第3話 母としての私が産声をあげる

カウンセリングに行くために頼んでいた託児所に我が子、香を引き取りに行く。

一応母乳は絞って渡してあった。

ミルクじゃ飲まないから。

でも、まだ3時間も経っていない。

たぶん、母乳は必要ないはずだ。

2階建ての一軒家の前に立つ。

インターホンを押して、響ですと名乗るとガチャッとカギのあく音がした。

私はドアノブを回して中に入る。

そこには長い髪を一つに束ねた私よりも少し若い女性が立っていた。

「おかえりなさいませ、響様。かおるちゃんですが、今寝たところなんです。

おむつを1度交換しています。預かった母乳は飲んでいません。初回会費と3時間の託児料で7400円になります。次回からは5000円は不要ですから」と説明を受ける。

初めて託児に預ける時は不安だったけど、何とかなった。

香を連れてきてもらう。

寝ていた香。

私の声に起きたようで、早速泣き出した。

なんだか、すごく可愛く見えた。

泣いても可愛い。

香を抱いて車に戻ると、車窓を専用のカーテンで閉めて授乳をする。

しっかりと乳首を加えてコクコクと飲み始める。

その顔をしっかりと見つめ、頬を少し撫でる。

うっとりとした顔をした我が子、香。

ちゃんと顔をみて授乳したのはいつぶりだろう。

授乳もしてたし、顔もみてた。でも、私の目は曇っていた。そう思った。

見え方が明らかに違うのだ。

ハッキリと見える我が子。可愛い我が子。

なぜか、香はスッと母乳を飲み、チャイルドシートに載せても泣かず寝息をたてはじめた。


チャイルドシートに乗せて泣かなかったのは初めてかもしれない。

そんな事を思いながら、家に帰る。


今日の旦那の勤務は日勤の後、5時間後に深夜勤務。

いつも、香が泣かないか、すごくドキドキする日だ。

香は今寝ている。

急いで晩御飯の準備をする。

今日の献立はお魚の塩焼きとほうれん草のお浸しと豆腐の味噌汁。

卵があったから、余裕があれば卵焼きもつくろう。

気分がいいからしっかり動ける。

カウンセリングをうけて何もかもが変わったように感じる。

また来た方がいいと言われたけど、こんなに良くなってるんだからもう大丈夫な気がしてきた。


彼が帰る前に魚はグリルに入れるとして、他の準備は万端。

フッと思い出す。

私は炊飯器を見る。


ご飯炊いてない!


慌てた。

まだ大丈夫。

胸をなでおろす。

まだ間にあう。

急いで米の支度を始めた。

炊飯器に米をセットした途端に泣き声が響いた。


私はゆっくりと手を洗い、香に近づく。

これから、旦那さんが帰って来て、ご飯を食べるまでは起きていてもらわなくちゃならない。

私はまずおむつを確認して、綺麗なおむつに変えた後、リビングに移動してテレビを付けて子供番組を出す。

香がご機嫌だ。

私もご機嫌。

二人でおしゃべりするみたいにテレビを見ながら香に声をかける。

「香も大きくなったら歌を歌うようになるんだね」

「香はどんな歌が好きかな」

「かわいいね。大好きだよ」

香はキャッキャと楽しそうに私のおしゃべりを聞いている。

朝まであった胸のつかえが消えている。

私は二人の時間をしっかりと堪能した。



その夜、旦那の夜勤前の仮眠中に香が泣きはじめた。

旦那さんの「泣かさないようにしてくれよ」の一言にカウンセリング後の気分の良さはかき消された。

また、心の中に渦がまく。

黒い黒い渦。

でも、教えてもらった。

この暗い感情は香に対するものではない。

今は旦那に対して怒ってる。

旦那に文句をいう勇気はないけど、香に八つ当たりする必要はないことを知っている。

だからこそ、母として、旦那に向かっていく勇気を持ちたいと願いながら、旦那のため息が聞こえるたびに心がギュッとなる気がして、香をギュッと抱きしめた。


旦那が仕事に行くまでの数時間を息を潜めて耐えた。

旦那のいなくなった家は、ホッと息のつける空間になった。

昨日まで、旦那が仕事に行くと心細くなっていたのに、本当に何かが私の中で変わったことを私自身凄く実感出来る一日だった。

そんなことを思いつつ、香と共に香の横で眠りについた。

私と香、二人の空間は、本当に穏やかに時間が流れていた。

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