永久少女大陸
ハザマ少年は夢を見ていた。
それは、故郷である
男の余った故郷。数少ない女の『搾取』される故郷。
ハザマが、ハナコの姉妹を大勢引き連れて帰ってくることを夢見たその地に、ハザマの願いどおり、同じ顔をした少女たちが軽く共同体の総人口を上回る数だけやってきた。
ありあわせの材料で造った共同体の門を何台もの車が押し通り、あれよあれよという間に共同体の広場が占拠されていく。
男たちは敵襲と思い家から飛び出し、妻を、娘を盾にしながら広場に集まり、同じ顔の少女が奇妙な乗り物から次々降りてくる様子に度肝を抜かれ、しばらくあんぐりと口を開けていた。
最初、男たちは呆気にとられつつも、相手が女の大群とわかるとすぐに警戒を解いた。
所詮は女。
力でねじ伏せられる小物がいくら群れを成したところで、単に道具が増えただけである。
しかし、最後に車から降りた女の姿に、男たちは目が釘付けとなった。
男たち相手に武器を構える、華奢なくせに狩人の目をした少女たちの中で、雪の光にきらめく王冠を身に着けたその女の、現実離れしたただならぬ威厳。
まさしくその姿は、旧文明の一帯を支配していたと伝えられる幻の為政者、『女王』と呼ぶにふさわしい品格だった。
女王は、自身の配下を取り囲む男たちを一瞥する。
そして、暖かく微笑んだ。
「長い冬が終わるのよ」
その言葉が号令となり、少女たちの放った武器から放出された超高速の矢が男たちを刺し貫いていった。
その矢を受けた男たちは、血の一滴も流さないままに雪面に顔から落ちていく。
倒れた仲間をひとりの男が抱き上げると、仲間は瞳孔が開いた目で口から泡を吹き、ひっきりなしにけいれんしていた。
男たちは当然抵抗した。しかし、無意味であった。
男たちは少女たちが厳しい戦闘訓練を積んでいることを知る由もないし、そうでなくても数で圧倒されていた。
共同体の男たちはひとり、またひとりと『繁殖機』の材料として捕獲されていく。
やがて自身を穿った少女たちの誰かが女王となったとき、その次代を産むシステムとして新たな女王のコロニーに浮かぶ、象徴と化すのだ。
それは、生きながらにして殺されるも同然のことであると、ハザマは知っていた。
男たちは、矢避けに連れてきた女たちのことは忘れて、最初は鼻で笑っていた少女たちから逃げ惑うことしかできなくなっていた。
その様子を、共同体の女たちは見ていた。
ただ、ジッと見ていた。
ハニカムランドでは、新たな女王の即位を祝うパレードが行われていた。
街中に色とりどりの花吹雪が舞い、大道芸で口から火が吹かれ、女王を祭る神輿が大通りを堂々と行く。
少女たちは、母とは違ってちっとも笑わない女王を、それでも好ましく思っていた。
女王を慕うその心が生まれながらの本能だとも知っていたが、そんなことはちっとも構わなかった。
特に管理者サクラは、一層に女王への忠誠を強めていた。
管理者サクラは女王の傍に常に侍り、幸福に頬を染めている。
「女王様。もうすぐですよ」
「ええお姉様」
お姉様、と呼ばれた管理者サクラの瞳の光が強まった。
新たな女王とすでに特別な関係を結んでいる管理者サクラの姿に、ある者はため息をつき、ある者はぷんすかとやきもちを焼いていた。
神輿はゆっくりと進み、新たな女王のお披露目を丁寧に行う。
街の外周から周り、少女たちの歓声を受けながら段々と中央へ。そして。
かつて『彼』のあった場所に、女王の即位とタイミングを合わせて建造された新品のミツバチのオブジェの傍を横切っていく。
「あなた様の娘たちが造るハニカムランド、早く見てみたいですわ」
管理者サクラはそう言うが、新たな女王はいつも通り澄ましている。
街中に浮かぶモニターの中では、別の女王が笑っていた。
その女王の背後では、少女たちが大雪の中で城を築いている最中だった。同じ顔をした少女以外にも、様々な年齢の女たちが作業に当たっている。
顔の違う女たちは一様に粗末な恰好をしていたが、目はイキイキと輝いていた。
大通りの駅に張り付いたモニターにも、別の女王が笑っていた。
その女王は、巨大なテーブルに溢れんばかりの御馳走を並べ、舌鼓を打っていた。顔の違う女たちが、我も我もとなけなしの蓄えを運んでくるのだ。
ひとりの少女が持つタブレットの画面にも、別の女王が笑っていた。
女王は、両手をいっぱいに広げて、できあがったばかりの自分だけのミツバチのオブジェの周りをぐるぐると回っていた。同じ顔の少女たちも、違う顔の女たちも、一緒になって踊り、歌っている。
それぞれが、違う女王だ。
自身の『繁殖機』を手に入れた、それぞれのコロニーを持つに至った、大陸中の女王の即位パレードの様子を中継している。
そしてハニカムランドというコロニーの新たな女王は、自身の繁殖機たるミツバチのオブジェを見上げた。
管理者サクラは女王の後頭部を横目で見つめ、自身の胸にせり上がったものに感じ入る。
管理者サクラと女王は付き合いがとても長い。子供の頃から知っている。
笑顔の絶えないハニカムランドで、女王は昔から表情の薄い子だった。
しかし決して感情がないわけではなく、むしろ自分の心に正直で、そして活動的だ。
自分の心に従った女王は結局、ハニカムランドの歴史を変えてしまった。この女王は、後世のハニカムランドにおいて英雄としても名を遺すことだろう。
管理者サクラは、女王が女王でない頃からその幸せを願い続けてきた。だから、女王の偉業が素直に嬉しかった。
ただ、少しだけさびしかったのだ。
管理者サクラは妹が大好きだった。
だから、たった一度でいいから見てみたかったのだ。
「女王様。お時間です」
「はいお姉様」
妹の笑顔を。
「……どうぞ管理者サクラとお呼びください。あなたはハニカムランドの女王なのですから」
管理者サクラに促され、女王はうなずく。
管理者サクラが妹を抱きしめる日は、もう二度と来ない。
ハザマ少年は夢を見ていた。
女王が、透明な瞳でハザマを見ていた。
ハナコは、ニッコリとハザマに笑いかけた。
そこでハザマの夢は終わった。
ハニカムランド――永久少女大陸―― ポピヨン村田 @popiyon_murata
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