第02話 謁見

「美鶴御前のお成りでございます」

 廊下から、出し抜けに凛の声がした。

 上段の間――その上手側のふすまが開き、そこから二〇代後半と思しき和服姿の女性が姿を現した。後ろで結わえた髪の毛は真っ白だが、決して白髪というわけではなく、言うなればプラチナカラーとでもいうべき輝きを放っている。その両目が閉じたままなのは、つまり目が不自由ということなのだろうか? 

 女性は上段の間、中央の座布団に腰を下ろした。

 そしてシンプルにこう名乗った。

美鶴みつるである」

 流一郎と宵子、そして後ろに座る案内担当の巫女の全員がうやうやしく頭を下げた。

 宵子は、美鶴御前と姫野先生は似ている――と感じ取っていた。もちろん二人は全く異なる容姿であり、完全なる赤の他人なのだろうが、それでも、根底に流れる人としての本質には共通点も多いのではないだろうか?

 宵子がそんな妄想を膨らませている間に、美鶴御前の謁見は始まっていた。

 宵子はあわてて居住まいを正す。

「風月丸よ。ここ数日の貴様の剣戟、全て見させてもらった。特に、鬼化していたとはいえ三流麒族ごときに手こずった挙げ句、真那霞姫まなかひめの助力を得るとは、お前らしからぬ戦いぶりじゃ」

「先刻、学園に現れた白磁の鬼は、単なる三流麒族ではなかった。昨日のディスコ「ケイオス」では惹麒空間を展開するパワーを持っていたし、二流に分類してもいいくらいだ。これは、封印された餓鸞童子がらんどうじの力が復活しつつあるという証拠じゃないのか? 金属バットにだって限界はある。倒せただけでも儲けものだった」と流一郎も譲らない。

「その点については、コンピュータ・シミュレーションで興味深い結果が出ておる。凛よ、シミュレーションのプリントアウトを皆に配っておくれ」

「かしこまりました」

 上段の間の脇に控えていた凛が、紙束をもって下段の間に下りてくる。

 配られた紙は、プリンタによって印刷された舞鶴市の地図であり、その地図上にたくさんの赤い点とそれらを結んだ線が追加描写されている。

「その地図には、風月丸が祀った亡霊人たちの座標も加味してある。これらを合わせると、通算で四八柱。餓鸞童子由来と思われる亡霊人をこれだけ貴様は割ってきたことになるわけじゃが、この全てをある法則に従って線で結んだのが、その地図に描かれている紋様となる。どうじゃ、何か気付きはせぬか?」

「これは……魔方陣か」

 流一郎がそうつぶやくのを聞いて、宵子も改めて渡された地図を見た。確かに点と点を結んだ線が多数描かれているが、宵子には、あくまでランダムに書き殴った落書きのようにしか見えない。これを「意味のある魔方陣」と言い切るのはいささか乱暴な気もするのだが、流一郎たちのようなプロの目から見れば、一目瞭然なのかも知れない。

「点と点を結ぶシミュレーションは、六五五三五パターン実行致しまして、そのうち、結果が魔方陣と認識出来るのは、今みなさんがお手持ちの一パターンのみでございました」と凛が補足する。

「問題は何をするための魔方陣か、だな」流一郎は視線を外さずそう言った。

「風月丸よ」と美鶴御前。

「はい」

「貴様、先ほど餓鸞童子の力が復活しつつある可能性を示唆したな。それはどういう根拠に基づいた物言いじゃ? 亡霊人だけでなく三流麒族まで徘徊を始めたという事実からか?」

「そのとおり。餓鸞童子は、先代の――第三十七代風月丸の呪縛から解き放たれようとしている」

「他に根拠があれば示してみよ」

「あとは勘でしかない。「餓鸞童子の墓標」を毎晩見ていてそう感じるとしか言えない」

「ふむ。その勘は信じよう。貴様は第三十八代の風月丸なのだから」

 そう言われて、流一郎は腕を組んで考え込んだ。目を閉じて何かを熟考している。

「さて――」と美鶴御前が話を進める。

「餓鸞童子は、またの名を八十八鬼とも言う。八八柱の亡霊人を使役出来ることから付けられた二つ名じゃ。今までに使役し、風月丸に割られた亡霊人が四八柱であれば、残る亡霊人は四〇柱」

 流一郎が目を開いた。

「じゃあ、その四〇柱を使って、奴は魔方陣を完成させようというんだな。それはどんな呪術を生む魔方陣なんだ?」

「それを今、汎用コンピュータを使って演算させておるところじゃ。あと数日で、候補とされる魔方陣を割り出すことが出来る手筈になっておる――じゃがおそらくは」

「餓鸞童子自身の復活――」

「そういうことになろうの。来たるべきXデーに対抗するため、全国を行脚しておる渡殺者わざものたちに招集をかけておる。来週中には皆がこの舞鶴市に帰還することじゃろう」

「あの……渡殺者ってなんですか?」

 まるで授業中のように、宵子が挙手して質問を投げかけた。これには凛が答える。

「風月丸様のように、町に巣くう悪しきものを征伐する者たちのことですわ」

 つまり、金属バットで亡霊人を割るような人たちが、他にもたくさんいるということか。

 ちっとも知らなかった。世の中は広い。

「美鶴御前――」今度は流一郎が口を開いた。

「なんじゃ、風月丸」

「俺にあの部屋の鬼包丁を抜かせてくれ」

「ならぬ」

「どうして?」

「あれは先代――第三十七代目の得物。貴様には貴様の鬼包丁があるはずじゃ」

「しかし、それはまだ……」

 そう言うと、なぜか宵子を見やる流一郎。

 宵子は「???」と、頭上にクエスチョンマークを浮かべることしか出来ない。

 それはそうだろう。時女宵子自身は有り体に言って、何の特技も持たない平凡な女子高生なのだから。

「さて、時女宵子よ――」

 流一郎の提案はすっぱりと却下されてしまったらしい。

 今度は宵子が、美鶴御前のお言葉を賜る番だ。

「――貴様はなぜこの町に来た?」

 もっともな質問だ。姫野先生もそれを疑問視していた。

 だが今の宵子なら、明確に答えることが出来る。

「父と母の最期がどのようなものだったのかを知りたいからです」

「知ってどうする」

「分かりません。その内容を聞いてから考えようと思います」

「知った以上は引き下がれぬ線もあるぞ。すでに貴様も体験しておろう。この舞鶴市は、魑魅魍魎がうごめく町。深く関われば命の保証はない」

「……それでも構いません」

 宵子の意思は堅かった。単なるやけっぱちだとも言えた。もとより彼女にはもう何も残されてはいないのだ。今さら、人並みの青春を謳歌する気持ちにはなれないし、無理をしたところでどこかで歪みを生むのは目に見えている。今の彼女にとって、両親の死の真相を知ることだけが、生きるよすがなのだろう。

 美鶴御前が流一郎のほうに向き直る。

「風月丸」

「はい」

「時女宵子を貴様の従者とする。一時も離さず、これを使役せよ」

「えっ!?」と最初に言葉を発したのは橘凛であった。流一郎もそれに続く。

「ちょっと待ってくれ。俺に従者なんていらない。そもそも渡殺者は、全員がスタンドプレーをするために生きてるようなものだ。何の理由があって時女宵子を――いや、そもそも何をさせるために同道するんだ」

「古今東西、従者を連れた渡殺者がいなかったわけではない。むしろその方が多数派じゃ。それに風月丸よ、貴様はいつまで金属バットで亡霊人を割り続けるつもりじゃ? 一人前の渡殺者と名乗りたくば、麒族どもを次々に割って見せよ」

「だから、そのためにあの部屋の鬼包丁を抜かせて欲しいと言っている」

「要領を得んな――貴様には貴様のための鬼包丁がある。それをこの世界に誕生させぬ限り、貴様が渡殺者として名を馳せることはないぞ。そのためには時女宵子の力を抜きにして語ることは出来ぬ。察せよ、風月丸」

「あの、ちょっと待ってください」

 ここでようやく宵子が口を開いた。

「私には、全然話が見えません。どうして私が死ノ儀くん……いえ、風月丸さんのお供をすることになるんですか? 亡霊人との戦いは何度か見せていただきましたけれど、私にお手伝いが出来るようなこととは思えません――たまたま椅子で不意打ちは出来ましたけど、それはビギナーズラックだったって――まぁ、それはいいとして、私の望みは両親の死の真相を知ることなんです。それが済んだら、私はこの町を出て行きますから」

 誰も気付かなかったが、ここで橘凛の眉毛がぴくりと動いた。

 美鶴御前は問答を続ける。

「そのためにも従者をせよと言っておる。それが一番の近道だからじゃ」

「近道……?」

「風月丸よ、時女の娘よ、貴様たち二人の願いは表裏一体なのじゃ。どちらか一方の願いが叶うとき、もう片方の願いも成就する。そのために主と従の契約を交わすのじゃ」

 ここで風月丸が口を開いた。

「美鶴御前、あんた何か知っているのか?」

 その言葉に、宵子と凛が美鶴御前に注目する。

「何を今さらよ、風月丸。わしの目が見えぬことはとうに知っておろう。わしには何も見えぬ。貴様たちがそれを見つめ、見定めるのじゃ」

 そう言うと美鶴御前は静かに立ち上がった。

「此度の謁見はここまでとする――」

 入ってきたときと同じように、美鶴御前は上手のふすまから退室していった。

 風月丸と宵子が視線を合わせる。それを凛は冷ややかな目で見つめていた。

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