10

 高橋美樹は、一人で薄暗く狭い部屋に座っていた。

〝寒い……〟

 ポータブル型のヒーターは最大に燃やしたが、すきま風を押し返すことはできない。すでに一時間以上、黄ばんだ畳を見つめていた。

〝なんで私がこんな目にあうのよ……。洋になんか頼らずに、最後までパパにケリをつけてもらえばよかった……。そもそも、浩一がいけないのよ……〟

 美樹にとって、三枝浩一は恐怖だった。己の存在の根幹を脅かす、恐怖――。だが、父親の権力を頼らなかったのは、美樹自身の決断だった。父親に頭を下げれば、危機は回避できる。だがこれから一生、家という名の檻に閉じ込められる。東京から戻ったことでさえ、耐えがたい苦痛なのだ。父親が選んだ男と結婚し、子供を産み、家業を継ぐと考えると――。

「そんなの、絶対いや」

 美樹は、思わず声を出したことに驚いた。

 一人暮らしの伸びやかさを体験してしまった美樹には、札幌は息苦しい田舎町でしかない。一刻も早く、親の監視を受けずにいられる東京に戻りたかった。弱みを見せないことは、そのための絶対条件なのだ。危機は、自分の力で乗り越えなければならない。今までそう教えられてきたように、強い意志で事態をコントロールしなければならなかった。

〝それなのに……〟

 状況は混乱し、予測もしない方向へ、望まない方向へと転がっていく。美樹の手を離れ、勝手に暴れ始めている。

〝私、どこへ行っちゃうんだろう……〟

 答えが見つかるはずもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る