あの子が欲しい(1)
テオドールは自動車を運転している。その手つきはぎこちなく、ハンドルを回す動作もどこか手探りだ。その車に乗っているには一人だけではない。後部座席にはくたびれたスーツを着た偏屈そうな壮年男性が、そわそわとした落ち着かない様子で座っている。
「ああ、来ましたね」
片方しかないサイドミラーをチラリと見たテオドールが呟くと、後部座席の男が顔をこわばらせた。
後部座席の男が窮屈そうに体をひねって車両後部の窓から外を見た。何台かの車両がテオ達の車を追うように走っている。
それらのサイドミラー辺りがチカチカと光った瞬間、銃弾がテオ達が乗る車の後部を激しく叩いた。
「うおぉ…!?」
男は轟音に驚き、のけぞった。
「貫通されないとは思いますが、一応身を低くしててください」
「……ああ」
男は頭を両腕でかばうと、腰を折り姿勢を低くした。
再びの銃撃。車内に金属を激しく打ち付ける音が反響する。
「……ひっ」
やりにくい、テオはそう思う。普段、一人で依頼をこなす事の多いテオは、どうも二人という状況に慣れないのだ。
テオがこの壮年の男とともにカーチェイスをしているのは、もちろん依頼のためである。
時はさかのぼる。
安らかなテオの惰眠は、けたたましい電子音によって妨害された。
テオはゆっくりと布団の中から手を伸ばし、携帯端末をつかんだ。
「はい」
「――オドールですか!!」
寝起きの頭にガンガンと響く様な大声はテオの声をしかめさせた。ずいぶん前に仲介屋のカローンから紹介された運び屋だったか。
「そうですが……」
「依頼を頼みたの――!今すぐ!」
若く、幼さの残る声だ。電話の相手の焦りがこっちまで伝わってきそうだ。
「ご依頼内容は?」
「護衛で――!」
「うちは探偵事務所なんですが……」
「え――!?何ですって!?」
電波が悪いのか、それとも電話の向こうが騒がしいからか、雑音やノイズが混じりまくっていてうまく聞こえない。
「依頼料ですが――」
「100万――ね!?もう振り込みましたよ!!」
口座を見ればすでに依頼金は振り込まれていた。
なんというせっかちな依頼者だろう。しかし、金が振り込まれてしまった以上断るわけにも行かない。
「ご依頼内容についてですが……」
「今からそち――――!!、――の前でまっ―――てくれ!!」
電話は一方的にブツリと切られた。
『今から迎えに行く、――の前で待っててくれ』だろうか。一体なにの前で待てというのだろう。ノイズがひどすぎるので全ては聞こえなかった。
テオは手早く身支度を整えた。
「師匠、行ってきます」
返答はない。テオは目的地もわからないまま外にでた。
地上に上がったテオは、太陽の光に目を細めた。
これから何処に行けばいいのかと、途方に暮れたテオは自らに近づくエンジン音に気がついた。
すぐに騒がしい音の主が視界に入り、テオの目の前に止まった。
ボロボロの車だ。所々に錆びがこびりついており、車自体の年季を感じさせた。しかし無残なことに、車は銃弾に撃たれ続けたのか、特に後部に集中して風通しのよさそうな穴が開けられている。何故この状態で走れるのかと、疑問をぶつけたいほどである。
車の運転席から一人の青年が、慌てた様子で車を飛び降りる。
狼だ。車から出てきたのは簡素なシャツを着た狼であり、彼の金色の瞳がテオを捉えると、今にも泣いてしまいそうな表情をつくった。
「テオドールですか!?」
「……ええ」
力強そうな身体に似合わぬ情けない声にテオは面喰らった。
「ほら!乗って!!」
「ちょっと……依頼内容を…」
狼はよく切れそうな爪のついた手でテオの背中をぐいぐいと押し、強引に車のなかへ押し込んだ。
テオが運転席に押し込まれると、狼男がバタンとドアを閉められる。
「いいですか!?」
窓から狼が車内をのぞき込んで、叫ぶ。
「ボクが連絡するまで、あの男を守ってください!明日までには連絡します!!お願いしますよ!」
狼は口早にまくし立てると、さっさと走り去ってしまった。
テオが、どうしようかと呆けていると、サイドミラーが前方に飛んでいった。
後方を見ると、複数の車両から銃撃されている。彼らの銃弾がサイドミラーを剥ぎ取ったらしい。視界の端に怯えた様子でこちらを見る男が入った。
このまま撃たれ続けるわけにもいかない。
テオはとりあえず、アクセルを踏み込んだ。
テオドールの非倫理的な日常 ヘルム @helm
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