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そして、浩一も消えた。
幸子には消えたとしか思えなかった。iPhoneにもプリペイド携帯にも十回以上電話したが、呼び出し音が聞こえるばかりだ。別行動を取る二人が連絡を取る手段は他にない。電源は切られていないが、通話ボタンは押されない。浩一はそこにいないか、出られない状況にある……。貸しスタジオにも電話をしたが、誰も居所を知らない。逃亡を決意した浩一が、アルバイトをしているはずもない。
幸子は迷った。再び浩一を探すべきなのか。打ち合せに従って逃走資金を確保して、ひたすら浩一からの連絡を待つか……。
じっと待つのは耐えられない。かといって、病院から出たばかりの身体で歩き回るのは難しい。ベッドから出られなかった上に薬を飲まされ、頭は重く、身体もだるい。探したところで巡り合える可能性も低い。すでに陽は落ちている。落ち着いて休める場所が必要だった。大介も洋も、当面は幸子の行動を妨げることはなさそうだ。幸子は自分の部屋に戻って連絡を待つことに決めた。
が、幸子の足は先に浩一のアパートに向かった。そこで地下鉄を降りても、ひと駅多く歩くだけだ。浩一が戻っているのではないかという、淡い期待もあった。
幸子は疲れと不安で重くなった足で浩一のアパートに近づいた。通りから見る部屋の窓に、やはり明かりはない。幸子は肩を落として歩きながら、溜め息をもらした。
〝どこに行っちゃたのよ……〟
その時、幸子は異変を察知した。
吹きさらしの電信柱の影に、一人の男が立っている。浩一の部屋から見えないように、身を隠す位置にいる。浩一が帰るのを見張っているようだった。男はじっとアパートを見つめている。いち早く男に気づいた幸子は、コートの衿を立てて顔を隠した。前を通り過ぎながら、ちらりと男を見る。知らない男だ。
崩れた服装、飢えた狐のような視線――。
〝あの人……私たちを追いかけてきたヤクザ……? 美樹の手先……? まさか、浩一さんがあの人たちに殺されたなんて⁉〟
幸子は足を止めそうになるのを必死にこらえ、平常心を装って男から離れた。頭の中で、最悪の事態を必死に否定する。
〝見張りがいるのは、行方が分からないから。浩一さんは監視に気づいて逃げているのよ。でも、なぜ電話に出ないの? やっぱり、捕まったの? もしそうなら、あのヤクザは浩一さんの仲間を捕まえようとしているのかも……仲間って……私のこと⁉〟
美樹が雇ったとしか思えない凶悪な顔つきの男――。撥ねつければ撥ねつけるほど、認めたくない考えが浮かぶ。アパートから充分離れて落ち着きを取り戻した幸子は、コンビニの前で立ち止まった。
〝洋さんは美樹が消えたと言った。あのヤクザは美樹を探しているの? 美樹のお父さんが雇った探偵かも……。浩一さんを疑って、捕まえようとしているとか……。今度こそ浩一さんが危ない……〟
幸子が出せる結論は一つしかなかった。
〝手段を選んでいる場合じゃない。父さんに救けてもらうしかない〟
幸子は携帯のボタンを押し始めた。しかし、大介も電話には出なかった。電源を切っている。
署に連絡しても、大介の立ち回り先を知っているものはいなかった。逆に、『父親をかくまっているのではないか』となじられた。姿を消した大介に憤るような口調が、幸子を怯えさせた。
〝父さん……どうして……? 救けて……。浩一さん……どこに行ったのよ……〟
頬に涙がしたたり落ちるのをこらえることができない。幸子の目の前を、コンビニから出てきた高校生らしいカップルが通り過ぎた。数時間をかけて施したであろう厚化粧の少女が、少年の腕にしがみつきながら、幸子の涙に気づいて鼻先で笑う。幸子はサイドバッグからハンカチを取り出そうとした。指先に、固い紙が当たった。
洋が病室に置いていった名刺だった。
〝誰でもいい……頼れるなら……〟
洋は一度のコールで電話に出た。
幸子が病院を出てから、それが三〇回目の電話だった。
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