二十四 モデル

「この絵、和美か?さっきの絵も」

 土曜。北原と愛子に連れられ学内展に来た無流は、困惑した顔で和美を見た。

「俺だよ。小遣い稼ぎにモデルやってるって言ったろ。おかげで結構貯まった」

「坂上さんに聞いてたけど、ここまで、たくさんあると思わなかった」

 愛子はまじまじと絵を見直している。

「人気モデルだね。絵と並行して続けるのもいいかもしれないよ」

 北原も感心したが、和美は首を横に振った。

「描く方が好きです。人と何か作るのは楽しいけど、自分を見せびらかすのが好きなわけじゃないんで。同じモデルの絵は比べられるだろうから――善し悪しじゃないですか?あっさりしてるから描きやすくても、絵として面白い顔ではないんじゃないかなと思うし。どうせモデルをやるなら、写真の方が自分の表現って感じがする」

 と、いうことは、写真科の展示でも和美を見ることになるのだろう。無流は今年初めて来られた。啓が熱心に誘ってくれていたのは、和美が描いた絵だけではなく、描かれた絵がたくさんあるからかもしれない。


「和美の他にも何人かいるみたいだな」

「うん。課題で描いたのを出す人もいるし、本職のモデルさんに頼んで折半してる人たちもいるよ。あとは、恋人とか友達と脱ぎ合ったり」

「脱ぎ合うって、知らない表現」

 愛子は声が響かないように、笑いをこらえている。

津寺つじ先生の息子さんも多いね」

 骨太で程よく引き締まった、背面からの裸像を描いた絵。襟足から耳の上までは刈り上げ、上部は長めに癖のある髪を流している。影になった顔の細部を確認しながら、北原がきいた。

「そうそう。全部脱いでくれるのは津寺つじ先輩だけ。モデル料は高いらしいけど、人気あるよ。いい身体してるよね。顔はさっぱりしてるけど、俺と違って彫りが深くてかっこいいんだ」

「こっちも本職っぽいが、学生なのか?」

 無流が指したのは、ナイトガウンか襦袢じゅばんのような夜着よぎで気だるく長椅子に寝そべっている美青年の絵だ。

「お、相変わらずいい勘してるね。その人は近江おうみ先輩。局部を隠せば脱衣も大丈夫みたいだけど、お金では動かないって。その絵は、何か恩がある人に頼まれたんじゃないかな。津寺つじ先輩と近江おうみ先輩は親友なんだ。二人とも絵の才能もあるけど、俺よりモデルにも向いてるよ。モデルより、俳優かな」

近江錦弥おうみきんやくんか。体格が良くて、くっきりした顔の華のある美男子だよね。うちも彼のご実家の会社と、輸入画材を取引しています」

 絵の通りなら、ただ派手というのではなく、強い存在感を伴う贅沢な華と色気がある。毛皮や煌びやかな織物、原色の飾りや宝石を纏っても霞まないだろう。名前の文字、錦そのものだ。色気はあるが媚はなく、肉食獣のような野性味の割に、高貴な印象は誇り高い王を思わせる。

「上京してからは画廊にもいらっしゃるけど、確かに凄い美青年よね」

 愛子も頷いているのを見て、無流はため息をついた。

「有名人なんだな。北原さんも講義で二人を教えてるんですか?」

 北原は世界美術史の講義を持っていて、進路相談も受けているらしい。

「そうですね。本人たちも目立つし、作品も評価が高い。素材の魅力は大きいですが、美意識が高いんでしょう。芸術家でなくても、生きていれば自分自身を表現せざるを得ない。彼らが別の道を選んでも、その魅力は認められるでしょうね」

 人間離れした美貌の北原と、それを見慣れているはずの愛子が手放しで褒めちぎっているのだから、相当だ。

「俺は、津寺先生の講義でしか見かけないかなあ。二人とも上級生だし日本画科だ。津寺先輩は風景画が上手くて、近江先輩は花鳥画。さすがに凄く上手いし、俺も好きだな。隣のホールで見られると思う」

 すっかり先輩たちの話になってしまったが、和美も大いに楽しんでいるようだった。

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