第04話 血戦のカミヤムネ④

「くっ……!!」

 風月丸は首筋を押さえて離れた。ズキリと噛まれた跡が痛む。

「僕からのプレゼントだ。きみの身体に呪詛を送り込んだ。簡単に言えば、呪いの毒さ。こうして噛み付いた相手をじわりじわりと殺すんだ。解毒剤は存在しないから、あがいても無駄だよ。きみが死ぬことはこれで確定路線になったんじゃないかな? 唯一きみに残された希望は、自分が死ぬ前に僕を倒すことくらいだね。そうすれば呪いは消滅する。ああ、一つだけいいことを教えてあげよう。僕の呪詛にはそれほど即効性はない。だから、僕を倒すための時間は十分にあると思うよ。問題はそれだけの技量がきみにあるかだけど」

「全く、おもしろい余興を盛り込んでくれる奴だ。言われなくとも倒すさ。毒まで持ち出したのは、お前に焦りがあるからだ。お前もまた死を恐れている。生き延びるためには何でもするのがお前の品格だ。そんなものは恐くない」

「ふふふ、手厳しいね」

 静かに笑う餓鸞童子。

 そのとき、びゅうと風が吹いて、カミヤムネの巨石たちの間をすり抜けた。

「ところで、なぜ僕がこの場所を決戦の地に選んだか分かるかい?」

「ここが舞鶴市で一番の不浄の地だからだ」

「そう。この巨石遺跡の効力で、カミヤムネの夜闇はどこよりも深い。視覚的な話をしているんじゃないよ。空間が持つエナジーの話さ。そんな場所がなぜ美鶴神社の喉元に造られているのか? 風月丸、きみは知っているかな?」

「陰と陽の調和――この舞鶴市のパワーバランスを保つため、美鶴神社に相対するものとして造られたんだ」

「へぇ……人間界ではそう教えているんだね。だけどそれは、僕が実際に見てきた歴史とはずいぶん違うなあ」

「戯れ言を!」

 風月丸は一気に斬り込んだ。

 それを餓鸞童子は後ろにステップして避ける。

「実はカミヤムネの歴史はそんなに古くない。古くないと言っても人間どもの寿命に比べれば圧倒的だけれどね」

 さらに風月丸は斬り込む。餓鸞童子は鉄扇を巧みに操ると、その斬撃を次々に受け流した。そしてサッと羽ばたいて上空へ舞い上がると、風月丸を見下ろしながらここぞとばかりの表情でこう言った。

「カミヤムネを造ったのはね、僕たち麒族の古い同志たちなんだ」

「何だって……?」

「カミヤムネの正体は巨大なエナジー砲だ。その照準は美鶴神社に固定されている。およそ三〇〇年前に多くの麒族たちが命を賭して作り上げた最終兵器なのさ」

 餓鸞童子は、風月丸を見下ろしたまま話を続けた。

「ことの重大さに気付いた美鶴神社は、カミヤムネを丸ごと取り囲むようにして、舞鶴市全体を道祖神の結界で塞いでしまった。だから、これまではカミヤムネを発動させることは出来なかったんだ。そう、これまではね。でも今じゃ、僕が道祖神を破壊したから、一流麒族たちが舞鶴市に侵入出来るようになっている。彼らの力を借りれば、カミヤムネを発動させることは十分に可能なはずだ。まだ試射すらされたことのない大砲だけど、僕たちはカミヤムネの威力を信じている。あとは一流麒族たちが集まりさえすればいいんだ」

「それを俺に話してどうするつもりだ。阻止されるとは考えないのか?」

「ははははは! 何を今さらだよ。美鶴神社の連中はこの真実を知っている。このまま一流麒族が集えば、カミヤムネは発動し、神社が崩壊の危機にあることもね。そして美鶴神社の崩壊は、人間どもが日本と呼ぶこの地域が麒族のものになることを意味している」

「くっ……」

「僕たちはこの刻が来るのを三〇〇年待ったんだ。もしも人間だったら耐えられない時間だろう?」

 ゆっくりと羽ばたきながら、餓鸞童子が降りてくる。

 その飛翔は人間の目から見ても優雅だ。

「一〇〇〇柱……いいや、せめて五〇〇柱でもいい。一流麒族がここに集えば、カミヤムネを完全に発動させることが出来る」

 その言葉に風月丸は唖然としてしまった。

 さぞ間抜けな表情をしていただろうと自分でも思う。

「どうしたんだい風月丸。あまりの重大事に言葉もないのかい?」

 すると風月丸は子供に言い聞かせるように静かに語り始めた。

「お前は現実のことを知らないんだな――」

「どういう意味だい?」

「確かに一流麒族が五〇〇柱も集まれば、それだけで阿鼻叫喚になるだろう。カミヤムネがお前の言うとおりの代物なら、美鶴神社は崩壊するかもしれない」

「だからそう言ってるじゃないか」

「だが、一流麒族は五〇〇柱も集まらない」

「なぜだ?」

「なぜなら今この日本にいる一流麒族は、お前を含めて四十九柱しかいないからだ!」

「なっ……うそだ!」

 怒りにまかせた餓鸞童子の鉄扇がうなる。

 風月丸はその旋風を鬼包丁で斬り裂いた。

 餓鸞童子が前のめりに叫ぶ。

「五〇〇〇! 僕があの八畳間できみの両親に封じられるとき、日本には少なくとも五〇〇〇以上の一流麒族がいたはずだ!」

「あれから七年の間に、全国の渡殺者たちが駆逐したんだよ……今ではもう一流麒族は立派な絶滅危惧種レッドリストだ」

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