西城洋は、路肩に停めた中古のフィットから降りた。古い木造アパートの集合玄関で幸子が震えている。思わず、驚きの声を上げた。

「なぜ部屋に入らない⁉ 君のアパートだろう⁉」

 幸子は、洋にすがるような目を見せた。

「遅かったのね……」

「これでも急いだ。でも、なんでこんな吹きさらしで……?」

 洋は電話で幸子のアパートを教えられ、駆けつけた。小さな部屋で一人怯えている幸子を想像していた。真冬に戻ったような北風が吹く中、外に出ているとは思わなかった。

 幸子は洋を見つめる目に涙をにじませる。

「入れない……。恐くて、入れない……」

「ずっとここで? 一時間近くだぞ」

 幸子はうなずいた。顔色は、帰り道を見失った雪女のように青みがかって見える。その声も、風に吹き飛ばされそうに頼りなげだ。

「助けて……」

 洋は自然に幸子の肩に腕を回していた。

〝まず、幸子を落ち着かせなくちゃ〟

「とにかく、部屋に入ろう。身体を温めないと風邪をひく」

 洋は幸子の背中を押しながら玄関をくぐろうとした。

 と、幸子が足を止め、ぽつりとつぶやく。

「昨日、ここで何かがあった……。私と美樹ちゃんの間に……。それなのに、思い出せない……」

 洋は穏やかに、しかし厳しく言った。

「だから、恐いのか? でも、逃げるわけにはいかない」

〝時間がない。早く美樹を捜さなくちゃ。だが、幸子がこんなに弱気じゃ役に立たない〟

 幸子はうつむいたまま言った。

「なぜ……なぜ、私ばかり……」

 洋は幸子の肩を掴んで、目をのぞき込む。

「君はここにいる。無事に生きている。だが美樹の消息は分からない。三枝の行方も分からない。二人きりにしてはならない二人が、姿を消した。危険だ。三枝を犯罪者にしたいのか? 止められるのは僕たちだけだ。僕たちの責任なんだ。逃げることは許されない」

 幸子は洋の目を見返した。そして、うなずいた。

「行きます」

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