十八 作戦
結局、すっかり馴染みになった甘味処で愛子と合流した。ここは洋風のメニューや和洋折衷のものも多く、和美と愛子のお気に入りの店だ。
「愛子ちゃん、今日は画廊はお休み?」
啓がそう訊くと、愛子はパフェのクリームをすくいながら頷いた。
「無流さんが泊まりに来てる日は休みだから、邪魔したくないの」
「夜勤明けから非番まで、北原さんが泊まれって言ってくれたらしい」
和美は今日は、あんみつを食べている。
「家が遠いから?」
啓は餅が食べたかったので
「そうなの。最初は無流さんが、世話を焼かれるのが申し訳ないって遠慮してたんだけど、諭介が一緒にいたいからって言ったら、そうなったみたい。掃除とか料理とか、楽しそうに一緒にやってる」
「兄貴はうちでも自分のことは自分でやってる。俺は適当」
「ちゃんとしてるなあ」
祖父は何でも出来るが、啓は洗濯以外はお手伝いさんに任せっきりだ。
「お互い相手に尽くしたいみたいで、譲り合いしてるのが、すっごく微笑ましいの。新婚夫婦みたいで」
「北原さんって、思ってたよりかわいい人だよね。慎重じゃないと変なやつにいいようにされそうなのは凄くわかった」
「それは僕も思う」
初めて会った時は何かされるかと警戒した。だが、あれは啓のことも右目のことも英介から先に聞いていた分、親近感があったのだろう。
後からきちんと、眼帯に触れようとしたことについては謝られた。
「あたしが英介と留守番するから、画廊を空けるのを遠慮しないで、遠出してもいいって言ったんだけど、諭介は家で二人で過ごす方がいいんだって」
「英介さんもそうだな」
「兄貴もそうかも。二人っきりでいちゃつきたいからかな」
暑がるような仕草で、和美がおどけた。
「どうかしら。思ったより色気はないかなぁ。距離は近いけど、話したり、日常生活を共にするのが楽しいんだって」
「やっぱり」
啓が思わず言うと、和美に訝しげに睨まれる。
「やっぱりって何だよ?」
英介にはあの二人がまだ性的な接触をしていないと言ったが、和美には言っていない。
「あたしは夜は家に帰るけど、無流さんは和室で寝てるし、諭介は自分のベッドで寝てるみたい」
愛子が啓に同調するようにそう説明して、和美はふうん、と鼻を鳴らした。
「ほら」
「愛子ちゃんの手前、そうしてるだけじゃないの」
「多分、人に触られるのが苦手だからだと思う。あたしが側にいるようになってからは、少し良くなってきたみたい」
「やっぱりそうなんだ」
また、口が滑る。
「だからさあ、やっぱりって何」
「
「え?」
今度は啓も驚いた。英介は詳しいことを伏せていたが、具体的な原因があるのか。
「
愛子は神妙に頷いた。
「事件の内容を無流さんから聞いた時、諭介の様子がおかしくて――母さんに聞いたら、私が子どもだから詳しくは話せないけど、出征中に何かあったって――私に隠さなきゃいけないってことは、犯罪絡みのことだと思う」
「事件の時も、渋井は画廊には出入り禁止だって、英介さんが言ってた」
「その理由が、北原さんへの加害か何かってこと?」
愛子は、それには首を振った。
「出入り禁止になった理由は、薬物の使用だか、密輸に気付いたからだって。警察に言わない代わりに、画廊と諭介に関わらないって約束したみたい」
警察に言わなかったのは、上層部との繋がりを、先に何かで知ったせいだろうか。
「密輸」
「もう捕まったんなら、証拠さえあれば立件できるかもしれない。今は、兄貴が北原さんを守れるし」
「関わりたくなさそうだから、何とも言えないの。それに、無流さんに触られるのは大丈夫みたい。そろそろ進展すると思う。だから今日は、邪魔しないつもり。で、今日の本題はなあに?和美さんの新しい恋とか?」
「啓はうまく行ってるけど、俺は変なのに付きまとわれてるぐらいで、全然」
瞳を輝かせた愛子に苦い顔をして、和美は餡の塊を大きな口で頬張った。
代わりに啓が説明する。
「英介さんが、北原さんは津寺先生が好きだったって言うから、気になって」
「津寺先生?ああ、そういうこと。この前も長電話してたけど、色気のある話ではなかったかな」
愛子も、北原から津寺への好意は知っているようだ。
「長電話かあ、美術の話かな」
「美術の話なら、学校ですればいいのに」
「ちょっと違うみたい。諭介が小さい頃から可愛がってくれてたお得意様が亡くなられて、遺品を鑑定するんですって。国内の中途半端に古いものは、諭介には鑑定が難しいらしくて、津寺先生に何点か調べてもらう相談をしてたの。個人的な話だから、画廊に受け取りに来てもらっていて、津寺先生は、学術的な調査が必要なら学校の研究室で調べられるかもって言ってた」
「そうか……亡くなられたのは残念だね」
和美が自分のことのように、亡くなられたという言葉に反応する。
「そういうことなら確かに、今日は無流さんと二人にした方が良さそう」
愛子も北原の悲しみを想ってか、一瞬少し暗い顔になったが、話を続けた。
「津寺先生はいい人よ。頼れる人だけど、純粋でかわいらしいっていうか……諭介より少し年上で、英介と坂上さんみたいな感じかな。妖怪とか怪談に詳しいから、私にも外国のお化けの話とかしてくれるわ。諭介じゃなくたって、好きになると思う」
「まだ好きなのかな」
「妻子持ちだぞ」
「単純に話が面白いし、諭介は友達が少ないから貴重な存在なのは確かね。この前は八重さんと三人で、忍者の話で盛り上がってた」
「忍者」
「俺もその話はしたいな。楽しそう」
和美が笑って、やっと空気が晴れる。
「無流さんとも気が合いそうだと思うし、特に不安になるようなことは無いと思うけど、先に無流さんに言っておいた方がいいのかしら」
「まあ、大丈夫だとは思うけど」
「外野から邪魔が入って、二人が別れるのは嫌だよね」
英介が自分たちについても、江角久子について気にしていたのも、そこだった。
「明日はみんなで学内展に行くし、さっき言った調べものの話で、見終わったら津寺先生の研究室に行くって言ってた。気まずくなりそうなら私と和美さんでうまく気をそらすか、言いにくそうなことを補足する感じがいいかもしれない」
「そうだね」
二人が組めば、余計なことばかり言ってしまう啓なんかより、ずっといい結果になるだろう。
「で、啓はなんで、さっきやっぱりって言ったんだ?」
和美のひと言で、また、余計なことを言ったと思い知る。
愛子も興味深そうにしていて、止める気配は無い。
啓は愛子の手前、どこまで配慮すべきか考えながら、右目から見るとわかる恋の進展について話すことにした。
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