9
知り合いに会うことを避けたかった幸子は、顔を伏せて大介のマンションに入った。だが、廊下に人の気配はない。幸子は、安堵のため息を漏らして部屋の前に立った。当然、鍵がかかっている。
かすかな期待を砕かれた洋は、落胆を隠せずに言った。
「鍵は持ってないの?」
幸子はぼんやりとドアを見つめながら首を横に振る。
「逃げ出したんだもの」
「どこかに鍵を隠していないのか?」
「空き巣を誘うようなことはしない」
「じゃあ、もう一度電話してみて」
幸子は命じられるままにバッグからiPhoneを出した。マンションへ着くまでに、十回以上発信してきた。やはり電源を切っている。
洋は幸子の顔色をうかがっただけで溜め息をもらした。
「極秘捜査中なんだろうか……」
「どこに行っちゃったんだろう……」
「仕事が仕事だから、仕方ないかもしれないけど……。でも、こんな非常時に……」
洋の表情にも焦りが現われていた。美樹も浩一も、依然として居所がつかめない。二人を探すには、大介の知恵と経験、そして警察の捜査力が必要なのだ。
幸子がiPhoneをしまって尋ねる。
「これからどうする?」
洋は立ち尽くしたまま考えた。
「万に一つでも可能性があるなら、行ってみるか……」
「どこへ?」
「三枝の部屋。帰っているかもしれない」
幸子はとっさに思った。
〝それなら電話をくれる〟
だが、洋には言えない。代わって、もうひとつの恐れが口を突く。
「でも、ヤクザみたいな人が見張ってる……」
「見張っているのがヤクザなら、美樹の父親が雇ったはずだ。僕たちに危害は加えない。話が通じるなら、一緒に部屋に入ってもいい。でも、どうしてヤクザが美樹を捜しているんだろう……」
「ご両親が命令したんでしょう?」
「娘が危険なことを、誰が知らせた? 僕は何も言っていない」
「そうか……」
「まあいい。行ってみるしかない。三枝がどこに消えたのか、手がかりが残っているかもしれない」
「いやよ、そんなの……空き巣みたい……」
洋は口調を厳しくした。
「他人を部屋に入れたくないのは分かるが、そんな場合じゃない。三枝は殺人犯になるかもしれない。止められるのは、君だけだ」
反論の余地はない。
「うん……他に探せるところもないし……」
二人はエレベーターに戻った。
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