第8話 歴史

「ここにいたのか」

 まだ縮こまっている坊ちゃまを率いて現れたのは当然ながら旦那様だった。

「はい。ポチとお話していました」

 振り向きざま、笑顔を全開にする。

「そうか。私たちはこれから組合に書類を提出しなければならない。すまないがお前の治療はその後だ」

 多分、あのゴブリンも組合とやらの奴隷、つまりは所有物だったのだろう。正当防衛とはいえ物を勝手に壊したのだから始末書が必要になるということか。

「お気になさらずに。私は大丈夫です」

「わかった。しばらく家の中で大人しくしていろ」

「はい。では、何か書物などを拝見してもよろしいでしょうか。まだ知識が足りないようなので」

「……かまわん。二階の奥だ。気に入った本があれば持ち出しても構わん。だが、地下室だけは絶対に近づくな」

「承知いたしました。では行ってらっしゃいませ」

 旦那様は私の会釈に対して無言を通したが、坊ちゃまは何か言いたそうだった。

 しばらくして二人の姿が消える。

「あなたも余計なことは言わないように」

「へ、へい」

 ポチにも釘をさしておく。この様子ではその必要もなかったかもしれないが。

 何はともあれ今後の方策を練るためにもまずは情報収集だ。


 この文章は私こと小百合の提供でお送りいたします。

 書庫で発見したこの国、ラルサの歴史を軽くまとめてみました。


 この世界は多種多様な種族が生息しており、それぞれ争ったりたまに協力したりしていました。

 そしてとある大国によって虐げられていた民が逃げ出した先にこの土地を見つけました。王や皇帝という絶対権力者がいかに愚かかよく知っていた彼ら、彼女らは民主的な共和制国家を建設しました。

 栄えあるラルサ共和国の始まりです。

 しかしいざ国を興すと、どのような方法で国家を維持するか悩むことになりました。この土地は様々な事情で交通の要所となる土地でしたので、商品を輸出することになりました。

 そしてやがて高級商品の販売が軌道に乗り始めました。その商品が何かもうお分かりですね?

 奴隷です。

 ラルサは様々な種族を奴隷として輸出、斡旋、教育する国家でした。

 かつて虐げられていた国民は隷属を強いる側へと変貌しました。だって儲かるんだから仕方がありませんよね!

 が、しかしその栄華にも陰りが差します。ラルサから輸出された奴隷によって感染症が広まってしまったという根も葉もない嫌疑をかけられてしまったのです。

 その結果帝国と呼ばれる大国とことを構えることになりましたが、一度は勝ちました。

 しかし二度目は油断も隙もありません。亡国の危機に瀕したラルサに今度は日本からの転生者である勇者が現れました。勇者は八面六臂の活躍をします。

 勇者パンチは大地を砕き、勇者キックは軍団を消滅させました。そして遂に帝国はこの地上から完全に消滅しました。やったねすごいぞ勇者様!

 さらに勇者はこの野蛮極まりない世界に日本の法律を持ち込み、文明の光で照らしました。

 当初は反対していた国々も日本の素晴らしさに感銘を受けて日本の法律に従いました。何という勇者様の偉大さでしょう!

 一部の異種族の王侯貴族は自分たちに人権がないことに腹を立てましたが、日本の法律に従えば異種族は人間ではありませんのですべて黙殺しました。当然ですね! 畜生がいくらわめきたてたところでそれは言葉ではなく鳴き声なのですから無視するに決まっています!

 こうして完全な文明法治国家に生まれかわったラルサ共和国はラルサ王国と改めました。

 主権は民衆にありますが、象徴である君主は別にあると憲法に明文してあるので共和国とは名乗れないのです。

 こうして世界は平和になりました。勇者様の没後も勇者の遺産などの、彼が残した様々な物品、制度のおかげで平和が維持されているのです。

 ありがとう勇者様! ありがとう異世界日本!


 ぱたん、と歴史書を閉じる。そして歴史書を高く掲げ……。

「てやあ!」

 思いっきり床に叩きつける。

「どう! 見ても! 美化しすぎでしょうが! 思いっきり侵略しまくっているじゃないですか!」

 この世界は転生者とそいつらが持ち込んだ知識や道具によってぐちゃぐちゃにされている。確かに奴隷は現代地球ではどこでも禁止されている。しかしだからと言って異世界でも禁止していい理由にはならない。ましてやそれを理由に喧嘩を吹っ掛けるのはもってのほか。

 というか九条はどうした? あくまでも戦争ではなく国内の治安維持という解釈なのか?

「いや、条約は持ち込まれてないのかもしれません」

 条約とは、例えばアメリカと日本などの国と国同士の取り決め。ラルサが日本の法律を施行する前に締結した条約を無視していいなら理論上この世界の土地は全てラルサのものにしてよい。

 普通そんなことをすれば世界中から非難されるが、それを覆せる武力があれば、話は別だ。

 つまりこの世界は完全な平和国家というわけだ。ラルサ王国が全てを支配し、外国がないのだから、平和憲法など有名無実化しているのだろう。それまでの犠牲者を置き去りにして。

「……あれ? でもあの下っ端役人は確か、この世界では転生者はたいしたことをしてないって言ってましたよね」

 この世界の国々を崩壊させ異種族を隷属させてなお、大したことをしていない。

 ならば。

 一体何をしでかせば『やらかした』などと言われるのか。

「この問題は棚上げしましょう」

 冷たい汗が滴るのを無視してこれまでの情報から私が為すべきことを熟考する。

 ふと目についた本を手に取る。デイリー六法などと呼ばれる小さな六法全書。パラパラとページをめくると、明らかな異常が散見していた。

「虫食いや改稿箇所がありますね。銃刀法違反から銃が消えていたり、道交法が別の物になっていたり……この世界の文明に無いものは改正しているということですか」

 この世界が厳密な法治国家であるなら、この六法全書は持っておいて損はないだろう。ふと巻末の文章が目に留まる。こんな文章は地球の六法にはなかったはずだが。

 じっくり見ようとすると、その前にポチの鳴き声が聞こえた。思ったよりも早い帰還だ。まずは二人を出迎えなければ。

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