第六話 「礼文島より愛を込めて」

"シュゥゥゥゥウウウウウ――――...


「ここから、モスクワ支局までは


 ――――どれくらい?」


隆和が隣の席に座っている


日朝新聞一行を迎えに来たモスクワ支局の社員、


林 文青(りん ぶんせい)


に話しかけると、林は愛想の良さそうな表情で


隆和の言葉に返事をする


「だいた、30分くらいネ」


「30分...」


"ガタン ゴトン"


「―――その支局ってのは


 駅から歩いて近いんですか?」


「・・・ゆかりツァン。」


「もう、名前覚えてくれたんですね」


「―――素敵な名前ネ」


先程車内に乗り込み、社員たちと


軽く挨拶を済ませた時に


聞いた名前を憶えていたのか


林はゆかりに向かって砕けた表情を見せる


「アナタ達、ニチアサ新聞の人たちが向かう


 "イスクラ・コムソモーレツ"...


 いえ、今は、アナタ達、ニチアサ新聞に


 買収されテ、名前を


 "藻須区輪亜部(モスクワーベ)"


 新聞社と名前を変えています...」


「・・・・」


まだモスクワに支局を持っていなかった


日朝新聞本社は本社の事業を拡張するため、


ここロシアモスクワの


タブロイド紙(娯楽紙)の一紙である


イスクラ・コムソモーレツ紙を買収し、


そのイスクラ・コムソモーレツ社を新たに


日朝新聞のモスクワ支局として


支局の人員を刷新し、ロシアでの


取材活動に充てる事になった


「・・・日朝新聞から、今日私たちが


 ロシア支局に来る事は


 聞かされてるんでしょう?」


「・・・・」


"ガタン ゴトン"


「そうネ....」


隆和の言葉を聞いて、林は少し重い表情を浮かべる


「ワタァシたちも、あまり、


 今回、なつぇ、この様な事に


 なてるかは、よく分からないです....」


「―――俺達はモスクワ支局で


 どんな仕事をするんですか?」


「あなつぁは...」


ゆかりの隣の席に座っていた、これも新入社員


礼文 健一が林に向かって身を乗り出す


「けっこう、こう、何て言うか


 僕たちも突然松坂編集局次長から


 「モスクワに行け」


 なんて急に言われて向こうで何をやるかは


 聞かされてないんですけど....」


「・・・もう一回いいです?」


礼文の言葉が早口だったせいか


元々日本語が得意では無いのか、


林が礼文に向かって訳の分からない顔を浮かべる


「――――ひいっ、」


「おい、礼文 もっとゆっくり話せ」


「中根さん――――」


"クチャ クチャ"


「ただでさえお前は早口なんだから


 そんなに一気に喋ったら


 林さんも聞き取りずらいだろう」


"ガッ"


「・・・・」


先程空港で買ったのか中根は


何かよく分からない中にたっぷり肉が詰まった


揚げパンの様な物を頬張りながら、


立ち上がっている礼文を見上げる


「い、いや、だから、


 結局...」


「―――けっきょく?」


林が、再び礼文に向かって


訳の分からない顔つきを見せる


「い、いや、我々は、つまり....」


「――――"ツマリ"?」


「ひ、ひいっ」


「我々は、モスクワ支局で、


 一体、」


「―――イッタイ、とはナニ」


「・・・・!」


「礼文さん、あなたの話は、少し、


 分かりづらいネ」


「・・・・」


"ガッ ガッ!"


「おい、礼文、この揚げパンすごいうまいぞ!」


「・・・・!」


「ひ、ひぃ~~~...」


「・・・・っ」


"シュゥゥゥウウウウウウウ....."


"ガタン ゴトン ガタン ゴトン"


「・・・・」


隆和、林、そして日朝新聞の社員を乗せた列車は


順速でシェレメチェボから


モスクワ市内へと向かって快調に


車体を揺らし、線路の上を通り抜けて行く.....

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る