第03話 血戦のカミヤムネ③

 しばらく膠着状態が続いたのち、先に動いて見せたのは餓鸞童子であった。

 ただし剣戟をしようというのではない。

 彼は鉄扇を開くと、自分自身を優雅に扇ぎながら語り始める。

 それは風月丸の戦意を削ぐという意図があったのかもしれない。

「ときに風月丸、麒族というものをきちんと理解しているかい?」

 風月丸は構えを崩さずに聞いている。

 餓鸞童子は続けた。

「夜は麒族のもの、昼は人間のもの。分け与えられたとおりに過ごしていれば、いさかいなんか起こらなかったんじゃないかな?」

「何が言いたい?」

「人間が夜を侵略さえしなければ――と考えたことはあるだろう?」

 これは人間社会でも頻繁に論じられることであった。

 人間が電気技術を発展させ、夜を明るく灯すようにさえしなければ、麒族との衝突はなかったのではないか? と言う論調だ。まるで森林を伐採しなければ、野生動物との衝突はなかったはず――という市民運動と同じように。

 はたして本当にそうだろうか?

 夜に迷い込んだ人間を、真っ先に食らっていたのは麒族のほうだ。人間の遺伝子に「夜闇の恐怖」を植え付けるほどに、麒族は人間に仇なしてきた。その現実は動かしようがない。

 しかしその議論も、今となっては虚しいものがある。

 どちらが先に手を出したかなど、もはやどうでもいいほどに人間と麒族はお互いを殺し合ってきたのだから。その歴史は巻き戻しようがない。

「あるいは運命だ――という説もあるよね。いがみ合うことが運命だったという考え方が。この地球は、麒族と人間を同時に誕生させ、戦わせ、勝った方を支配者として受け入れるという仕組みさ。そこには正義も悪もない。ただ淘汰だけが存在するんだ。僕はこの考え方にも少しは理解があるつもりだよ」

 餓鸞童子は言葉を続ける。

「その点で言えば、勝者は人間のほうだ。麒族はこのままでは早晩滅ぼされるだろうからね。事実、この日本では攻類神道が、そして世界に目を向ければアリストクラート機関が僕たち麒族を根絶やしにしようと暗躍している。全く困った話さ。人間の執念は根深いからね。あまり接したくはないかな」

「なら大人しく、夜闇の中で天寿を全うすればどうだ?」

「ははははは。僕に真那霞姫の真似事をしろっていうのかい? それは無理な相談だね。僕たちの寿命がどれだけあると思っているんだ。その頃に人間たちは、とうに全ての大地を昼に変えているだろうさ。そうなれば僕たちの居場所なんてどこにもない。とてもその提案には乗れないよ」

「それはお前の心がけ次第だ」

「しかし何だなあ――きみは真那霞姫が、今後もずっと大人しくしていると考えているのかい? 本当に人間どもに蹂躙されたままだと思っているのかい?」

「この七年の間、彼女は攻類神道の監視下に置かれている。その間、人類に反旗を翻そうとした事実は微塵もない。学園内にいる他の麒族たちもそうだ」

「ははははは。だから言ってるじゃないか、きみは僕たちの寿命がどれだけあると思っているんだって。七年なんてまさに光陰矢のごとし。たわむれに過ぎ去る、ほんのひとときに過ぎないんだよ。真那霞姫だって何を考えているのか分かりはしないさ」

「…………」

「ぐうの音も出ないかい? だけどこれは事実だ」

「もしそうだとしても、今、目の前にいる敵はお前だ。まずはお前を祀ってからにしよう」

「ふぅん……でも僕だって生きている。むざむざと祀られるわけにはいかないなあ――だってそうだろう? 僕にだって夢がある。一体何だか分かるかい?」

「さあな、考えたこともない」

「人類の抹殺と、昼の支配だよ」

 餓鸞童子はその無邪気な顔つきのままで満足そうに微笑んだ。

「第三十八代風月丸……きみの先祖たちには、何度煮え湯を飲まされたか分からない。口惜しくてたまらないとはこのことだよ。僕は気が短いからね。そろそろこの因縁も断たせてもらおうと思っているんだ」

 そう言うと餓鸞童子は、鉄扇を水平に振り抜いて霞羽根を連射した。

 風月丸は鬼包丁を即座に水平に構えて、その羽根たちを叩き落とす。続けざま秒殺のモーションに入ろうとする風月丸を、餓鸞童子は鉄扇で起こした旋風で吹き飛ばした。

「うがっ……!」

 巨石に打ち付けられる風月丸。しかしダメージは少なく、すぐに跳ね起きる。

 と、すぐ目の前に餓鸞童子の顔があった。大きく広げた口の中には小さく鋭い牙が何列にも渡ってぎっしりと生えている。

 餓鸞童子は風月丸の首筋に噛み付いた。

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