第十二話 「ロシアのアパート」

「えっと.204...205...」


"カンッ カンッ カンッ カンッ"


「けっこう、簡単な造りって言うか...」


「意外と、ボロいスね」


「(・・・・・)」


隆和が、林から渡されたこれからロシアで住む


社員寮の住所が書かれた紙を手に


番号認証型の鉄の扉を開け、薄暗いアパートの


階段を登って行くと後ろについて回っている


礼文と中根がアパートの内部の様子を見ながら


何かボヤく様に呟く


「あーっと...俺達の部屋は...


 262...って事は2階か...?」


"クチャ クチャ"


「たぶん、それ、違いますよ」


"クチャクチャ"


「―――それ、何だ?」


「ああ、これっスか?」


中根を見るとどこから持ってきたのかは


よく分からないが、サンドイッチの様な


パンの中にたっぷりと


白いソースが塗りたくられた


菓子パンの様な物を食べながら、


螺旋状(らせんじょう)の階段に沿う様に


部屋が並んでいるアパート内部を見上げている


「262って事は


 2階の部屋って事じゃないのか?」


「・・・・」


"ヒョイ"


何か独り言の様にブツブツと呟くと、中根は


まだかなり大きさのある


サンドイッチの切れ端を口の中へと放り投げる


「いや、ロシアのアパートってのは、


 日本のマンションとかと違って


 階ごとに番号ついてんじゃないスよ。


 ・・・そうだよな? 礼文?」


「ええ...」


"礼文 健一"


日朝新聞の新入社員で


ロシア人のクォーター。 


ロシア語が話せる事を評価されて


今回のロシア支局への出向に


隆和の部下として配属された社員だ。


「・・・・」


狭い階段の上に続いている部屋を見上げながら


礼文が隆和に向かって口を開く


「ロシアのアパートって言うのは、


 階ごとに部屋の番号が続いてる訳じゃなくて


 棟ごとに決まってるんですよ。」


「まあ、要は、上に向かって部屋番号が


 続いてるって事だろ?」


"スッ"


ポケットからおそらく


"食べ物"が入っているであろう


紙の包みを取り出しながら、


中根が礼文の言葉に答える


「そう言う事ですね」


「・・・・」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ああ、じゃあ、ここか?」


「たぶん、そうですね」


「一番上って事か...


 歩いたら結構距離あるなー...」


「まあ、エレベーターとかもありますからね」


礼文が、隣にいる自分の先輩である


太田 敦を見る


「いっやー デスク。


 もうチョイ何とかならんかったんスかー?」


「・・・・」


「いや、でも、ロシアのアパートは


 大体みんなこんな感じですよ」


隆和に向かって太田が軽い調子で話し掛けると


その言葉を聞いていたのか、礼文は


何か説明の様な物をし始める


「ロシアのアパートってのは、基本的に


 旧ソ連時代に政府が一斉に建てた


 アパートが大半なんですよ」


「共産党とかのか?」


「そうです。 一説によると


 ロシア人の80%以上は、この


 旧ソ連時代に建てられた


 アパートとかに住んでるみたいですね」


「へえー じゃあ、持ち家とか持ってる


 ロシア人ってのは少ないって事か?」


「まあ、モスクワ市内じゃなく、


 郊外の方とかになるとまた


 事情も違うみたいですけどね」


「(263...)」


礼文と中根の話を聞きながら、隆和が


自分の目の前にある頑丈そうな


鉄の扉に書かれた番号を見ると


そこには、"258"と書かれている


「258って事は...


 じゃあ、ここが、三咲の部屋って事だな。」


"ガサ"


支局の林から手渡された部屋番号の後ろに、


名前が書かれた紙に目を向ける


「ここ、防音とかは平気なんでしょうね...?」


"三咲 恭二"


今回のロシア出向についてきた


日朝新聞の社員の一人で、


癖のある社員として社内でも


かなり評価の分かれる男だ


「こんな安いアパートに住んだ事、


 私、無いんですけどね~」


「おい、このハムうまいぞ」


"クチャ クチャ"


「・・・・」


部下たちの言葉を聞きながら、


隆和は紙に書かれた自分の部屋番号を目指して


上の階へと進んで行く....


"カッ カッ カッ カッ...."

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