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高校二年の夏休み明け――。
普段目立たない幸子にとって、その日は不意に訪れた晴れ舞台だった。久々に顔を合わせたクラスメートの前に、担任の女教師は一冊の雑誌を掲げた。
何も知らされていなかった幸子は、あっと小さな声を漏らした。教師は幸子に微笑みかけてから、言った。
「この本は詩を中心にした全国誌です。ここで主催されている詩の公募に、近田幸子さんが入選しました――」
一部の生徒がどよめきの声を上げ、教師を無視してふざけあっていた生徒の視線までが教師と幸子の間を行き来する。
幸子の頭には血が上り、その後の記憶はほとんどない。教師に詩の朗読を頼まれたが、真っ赤になってうつむくばかりだった。雑誌が発売されたのは夏休み中だった。入選と言っても努力賞程度のランクで、最終候補としてノミネートされたわけでもない。賞品は、量産品の万年筆が一本だけだった。幸子はそれだけで満足で、結果を学校に知らせようとも考えなかった。クラス全員の前で発表したのは、偶然幸子の名と学校名を発見した教師の独断だった。
出会いは、次の日にやってきた。下校のバスを待つ幸子は、後ろから声をかけられた。
「近田さん。すごいね」
高橋美樹だった。その陰には、いつも美樹と一緒の正木真奈美が、政治家の秘書のように控えめに立っている。高橋が裕福な秀才だということは知っていた。だが、一学期を共に過ごしてきたクラスメートなのに、それ以上の知識はない。美樹は取り巻きの中央で女王のように君臨し、幸子に話しかけたことさえなかった。幸子も、自分とは別の世界の人間だと思い、近くに寄ることもなかった。幸子には、美樹が自分に関心を持っていたことが意外だった。
「私……のこと?」
美樹は、テレビを賑わすアイドル歌手のような微笑みを浮かべた。自分が美人であることを意識している仕草だ。鼻が上に向きすぎて鼻の穴が目立つ欠点も心得ているようで、うつむきかげんに首を傾げる。髪型はティーンズ向けのファッション誌そのままだ。幸子は、美樹のセーラー服にじっと目をこらした。
〝お父様が使っている仕立屋さんで誂えたっていう噂、本当なのかな……〟
美樹は単刀直入だった。
「私、才能がある人が好き。お友達になって」
断られることを考えていない口振りだった。
「才能って……詩のこと? あなたも詩が好き?」
「入選したんでしょう?」
幸子は、自分の詩を読んでくれたのだと思った。嬉しさと恥ずかしさが入り交じった笑みをもらした。
「感想、聞かせてもらえるかな……」
「あら、読んでないわ。詩って、なんだかよく分からないし」
幸子は落胆した。だが、美樹の強引さを振り切ることもできなかった。その日は、美樹を迎えに来た運転手付きのベンツで帰ることになった。
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