二十三 天蓋
睡蓮のある池と、小さな橋。食堂は裏庭に面していて、中々眺めが良い。壁には何点か、風景画と肖像画がかかっている。
夕食は豚肉のソテーとキャベツのスープ、じゃがいものサラダと、パンではなくバターライスが出た。特別豪華という訳ではないが、確かに美味い。明日は牛の煮込み料理らしい。特定のどこの料理というわけではなく、日本人向けの洋風料理といった感じだ。
給仕はおらず、河相が料理を運んで来た。
話し声はあまり響かず、穏やかに時が流れる。
「大きいお風呂っていいなぁ」
先に湯に浸かって、瀬戸はしみじみとそう言った。
「いつも銭湯に行ってるなら、こっちの方が狭いだろ」
「銭湯って、浅くないですか?」
わからなくはないが、志賀は脚が長く座高が低いので、意外と困らない。
「お前がでけぇんだよ……ここには大浴場はないのか?」
温度を確かめてから、瀬戸と並んで窓を見上げる。
曇りにくくなっているのか、星空だとわかる程度には眺めがいい。
この風呂は底が段差になっていて、二人とも一番深いところで縁に肩や首を預けてちょうどいいぐらいだ。
「広い風呂は、別館にあります。団体用で、もう少し和風の旅館っぽい団体用の宿です」
「へぇ、別館もあるのか」
さらりと言われるが、驚かされてばかりだ。
「そっちの方が良かったですか?移れますけど」
この段階でさらりとしているということは、瀬戸の生い立ちの最重要部分はもっと驚く要素が大きいのだろう。
身辺調査では親類の夫婦に世話になっていたわけだから、おばが未婚なら、ここはその夫婦の家ではない。瀬戸の出自はまだよくわからないままだ。
「温泉に来たがってたのはお前だろ。いい宿だし、俺は満足してる」
「今回はずっと二人きりがいいです。次は無流さんたちも誘って、そこにしましょうか」
瀬戸は常に、目の前の志賀をしっかり見つめながら、具体的な未来の話をしてくれる。
「俺は、お前が楽しそうなら何でもいい」
機嫌のいい時の瀬戸の声は表現力が増し、いつもの何倍もいい。
「嘘だぁ。したいこととか食べたいものはちゃんと言ってくださいね。あ、明日の昼はほうとうを食べに行くつもりですけど、嫌なら変えます」
選べと言われれば別の候補もなくはないが、本心だ。
瀬戸は志賀にわがままになって甘えろと言うが、いつだって足りている。
「俺が計画する番が来るのか知らんが、今回はお前へのご褒美だからな。お前といて退屈だと思ったことはねぇし、食い物の好き嫌いも無い。お前の方が俺より美味いものを知ってるしな」
「えへへ」
いい酒を飲んだのもあって、瀬戸がいつもより無邪気に見える。
いつもは志賀の自宅で、ここは瀬戸の実家のようなものだからだろうか。
「湯船に並んで座れるのは、確かにいいな。ベッドも王様みてぇだし」
「ふふ、でも僕は、エツさんちの屋根裏のベッドが好きだな」
「あそこにもっと大きいベッドを入れれば、寝室を書斎にできるな」
何の気なしに言ってから、自分が何を口走ったかに気付く。
「ん?書斎はもうある――」
瀬戸も、そう言いながら目を合わせたところで気付いた。
「お前の本は入りきらないか」
意図せずして、自分のしたいことがわかってしまった。
一緒に旅行したいなんて、かわいいものだ。いつだって志賀の方が瀬戸より余程、欲張りだ。
「……嬉しいです」
瀬戸は膝を抱え、何かを堪えるように縮まった。
いつも瀬戸からは好意を全開にして出力するくせに、志賀に口説かれることには期待していないのだろうか。軽口を混ぜて小出しにしがちな志賀が悪いのか。
「今すぐでも、何年後でも――そうできたらと」
「できますよ。するんです」
真っ赤に茹だった瀬戸の耳に沿って、濡れた髪を撫で付け、膝を抱えている手に触れた。
「猫も飼うんだろ」
「覚えてたんですね」
片耳は腕に預けたまま、瀬戸はちらりと志賀を見上げるようにした。
「忘れるかよ」
「ほんと、男前ですよね」
「お前はかわいいな」
志賀がそう笑うと瀬戸は、また自分の腕に隠れた。
*
風呂場ではあんなにかわいかったくせに、今日の瀬戸は少し乱暴だ。
列車内で『初めての温泉旅行編』を志賀が茶化した通り、激しくなってしまった。
普段が丁寧過ぎるくらいだから、痛かったり苦しかったりはしない。こんな激しさがあったのかと、志賀はあられもない体勢で攻められ喘ぎながら、密かに感動している。
初めての日も近い状態ではあったが、あれは志賀が煽ったからで、お互いまだ不慣れだった。
「エツさん、声、抑えてる?」
息を荒げながら、瀬戸が指摘してくる。
「響くだろ」
志賀の長い脚は瀬戸の首を挟むように伸び、半分に折り畳まれるように、奥まで深く突かれている。
天蓋が揺れ、瀬戸が大きく動いた時だけ、微かにベッドが軋む。
「中で響いても、外には漏れません」
「今、俺ん中もそう」
んっふふ、と、浮わついた笑い声が響く。
「気持ちいい?」
肩にかけるようにしている脚に口付けて、瀬戸が訊く。
「ぁ、前、触ってねぇのに、中、動くだけで、すげぇクる」
挿入する側だった時とは全く違う快感に、鎖骨から上がのぼせ上がる。
「いつから?」
肌を這うような声と挿し込まれたもので、ゆっくり撫でるように探られる。
「ここ、三回くらい?」
「ああ……」
瀬戸も変化には気付いていたのか、納得したように頷いた。
息が上がらないように整えようとするも、反応のいいところを執拗に攻められ、吐息はどんどん淫らにかすれていく。
「だから、声……ヤバいって」
「加減しますか?」
「我慢すんな――こんなに硬くしてんのに」
わざと煽って腰に脚を巻き付けるようにすると、瀬戸は低く呻いて、恨めしそうに志賀を睨んだ。
「わかりました」
「ぁあ……ッ、ア」
一気に抜かれた快感に震える志賀をうつ伏せにし、瀬戸は腿裏に座り込むように乗り、またゆっくり中に入って来る。
「欲しがってるのはエツさんでしょ」
わざとそう耳元で囁きながら、瀬戸は大きな肉厚の手で、志賀の腰をしっかり押さえた。
「は、ぁ……中に」
そう呻くと、耳の裏に音を立てて口付けられ、圧迫感と、密着したまま肉がぶつかり合う感覚に揺さぶられる。内部も隙間なく粘膜を刺激され、自身の胸や性器は擦れるシーツと重みで熱を上げていく。
枕の隙間に顔を埋め、志賀は叫ぶように喘ぎながら、その熱に溺れた。
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