第八章『夜明け前』

第01話 血戦のカミヤムネ①

 鬼包丁を胸から抜かれた宵子は瞬時に意識を失った。そのままだらりと風月丸の身体に倒れ込む。風月丸は空いた左腕で彼女を抱きかかえながら、右手の鬼包丁を迫り来る餓鸞童子に突き出した。

 勢いよく飛来してきた餓鸞童子だったが、すんでの所で急旋回して鬼包丁の刃をかわす。

 さすが一流麒族、まがつ鋼に対しては敏感だ。

「まさか……あれも鬼包丁なのか?」と餓鸞童子。

 そう言う餓鸞童子の表情には畏怖の念がありありと見て取れた。

 かつて鬼包丁によって封印され、三途の川のほとりを彷徨っていた記憶がよみがえっているのだろう。その恐れやトラウマは本物だ。

 風月丸は周囲に五郎の姿を求めた。この隙に成すべきことを成さねば。

 後ろを振り返ると、彼はすぐそばまで駆け寄ってきているところだった。

「五郎!」

「おい、死ノ儀――どうするよ?」

「彼女を頼む」

 そう言うと、宵子の身体を無理やり五郎に預ける。

「頼むったって!」

「彼女を連れて先に脱出してくれ」

「無茶を言うなよ!」

 五郎の言い分はもっともだ。ここまで登ってきた登山道には二流麒族たちがひしめいていたではないか。五郎が宵子を背負って下るのはいいとしても、あっという間に二流麒族たちの餌食になるのがオチだ。

 だが風月丸には勝算があった。

 今から、ここカミヤムネは間違いなく戦場になるだろう。そうなれば戦いの匂いに敏感な二流麒族たちは一斉に集まってくるに違いない。結果として登山道は静寂を取り戻し、五郎たちの脱出は成功するはずだ。

「わーった! わーったよ! 全く、人使いの荒いヤツだぜ。だがな死ノ儀、この作戦はお前が無事に帰ってくるまでが一セットだからな? そこんとこ間違えんなよ?」

「もちろんだ」

「じゃあ、後でな!」

「ああ」

 その約束に一切の保証はない。

 お互いにそのことは十分に分かっていたが、それを確かめ合っても詮無きことだ。

 五郎は宵子を背負うと、登山道を麓へ向かって走り始めた。

 さすが番長を張るだけの男、みるみる遠くまで駆けていく。あの体力があれば、登山道の入り口までさほど時間はかからないだろう。

 それをしばし見送っていた風月丸。

 やがてゆっくりとカミヤムネのほうに向き直る。

 視線の先には餓鸞童子を筆頭にして七柱の一流麒族がひしめいている。この短期間に一流麒族がこれだけ集結したのを見るのは、風月丸も初めてだった。

 餓鸞童子が一歩前に出て風月丸に言う。その口調には過度な嘲笑が混じっている。

「すっかり騙されていたよ。まさか刀匠の娘を刀の鞘にしていたなんてね……」

「目の前のまがつ鋼に気付かないとは、お前たちも焼きがまわったな」

「全くだよ。とんだ赤っ恥さ。だからそれを知るきみのことを、ますます殺さなきゃいけなくなった」

 餓鸞童子が数歩退くと、残る六柱の一流麒族たちが前に出た。

 餓鸞童子は言葉を続ける。

「ここにいる一流麒族の面々は、多かれ少なかれ歴代の風月丸に縁がある者たちだ。もちろん悪意に満ちた縁だけどね――鬼包丁を持っているとはいえ、まだまだ若輩者のきみにはたして勝ち目はあるかな? まあ、出来るものなら全員を祀ってもらっても僕は一向に構わないよ。一人でこれだけの一流麒族を相手にするなんて、きみにとっては荷が勝ちすぎるとは思うけれど」

 挑発には挑発で返す。

 風月丸は人差し指を一本立ててみせた。

 それを見た餓鸞童子は失笑した。

「プッ、ははははは。一分で倒してみせるというのかい? これはまた大きく出たね。自分が死ぬことを考えに入れないなんて、何て愚かなんだろう」

「いや、一分じゃない、一撃だ――お前ら全員、秒殺してやる」

 餓鸞童子の顔から笑みが消えた。

 その表情は深い怨念に満ちている。これが餓鸞童子の本来の顔つきなのだろう。

「だったら見せておくれよ。三十八代目の本当の初陣というやつを」

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