第四章『攻類神道(こうるいしんとう)』

第01話 美鶴神社

 カナカナカナカナ……ひぐらしが鳴いている。

 夏はまだ始まったばかりだというのに、もの悲しいこの鳴き声を聞くと、なぜだか晩夏の夕焼け空を思い出してしまう。

 宵子は、流一郎と凛が宝満川のほとりで亡霊人を一柱討伐するのに同行し、今はこうして美鶴神社への長い石段を一緒に上っていた。

 先頭を流一郎、そして凛、最後尾を所在なさげに宵子がついて歩く。

「私、本当についてきてよかったんでしょうか? もちろん、ご挨拶には伺うつもりでいましたけど、今日が立て込んでいるのであれば、また日を改めてでも……」

「心配はご無用です。もののついででちょうどよかったですわ」

 宵子に投げかけられた凛の言葉には、なぜだか少しトゲがあった。

 ああ、この人に歓迎されていないんだな――と宵子は思う。流一郎と凛の会話を聞く限り、二人の間には長きに渡る絆がはっきりと感じ取れた。自分はその間に割って入る「お邪魔虫」なのだと思い知らされる。

 姫野先生に「明日には美鶴神社へ行く」と宣言した手前、是が非でも二人について行かねばと同行を願い出たのが失敗だった。後日改めて堂々と一人で来るべきだったと、早くも後悔している宵子であった。

『私ってば、いつもこんなヘマをしてばっかりだ……』

 自然に足取りが重くなる。それにしてもこの石段は何段あるのだろう。一〇〇段目までは数えていたが、そこから先は息が上がってしまい、もう全体のどれだけを上ったのかさえも見当がつかない。

 普段、神社の関係者たちは嫌にならないのだろうかと素朴に思う。ただ、凛の透き通るような美しさは、この石段の上り下りによるエアロビクスの賜物に違いないとも思った。私も挑戦してみようかしら、石段エアロビ。

 ハンカチで汗をぬぐいながらふと振り返ると、そこからは舞鶴市の全景が一望出来た。

「わぁ……!」思わず声が出る。

 見下ろした舞鶴市は、思っていたよりも狭い盆地で、かつ緑が多いことがよく分かる。そしてその大部分を住宅地が占めると言うことも。舞鶴市は近郊都市のベッドタウンとして古くから成り立っている土地柄なのだ。

 盆地の対岸にあたる山の斜面には、巨大な石で出来た遺跡のようなものが目についた。イギリスにあるという「ストーンヘンジ」に似ているかも知れない。

 しばらく風景を眺めていると、いつの間にかすぐそばに凛が立っていた。

「あの巨石遺跡――カミヤムネは、この舞鶴市に漂う悪しき力の吹き溜まりなのです。年に一度、浄化のための祭りがおこなわれる場所でもあるのですよ」

 そう言う凛の言葉はどこか誇らしげだ。この町でのあらゆる神事を、美鶴神社が執りおこなっているに違いない。

 それにしても、カミヤムネという遺跡があることを宵子は初めて知った。どんな漢字を書くのだろう? 「神止む音」だろうか? まさか「髪や胸」ではあるまい。そもそもカミヤムネが日本語由来かどうかすら怪しい。

 そのことを訊ねようと階段の上方を見上げると、そこには質素ながらも美麗なフォルムを持った美鶴神社の正門が待ち構えていた。すでに流一郎も凛も石段を上り終えていて、宵子の到着を待っている形だ。

「あっ、ごめんなさい!」と宵子はあわてて残りの石段を消化する。

 激しく息が上がった。日頃の運動不足がたたっているのは間違いない。摂生せねば。

 ようやく石段の最上段まで到達して門をくぐると、参道の両脇にたくさんの巫女たちが並んで出迎えてくれていた。一糸乱れぬお辞儀と、満面の微笑みがそこにある。

「「「お帰りなさいませ、風月丸様」」」

 それはたくさんの巫女たちのハーモニーだった。

 これには圧倒された。

 巫女たちは、皆それぞれに美形であり、何かのミスコンテストでも始まるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。これだけの美人巫女たちを、一体どこからスカウトしてきたのだろうかと、宵子は下世話な妄想を脳内に巡らせた。

「はー……巫女さんって、こんなにたくさんいらっしゃるんですね。神社のお仕事って大変そう」と宵子が驚きの声を上げると、凛がそれに答えた。

「私たちは美鶴神社に仕える巫女ですが、それと同時に、風月丸の血を絶やさぬための側室でもあるんですよ。ここに居並ぶ者たち全員が、そのために控えているのです」

「えっ! 側室って二番目以降のお嫁さんのことですよね? 一人、二人、三人……」

「現時点で二五人の側室が控えています。正室になるかたを含めれば二六人ですね」

「そんなにたくさん!? 死ノ儀くん、すごい立場な人なんだね!!」

「凛、それは自慢げに話す内容じゃないだろう。それに俺は側室を取った覚えはない」

「はいはい。分かっていますよ。風月丸様は、自分の代で使命を成就なさるおつもりでいらっしゃいますからね。私たち側室は無用というわけです」

 凛がわざとらしく舌を出して見せた。そういうリアクションも取ってくれるのかと、宵子は少し意外に感じた。仲良く出来たなら、いい友達になれるのかもしれないと思う。

「私は美鶴御前をお呼びしてまいりますから、風月丸様は先に謁見の間にどうぞ」

 そう言うと凛は、そそくさと奥の建物に消えた。

「謁見の間はこっちだ」と流一郎が親指で案内してくれる。

「私がいてもいいのかな?」

「美鶴御前に挨拶に来たんじゃなかったのか?」

「それはそうだけど……亡霊人とか麒族とか、私には関係ない話も多そうだし。聞いててもいいの? 守秘義務とかないのかしら?」

「本気で言ってるのか?」流一郎があきれたような声を上げる。

「だって私、一昨日の夜まで、亡霊人すら知らなかったんだよ?」

「そこまで無自覚だとちょっと引くな」

「えっ?」

 宵子は思わず聞き返したが、流一郎は何事もなかったかのように「ここだ。このやしろの中に謁見の間がある」と告げた。

 流一郎が臆せず入っていったので、宵子もそれに続く。屋内にもやはり巫女たちが常駐していて、長い廊下を経て謁見の間――その下段の間に案内された。

 謁見の間は冷房がキンキンに効いていて、夏だというのにゾクゾクと肌寒かった。なぜここまで部屋が冷却されているかというと、それは上段の間に鎮座する大きな機械群が熱に弱いためらしい。

 室内、とりわけ上段の間には、小型のタンスくらいある電子機器が所狭しと並んでいて、たくさんのケーブルで連結されている。それはこの和風建築の中においては特に異様な光景だった。

「たくさん並んでるあの機械は何?」と宵子。

「あれはメインフレームだ」

「めいんふれーむ?」

 宵子には聞き慣れない言葉だった。

「汎用コンピュータとも言うな。麒族との戦いを優位に運ぶために用意された、選りすぐりの電子頭脳というわけさ」

「はあ」

「意外か?」

「汎用コンピュータがどういうものか、私にはよく分からないけど……それが神社にあるのは何だか不思議」

「日頃から、最新のテクノロジーを導入するのは美鶴神社が得意とするところだからな。まあ、それが美鶴御前の主義に通じるからだが――コンピュータが、麒族との戦いにどれだけの戦果をあげてくれるのかは、まだまだ未知数の部分も多い。そういう意味ではこれからの機械とも言えるな」

「マイコンというのとは違うの?」

「本質的には同じだ。それの凄いやつだと思えばいい」

「凄いやつ……」

「だって大きいだろ?」

「……うん」

 確かに大きくて凄そうな機械だ。未来科学とはこのようなものを言うのかも知れない。

 なぜ謁見の間のようなところにコンピュータが置いてあるのかと、初めは疑問に思ったが、その用途を考えると、なるほど理にかなっているのだろう。

 これが時代の変化ということか。

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