第04話 絶え間なき侵攻①

 この世界で戦争といえば、特に断りがない限り人間同士の争いのことを指す。

 人間たちは、常に世界のどこかで憎しみあい、血で血を洗って「かりそめの平和」を謳歌している。それは誰にとっても大変不幸なことで、何の救いも生み出さない業となって人間を苛んでいた。

 しかし本来はそうではなかったのだ。地球という星は優しかった。悠久の昔、人間の天敵として麒族を、そして麒族の天敵として人間を誕生させた。昼と夜で二分されたそれぞれの勢力は、お互いを畏怖しあいながら刻を重ねてきた。夜に迷い込んだ人間は麒族に食われ、昼に迷い込んだ麒族は怪異として討伐されたのである。

 二者のテリトリーは絶対だった。

 人間が電気を我がものにするまでは。

 電気を獲得した人間は、その在り方を大きく変貌させた。夜の世界に明かりを灯し、全てを昼に変えていったのである。それは決して侵してはならない禁忌タブーだった。このときから人間は絶対的な侵略者になったのである。

 人間の侵攻はとどまるところを知らず、ここわずか数十年で、世界中の都市圏から本当の夜が消えた。もうそこに麒族の居場所はなくなってしまったのだ。

 だが今、麒族たちは立ち上がった。人間たちによる蹂躙じゅうりんから脱却すべく、人間に対して宣戦布告をしたのである。

 すでに舞鶴市は戦場になっていた。美鶴神社による結界は破られ、二流麒族たちが次々と市内に侵入してきているのだ。

 人間勢力の本丸である美鶴神社では、正門に続く長い石段を、六柱の二流麒族が上ってきつつあった。牛鬼と呼ばれる四つ足の野獣たちだ。

 それに対抗するのは、石段の最上段――正門に陣取った総勢二五人の巫女たちである。

「弓矢隊、甲、下がれ! 続いて、乙、前へ!」

 橘凛は巫女たちのリーダーとして奮闘していた。十七年の人生のなかで初めての戦争体験になるが、取り乱すこともなく十二分な働きをしていると言えるだろう。風月丸側室の筆頭に名を記しているのは伊達ではないのだ。

「凛様、麒族の軍勢は、正面石段の三〇パーセントにまで後退しました」

「よろしい! このまま押すのです! ただし深追いはせぬよう。あくまで防衛に努めなさい!」

 一時は六〇パーセントにまで食い込まれた石段の防衛だったが、凛の陣頭指揮によって、戦局は美鶴神社側に大きく傾いていた。汎用コンピュータの情報を見る限り、舞鶴市に侵攻した麒族はまだ三〇柱にも満たない。だが美鶴神社には「まがつ鋼の矢」が五〇〇〇本備蓄されているのだ。このまま二流麒族のみを相手にするならば、美鶴神社側の優勢が覆ることはないだろう。

 凛はこの一戦に十分な手応えを感じていたが、完勝するためにはあと一押しの力が必要だった。戦いを決定づける渡殺者の力が。

「風月丸様からの電話はありましたか?」

「いえ、まだありません」

「今、どこで何をしていらっしゃるのか――」

「凛様! あれを!」

 巫女の一人が石段の遙か下方を指さした。巫女たち全員がワッと湧く。

 弓矢隊の隙間から凛が覗き込むと、そこには街乗り自転車に二人乗りした流一郎と宵子の姿があった。二人は自転車を乗り捨てると、石段を駆け上ってくる。

 凛はハッと気付くと、「弓矢隊! 撃ち方やめ! 風月丸様に当たる!」と叫んだ。

 石段の途中には、あと五柱の二流麒族が侵攻中だった。正門からの矢が飛んでこなくなったことを悟った二流麒族たちはその歩みを速める。しかしそれよりも遙かに流一郎と宵子のスピードのほうが速かった。

 二流麒族たちは、自分たちが挟撃に遭っていることにまだ気付いていない。

「秒殺!!」

 流一郎が鬼包丁を振り抜くと、同時に二柱の二流麒族が割れてしまった。

「すごい……!」

 凛は息を呑んだ。子供の頃、先代の風月丸に可愛がられていた凛は、その懐かしい日々のことを思い出していた。風月丸は勇敢で格好いい、凛にとってのヒーローであった。

 そして今、愛する死ノ儀流一郎が、次代の風月丸として鬼包丁を振るっている。それはずっと昔から凛が見たいと思っていた光景でもあった。

「イッケーーッ!! 風月丸様ーーッ!!」

 凛はミーハーにもそう叫んでみせた。

 敵の二流麒族は残り三柱、流一郎はこれを一撃で割るつもりに違いない。正門に構えた二五人の巫女たちは、全員で身を乗り出すようにして、流一郎の戦いを見守っていた。

「秒殺!!」

 ガシャーーーーン! ガシャーーーーン! ガシャーーーーン!

 まるで鬼包丁が伸びたのではないかと錯覚するほど、広範囲に秒殺が決まった。三柱の二流麒族は一気に割れ落ちてしまった。

「「「やったーーっ!!」」」

 正門から巫女たちの黄色い声援が飛んでいる。今まで戦いの緊張を強いられていたぶん、彼女たちの喜びようは素直でまっすぐだった。


 ズドン! 突然、重厚な何かが着地した。


 喜びの熱気を一瞬で冷めさせる絶望の音だった。

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