10
廊下に出た西城洋は、無表情だった。
思索にふける哲学者のようにも、競馬で給料全額を失ったサラリーマンようにも見える。しかし、浩一から過去を非難されたことに動揺している気配はなかった。
前方から書類の束を抱えたナースが足早にやってきた。
洋はうつむきながら歩き続ける。だが、ナースがよける前に、洋は廊下の隅に寄って進路を譲っていた。ナースは会釈をしたが、洋は無表情のままだった。
と、洋はかすかに眉をひそめた。自分が手に持っていたブラッドベリに気づいたのだ。ブリーフケースを小脇に挟んだ時、反射的に掴んだものだ。
洋はつぶやいた。
「重いな……」
そして傍らのゴミ箱の中に、今朝買ってきたばかりのブラッドベリを捨てた。本には、一度も目を通していない。
洋が本を捨てたのを、後ろから幼稚園児ほどの少女が見ていた。
「あ、いけないんだ」
洋は振り返って少女を見下ろした。
ハローキティのピンクのパジャマを着た少女は、得意げに続ける。
「ご本は大切にしないといけないんだよ。ママが言ってたよ」
洋は少女を無表情に見ただけだった。言い訳も、反論も、説明もせずに、まるで少女がテレビの登場人物であるかのように眺める。
そして、洋は無言で去った。
少女は完璧に無視され、ゴミ箱の前に取り残された。大人の世界の理不尽さに抵抗するように唇をとがらせる。
「だって、ママに言われたもん……怒って絵本を投げただけで、ぶたれたもん……」
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