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幸子は、自分の部屋へは戻らなかった。警察やヤクザの監視を避けるためだ。予想外の事態に振り回されて、預金通帳を持ち出すことすら忘れていた。今となっては自分の金を引き落とすこともできない。自由になれても、行くべき場所はない。繁華街をめざして歩いた。誰にも発見されないよう、人込みに紛れたかった。
バッグのプリペイド携帯が鳴ったのは、幸子が涙をこらえ切れなくなった瞬間だった。幸子は足を止め、ラーメン屋の看板に隠れるようにして携帯を耳に当てる。
「俺だ」
浩一だった。
「どこへ行っていたの⁉」
「時間がない。話は後だ。言う通りにしろ」
「待って、お金が下ろせない」
「金は都合した。中古車も買った。これから逃げる」
幸子はためらわなかった。
「はい」
「今、どこ?」
「宮の森の駅の近く」
「ヤクザに追われていないか?」
幸子は辺りを見回した。と、いきなり不自然な体勢で路地へ飛び込む二人の男が目に入る。
〝やだ……。尾行されている……〟
幸子は声を落とした。
「追われてる。相手はたぶん警察。逃げてきたばかりなの」
浩一の声に動揺が走る。
「警察⁉ どういうことだ⁉」
「理由は分からないけど、本部が父さんを探している……」
「俺、じゃないのか?」
「うん。父さんが、何か大変な事件を起こしたみたい……」
「尾行をまけるか?」
「分からない……」
「タクシーに乗れ」
「追いつかれたら?」
浩一はしばらく考えてから命じた。
「失敗しても電話はするな。警戒させるから。どこかはっきりとした目的地に向かっているように思わせながら歩け。こっちで追いかけて、車で拾う。いいか、時間をきっちり守るんだぞ。今から一時間後に合流だ。……そうだな、桑園駅の市立病院の前の通りをゆっくりと歩け。病院側の歩道を北へ、駐車場に沿って進むんだ。車で迎えに行く。俺が停まったらすぐに乗れ。俺の方で見つけるから。分かったか?」
幸子は浩一の命令を頭で描きながら応えた。
「やります」
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