第9話 展望

 大事なところを隠しながら旦那様の診察を受ける。別に裸を見られて恥ずかしがる年でもないし、そもそも産まれたての私に羞恥心があると怪しまれるだろう。

 白い光が患部を覆っている。そこへの視線に旦那様は気付いたらしい。

「この魔法が気になるか?」

「はい。不思議な現象です」

「これは傷を癒す魔法だ。白魔法という。お前が受けたらしい攻撃は黒魔法だ」

 まさかとは思うけれど、白い光を放つから白魔法で黒い光だから黒魔法なのでしょうか? いや、名前とは案外そんなものかもしれない。

「魔法は全部で四種。先の二種の他に召喚術、錬金術」

「錬金術は見たことがありませんね」

「金属を自由にねる魔法だ。触媒がなければ使えない」

 そう語る旦那様はどことなく嬉しそうだ。アカデミック、あるいは技術的な話題が好きなのだろうか。自分の頭脳、職業に自信のある男性はそういう傾向が強い。

(人に好かれる第一歩は相手の好みを知ること。聞き上手が好かれるのはどこの世界も変わらないでしょう)

「私も学んだ方がよろしいでしょうか?」

「召喚術以外はな。随分と好奇心旺盛だな」

「旦那様とお話しするのが嬉しいのです」

(情報を取得できるので)

 本音と建て前はきっちり使い分ける。

 無表情だが、安堵している気配がある。この方向性で良さそうだ。

「治療は終わった。ひとまず今日は休め。別宅に部屋を用意している」

 立ち上がり、服を着なおす。部屋を出る前に、一声かける。

「旦那様。さきほどはゴブリンから救っていただきありがとうございました」

 何の気はない感謝の言葉だったが、旦那様は妙な表情になった。

「ん、ああ。ゴブリンだったな」

 ……? 私は何か変なことを言っただろうか?

 視線を外した旦那様を追求するわけにもいかず、そのまま部屋を辞した。

 玄関に向かうと、予想通り坊ちゃまが所在なさげに立ち竦んでいた。

 私が近寄ると笑顔に、その次に表情が曇る。

「小百合……そのごめ——」

「坊ちゃま。謝罪の必要などありません。私は必要なことをしたまでです」

 私の言葉を聞いても坊ちゃまは口をもごもごと動かし、もどかしそうにしている。

 ああ、ああ。いいですねこの罪悪感に満ちた表情。実に——おっと。趣味をさらけ出すわけにもいかない。ちゃんとフォローしよう。

「坊ちゃま。もしも、次に同じようなことがあれば……」

「え?」

「もしも同じことがあれば、私を守ってくださいますか?」

 ぱっと顔を輝かせる。子供はあまり得意ではないけれど世話をしたりおだてたりするのは慣れている。

「うん! ちゃんと小百合を守れるようになるよ! 男らしく、勇敢になってみせるよ!」

 あふれんばかりの笑顔。わかりやすい。

「はい。とても嬉しいです」

 丁寧に謝辞してその場を去る。坊ちゃまが小さく手を振っていたのでこちらも振り返した。


 夕日が落ち、影が強くなった秀麗な庭を横切り、本宅に比べれば小さな、しかし数人が暮らす分には不自由ない別宅に足を踏み入れる。煌びやかな家具はないが、落ち着いた雰囲気で、人が生活していた香りがあった。多分、侍従夫婦が利用していたのだろう。ベッドに体を横たえる。

 誰もいないことを確信してから唇を上に吊り上げる。

「初日は色々ありましたが、まずまず、ですかね。目的もはっきりしました」

 まずはこの家庭、旦那様と坊ちゃまにとって自分自身をなくてはならない存在にする。

 容易い仕事だ。不器用な男親に愛に飢えた子供。詐欺師にとってはつけ込みやすい穴がざるのようにあいている。前世で実際に似たような家庭をカルトに勧誘したこともある。

「一番手っ取り早いのは旦那様の後妻になること……いえ、人権がないから愛人でしょうか。それが無理なら旦那様を追い出して坊ちゃまを傀儡にする方法もありますね」

 私は人生を楽しむためには多少の権力や財力が必要だと信じている。ただ、それらは隠さなければならない。一説によると権力志向の強い女性は嫌われるらしい。

 私はと認識しているが、この体は一応女性で、少なくとも周囲は私を女性だと認識するだろう。せいぜい貞淑で忠実な従者を演じよう。

「それにこれは私のためだけではありません。この家族には問題点が多すぎます。私が立場を得るついでにこの家族の問題を解決してみせましょう」

 詐欺師かつカルト宗教の教祖だった私は人の悩みをよく聞く立場にあった。家庭内の問題を力業で解決するのは得意なのだ。

「私は悪人ですが……困っている人は救わなければなりませんからね」

 それが私の信条。が、それはそれとして命は惜しいし、生活にも恵まれたいのが人情。

 見ていろ下っ端役人。さらに勇者。よくもろくでもない世界に送り込んでくれましたね。

 ですが例え人間未満の存在であっても快適で、安全で、優雅な暮らしがおくれるのだと証明してみせましょう。

 思っていたより疲労が溜まっていたのか、すぐに安らかな眠りが訪れた。

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