。もう子供じゃないけど面白い」

「〇〇児で言うと、昔、麒麟児って言うお相撲さんがいたけど知ってる。突き押し、強烈なんだよ。同じ突き押し型の富士櫻との一番なんて最高だった」

「へぇー。キリンジ?。わかんない」

「麒麟は動物のキリン」

「そのキリン」

「当たり前だけど、人間だし、子供でもない」

「だから」

「そう言われてしまうとねぇ。児繋がりで、振ってみたんだけど」

「話し終わっちゃった?」

「まぁいいけどさぁ」

「で、煙草やめるって選択肢は無いの」

「無いね。まず薬物中毒だから、少なくとも、ダイエットと平行してするのは精神的に不可能でしょ」

「まぁ、そうかもしれないけど、どうなの。この店だって禁煙じゃない」

「それは、別問題でしょ。列車の中、ホテルの客室、果ては学校の敷地内なんかも含めて禁煙になってるのは、正直、納得いかない部分はあるけどね。それでも、法律は厳守すべき立場だからさあ」

「それなら、もう一歩踏み出せば、いいだけじゃない」

「無理、無理。その先は、なーん千歩もある。それに、だいたい、当座は実害無いし」

「当座は、って、公の席では許されない発言じゃない」

「この場は、私的な状況でしょ」

「だから、何でもOKじゃーないわよ」

 威勢のいいかけ声と共に、焼き鳥が、やってきた。ここで、手羽先とつくね、鳥じゃないけど、カシラを追加しておこう。つくねとカシラはタレだ。それと、煮込を催促した。忘れていたのかもしれない。こっちは直ぐにきた。

「まぁ、そう言いなさんな。でね。とりあえずは、減量着?、体重計、これは体脂肪率とか出るやつ、ウオーキング用の靴。それに食品のカロリーが分かる本ぐらいあれば何とかなりそうでしょ」

「まあ、そうでしょう。で、今日は控えめにするの」

「それは、別でしょ。俺にとっちゃー、たまーにだよ。こういう状況って。体重気にしてます、みたいな感じは、周りの迷惑。嫌な感じ、じゃない。だったら飲み屋に来るな。でしょ。アルコールで満腹中枢破壊されている状態で、多少であれば、わけの分からない事を口走っても許される場じゃない。と言うかぁー、人によって色々な方向性はあるんだろうけど、多くの人はストレス発散にきてるんだから、欲望のまま食欲全開で全然OK」

「そうかなぁ。私は、平気よ。控え目でも」

「だからさぁ。そうは言われても、かなあ」

「で、どんなスケジュール感」

「月に1㎏減、年にすると12㎏減ぐらいだね。今の体重は約84㎏だから目標72㎏かなぁ」

「そんなもん」

「そんなもんだよ。モデルさんタレントさんじやないんだから、何時何時までに何キロ落とすなんて縛りはないし、大体、発想を変えて欲望をコントロールしなければいけないんだから、心を改造するのと同じなのね。時間がかかるし、それを期間限定じゃなくて、死ぬまで一生続ける覚悟する事だからさぁ」

「大袈裟過ぎない」

「それは、ダイエット不要な人からみれば、そうかもしれないけど、重たい事だよ」

「そう。で、ウオーキングはどの位するの」

「取りあえずは一回30分で、週3かなぁ。最初は散歩にプラスα程度でスタートだね。今、想定してるのは」

「それで、効果は」

「効果?。多分、ほとんど無いね」

「無いって」

「う~ん。説明すると、運動不足って、デブの場合は運動習慣が無いわけでしょ」

「自分でデブって言う」

「言うよ。事実だもん。そこを認めないと始まりません。で、習慣って、つまりは時間を使う、と言うか、割り当てる事でしょ。毎日の生活の中で。30分の時間を確保する事が始まりじゃん。優先順位的には効果云々より習慣化でしょ。それに一歩間違えれば、効果的な方法って、魔法と紙一重だもん」

「まぁ、言ってる事は、分からんじゃあーないけどね」

「その後、三カ月ぐらいしたら、桜が咲く頃になるのかなあ。全力歩行に移行しますー。さらに時間的に余裕があれば、って言うかぁ、時間を捻り出してそのまた三カ月後からは1時間かなぁ。それぐらいやれば、ウオーキングでも効果あるはずなのね。スケジュール的に始めるには、今みたいな寒い季節がベストかも。で、もし、効果に疑問を感じたら、又、運動の種類、考えるてはみるけどね。ただ、そうなると、煙草が問題になってくるかもしれないので、避けたい」

「避けないで、向き合ったらどうなのよ」

 流れが悪いので、ここも笑って誤魔化そう。

「ハァハァ」

「直ぐ、誤魔化しに入る」

「ハァハァ」

「まぁ。他の運動はともかく、時間は捻り出せるの?」

「する」

「出来るの、ブラックな職場で」

「するよ。忙しいから、時間がないから、風呂入らないで1週間すごして、平気な顔して得意先まわりする営業マン、なーんって有り得ないじゃん。それと一緒」

「理屈はね。そうかもしれないけど、そこがダイエットの難しさじゃないの。したこと無いけど」

「そうね。しかし、発想を変えられるような方向で頑張るしかないよ。我慢ではなくて、今までの間抜けな発想を変える」

「間抜けな発想?」

「多分、そこがダイエットの全てだよ」

「そう。で、食べる方は」

「まあ、こっちは、即効性あるからね。焼き鳥頬張りながら言うのはなんだけどさあ。」

「具体的には」

「白状するけど、たとえば、昼飯に調理パンって言うのかなぁ。そういうのを5個たべてた」

「そんなに食えんの」

「それが出来るんだなぁ」

「明らかに食べ過ぎ」

「だよね。で、取りあえずは3個にする。暫くして、それでも過剰だと、判断したら2個にするかもしれないけどね。で、朝飯、けして良い食習慣じゃないけど、大概、インスタントラーメン食べてるのね。これ美味いって感覚で好みのを選ぶと500カロリー超えなのね。日によっちゃー、それを二袋食べてた。馬鹿でしょう。それを350カロリーのに変えてみる。で、この差の150カロリーは、およそ30分間の全力歩行に相当するのね」

「そんなに」

「そう。凄いでしょ」

「で、味は満足出来るの」

「それが出来るラーメンを見つけたんだよ。このメーカーは何げにすごい。後は、昼が弁当なら500カロリー程度のにするかなぁ」

「小さめ、軽めなヤツ」

「そう、中には、ごはん大盛、揚げ物にタルタルソースかかって、1300カロリーなんてのもあるからね。1300だよ、1300」

「そんなに違うの」

「そうなんだよ。びっくりしたよ」

「私は、そんなの気にして買った事無いかも」

「俺だって、この数日だよ。凄いんだよ。破壊力。で、夕食は、1000カロリー程度にするつもりなのね」

「1000カロリー?」

「食材や調理方法で大差はあるだろうけど、そんなに厳しくはないよ。で、更に言えば、食習慣は、要するに、一人前を考える事なんだと思う。カロリーどうこうは、最初の間だけかもしれない。言うなれば、参考例、目安?かなあ。客観的な一人前を把握するまでの。で、一人前を考えるなら、いつでも、何所ででも、誰にでも出来るし、日常的に意識すれば、変われる可能性も高まるんじゃない」

「一人前かあー」

「そう、たとえば、唐揚げ定食、弁当なんかの唐揚げは多少大きさに差はあるけど、5個なんだよ。観察してみるとね。6個以上はまず無いよ。だから、自宅で食べてOKなのもそれ位までだね。で、若干多い気もするけど、ファストフード界のフライドチキン2個もその5個とほぼ同量なのね。単に業界の常識なのかもしれないけど、多分だけど、それが一人前だと思う。この場合は」

「唐揚げ定食は、食べた事、ほとんど無いけど、イメージ的にはそうかも」

「後、今現在、気がついているのは、乾麺、あれは、素麺だろうが、太いうどんだろうが、100グラムが一人前だね。後は、レトルトご飯って言うのかなぁ。常温で保存可能なヤツ、あれは200グラムだね。一人前は。他にも色々とあるとは思うけど、探索中かなぁ」

「探索中?」

「もちろん、一人前は、老若男女、体格、その日の状況によって最適値は若干は変わるだろうけどね」

「幾ら好きでもって事」

「うん。視点を変えれば、たとえば、豚カツ定食は、食べちゃぁいけないなんてのは、多分、ないんだと思う」

「どうして」

「まず、豚カツは、毒物じゃないでしょ。立派な食物。問題なのは、頻度だよね。海上自衛隊さんじゃあないんだから、毎週金曜日は必ずでは駄目だね。せいぜいが、月一。キャベツはともかく、御飯のおかわりは厳禁の厳禁が条件にはなるけどね。同じ様に、揚げ物みたいな物を三日連続なんかも不可」

「私なら、十年に一度かなぁ」

「それは、極端。君の場合で言えば、刺身を三日連続は、ダメでもある」

「何でよ」

「バランスが悪いんだよ。君の場合もね。逆に、たまには肉も食えだ。ね。」

「太ってないじゃん」

「適切なある範囲の体重が目標になるので単に痩せていればOKではないよ。具体的には、BMI指数で22.5。俺の身長が1メートル77センチだから、1.77×1.77×22.5で、70.49㎏が最適値。その前後に収まらないとまずいんだよね」

「私は」

「君の身長は1.57メートルだよね」

「そうよ」

 こういう時にスマホは役に立つ。

「だから、1.57×1.57×22.5で、55.81㎏かなあ」

「じゃぁ全然OK」

「それは幸せ」

「そうでしょう」

「しかし、失礼だけど、たまたま、偶然に、君の食の嗜好が太りにくい方向性だからだよ」

「たまたまかい」

「そうだね。悪い事じゃないけどね」

「納得いかない部分はあるけど、まぁ、いいか」

「そうそう」

「糖質OFFは」

「そんなもんしねぇーなぁ」

「芸能人さん達なんか、してる人、多そうじゃない」

「脂質もそうだけど、糖質も不要な栄養成分ではないじゃん。摂り過ぎはダメだけどね。そこをもう少し具体的に言えば、丼に山盛りは駄目だけど普通のお茶碗一杯ならOKじゃない」

「でも、効果はあるでしょ」

「ダイエットは、ただ痩せればOKじゃないじゃん。痩せりゃいいなら、ダイエット法なんて幾らでも創造できる」

「そうかなぁ」

「たとえば、そうだなぁ。生牡蠣ダイエット」

「どう言うの」

「スーパーなんかで、生牡蠣を買ってきますー。それを、食卓の上にでも放置しておきますー。1週間くらい?」

「で」

「塩コショウでもして、鼻つまんで一気に飲み込む」

「そんな事したら」

「そう、30分もすれば、少なくとも肛門とれそうなほどにはなる」

「それで済まないでしょ」

「そうね」

「そうねって」

「まぁ。下手すりゃ命に関わるね」

「それじゃ駄目じゃん」

「そうだよ」

「どう言う事」

「ダイエットは、健康になる為の手段でしょ。生牡蠣ほどには、危険じゃないけど、栄養バランスを崩せば、長期的には、多分、痩せてはいても、他の病気になるリスクが高まってしまうんじゃない」

「そうかなぁ」

「肥満は、量的にバランスの悪い食習慣の結果なんだから、それを質も含めてバランスをとる事で、体重を適正値に近づけていく事が、つまりはダイエット。さらにそれをバランスの悪い方向に持っていって痩せたとしても外見だけじやない」

「外見も大事でしょ。見た目が八割、九割って言う人もいるじゃん」

「そりゃね。でもさぁ。最初はそうでも、少し経てば人柄じゃん。中身に魅力が無ければ、逆に綺麗である事は却ってマイナスかも」

「それは、そうかもしれないけどね」

「それに、そもそも、糖質制限は、糖尿病の治療の為に個別の患者さんにお医者さんが指導、監督、管理?する事なんだから、素人が、小手先で形だけ真似るは危険でしょ」

「でも、話し戻るけど、まずは外見でしょ。自分だって、ほっぺたじゃん」

「それは、腰痛も含めて、単なる象徴的なキッカケ」

「またすぐ難しい言葉で正当化する?」

「それじゃあ、人聞き悪いじゃん」

「間違ってないよ」

「そう言う問題じゃなくてさぁ。まぁ、いいけどね。とにかく、やってみるよ」

「本当に出来るの」

「多分」

「出来てもリバウンドしそう」

「まぁね。否定はできないなぁ。これから始めるんだからね。そんな先の事は分からないし」

「私の知り合いで、あんまり成功した人は居ないかも、しばらくは上手くいっててもね」

「まぁ。さっきもちょこっと言った事だけど、要は、我慢するって発想がダメなんだよ。人間、長期間、って言うか一生は我慢なんて出来るはずないもん。つまり、ダイエットは、期間限定では無く、一生もん」

「発想かぁ」

「考え方って表現したほうがいいのかもしれない」

「考え方?」

「たとえば、焼き鳥ってさぁ。俺は、つくね以外は、基本、塩がいい。但しレバーは微妙だけど、なのね。でも、ある人に言わせれば、タレで食べてこそ、その店の評価は決まるって考え方するじゃん。塩なんて差がつかないってね。でも、優劣は無いでしょ。各個人の味覚、感覚。だからね」

「そうね。でも、私も塩派かなぁ。どっちかって言うと」

「食の好み。さっき、君が言ってたように宗教みたいなカテゴリーは、悪く言えば、自己満足でOKじゃないかなあ。ある宗教では、豚を食べるのはタブーだとされているけど、その考え方は、尊重されて然るべきだよね。どのビールが好きとか、焼き鳥は何味、と同じで論理的な思考ではない事だからね」

「そりゃそうね」

「で、たとえば、太っていると、仕事出来そうなイメージじゃないけど、デブデブで仕事出来る人も居れば、体重管理は出来ても、仕事はサッパリの人もいるじゃん」

「確かに」

「その場合は、人それぞれなんだと思う。人間は、神様じゃないからね。公私、全てを合理的に管理出来てしまうのはある意味で気持ち悪いヤツでしょ。俺にとっては煙草がそうかもしれない。つまりは、ダイエット出来ないけど、禁煙は出来る人も居れば、逆の人も居る。両方出来る人も居れば、両方とも出来ない人も居るって感じかな」

「…」

「だから、ダイエット出来ない人が駄目なわけではないと思う」

「どういう事」

「一つは、簡単に言えば、人はそう簡単には変われないからだよ。発想は個性の表現の一つだからね。どんな事、どの分野なら、論理的に考えられるのかは、かなり個人差があると感じる。あんまり簡単に変われてしまうのもどうかとも思うし。そして、自分がどうなのか。興味があるな」

「変わるの」

「正確に言えば、変わるのでは無く、意図的に求めている方向に変えるって感じなのかもしれない。だから、難しい」

「だいたい、出来るの」

「変われないなら、ダイエットは不可能かなぁ」

「不可能?」

「そうだね。しかし、更にさらに付け加えれば、ダイエット以外でも同じ事だよ」

「ダイエット以外」

「そう。たとえば、ある問題がありますー。解決しなければなりません。って時は、どうする」

「解決策を考える」

「だよね。そんな時は、客観的な事実を認めて、それが、どんなに気にくわない、或いは納得したくない事でもね。その上で、正しい事、つまりは最善策を考えるべきでしょ。理想じゃ何も進まないって言う人が多いけど、本当は、こうすべきだけど、嫌だから、大変だから、別の方法、魔法を捜そうでは、多分、物事は解決できないでしょ。せいぜい先延ばし、それも大事な場合はあるかもしれないけどね。要は、ダイエットしようと思って出来ない人は、多分、ダイエットに関してだけは、その辺の認識が甘いんだと思うなあ」

「甘い。それが二つめになるの」

「二つめ?。一つめ、なんて言ったっけ」

「さっき言ったじゃない。覚えてないの」

「かもしれません」

「もう、そこまで老化してんの。話しの筋は分かるからいいけどね」

「…」

「…」

「で、話し戻すと、甘いから、楽々ダイエットの悪魔の囁きに誘われちゃうんじやない」

「悪魔の囁き」

「そう。科学技術の進歩は日進月歩だから、本物の楽々ダイエットも現れるかもしれないけど、そんなもん無い、と、捉えるべきでしょ。既に、方法はあるんだから」

「大変でしょ」

「クドイけど、大変だと思ったら駄目、当たり前の事をしているんだと思わないと。猫派の自分が言うのも何だけど、犬を飼うのであれば、犬を散歩させるのって当たり前じゃん。そうしないと、犬の健康を維持できないでしょ」

「犬はそうでも、自分の事だからこそ難しいでしょ」

「そうね。それはそう。だから、君の前で宣言する気になったんだ。逃げ道をなくす為にね。背水の陣ってのかなあ」

「宣言。面白いじゃん」

「私は、ダイエットして生まれ変わります。但し、人は生まれ変わる度にタチ悪くなるって言う人もいるから、楽しみにしててね」

「それがオチ」

「そうで~す。手羽先、つくね、カシラもやってきたし。すいません。ビール。2本追加、お願いします」

「どんな風に生まれ変わるのかを楽しみにしてるわ。乾杯」

「そう。じゃぁ、君の瞳に乾杯」

「何言ってのよ。段々、話しが長くなってきたかと思ってたら、何よそれ。飲み過ぎ。馬鹿じゃないの!。もー。おしまーい」


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