朝が来る
ジリジリとした痛みが眠っていた意識を揺り起こす。神経を炙られるような痛みとともに目蓋を開けると、瞳を煮えさせるような陽光がなだれ込んできた。
感じたこともない痛苦に頭を抑えて転げ回る。かねてより皮膚を傷つけていた小石や落ちた枝葉が、私自身の動きでより深く体に食い込み、皮膚片を削ぎ落とす。
逃げ場がないと必死の思いで木陰の深い場所にたどり着いて荒く呼吸を繰り返す。恐らく肺は機能していないのだろうとは、どれほど呼吸を繰り返したところで上下しない胸や、単に空気を取り込む際に唇や喉が震えているだけなのであろう音を感じることで思い至る。
呼吸も痛覚も、きっと生きている時の錯覚なのだ。今の私は死者なのであるから、どれほど心身の疲労を感じようと、激しく体を動かそうと、体は酸素を必要とせず、そもそも酸素を取り込む機能自体が失われているのだ。
こうして体を動かし、考えをめぐらせる事は出来ているのだから、脳のような物は動いていて、生前の記憶や思い込みでこの体に僅かに残る様々な感覚に対して反応をしているのに過ぎないのだろう。
そう思うと、痛みも苦しみも、少しはやわらいだような気がする。太陽の光も、季節に相応しい程度の明るさであるように感じる。
幼い頃に何度か見た、ゾンビの出てくる作品の多くでは、彼らは日光を嫌い、時に清廉な朝日によって土塊に還るなどしていた記憶がある。陽光によって与えられた痛みも、恐らくその時の記憶による物だろう。
そう頭の中を整理すると、多少不格好ではあるけれど、再び体を動かす事ができるようになってきた。
考えようによっては多分にいい加減な生態である。ゾンビが陽光の中でも普通の活動ができているような物語が私の中に記憶として強く存在していれば、恐らくこのような苦しみを味わうことも無かったのだろうと思えば自らの読書体験の浅さを悔やむばかりだ。
どうしてこのような造形でよみがえってしまったのか、神ならぬ我が身には知るよしもなく、理解できずとも受け入れるしか無いのだと諦める。
それよりも彼だ。
朝が来たならば、すぐにでも彼のもとに向かいたいと気持ちが逸るが、私の中に僅かながらでも残る生前の記憶がそれを咎める。
こんな姿で会いに行くのか。
起き抜けの身嗜みも整えずに人前に姿をさらけ出すのか。
おおよそ妙齢の女性ならば考えにくいその行動を、私は自制する。いくら生きていないとはいえ、思考できる以上最低限のマナーのようなものは守らねばならない。
そう思い、手櫛で髪を整える。
やはり地面で眠り、痛みに転げ回ったせいか、ぷちぷちと音を立てて土や木の葉、それから何やら白や黒の汚ならしいものが落ちる。
やはり整えておいて良かった。
こんな汚れた体では彼に会っても笑われてしまうところだった。流石に殺された上に物笑いの種にされてしまうのはおもしろくない。
ならば水浴びでもして体も洗いたいところだ。見える範囲で体の付着物はとれたけれど、顔や背中には限界がある。
ゆっくりと時間をかけて山を降りる。記憶が確かならば、広い道に出れば小さな公園があったはずだ。そこの水道を借りよう。
時計がないから時間を知ることができないけれど、公園には人気が無い。かわりに何か動物のようなものが見えた気がしたけれど、すぐにいなくなってしまった。
残念だ。朝食をとれていないからこの機会にと思ったけれど、このゆっくりとした動きでは追い付けないほど彼らは機敏であった。
随分大きな動物に見えたけれど、この辺りにはクマでもでるのだったか。
それを考えても仕方ないので、公衆トイレの鏡でまずは自分の顔を確認する。
長い間埋められ、汚れや痛みに苦しんだのだからどれほど酷いことになっているのかと、内心で恐れていたけれど、どうやらそれほど激しい損傷は無いらしい。
生前に毎朝見ていた鏡越しのイメージと遜色が無いのだから驚きだ。無意識に顔を庇っていたのだろうか。死してなお女性である自分が少し嬉しくなる。
ならば簡単に顔を洗うだけでも良いのだろうと思い、水道の水で手を洗い、顔を清める。不思議なもので、鏡で見た時には分からなかった赤黒い付着物が次々と落ちていく。
ただ、顔を上げて鏡を確認してもそれらしき汚れは見当たらないから、おそらくもう大丈夫だろう。
服の傷みは諦める他無い。
買い物をしようにも財布もスマートフォンも無いのだから、衣類を手に入れる術がない。
この汚れて破れた衣類の代償も彼に求めよう。そう思って公園の出入口に振り替えると、また見慣れない動物がいた。
彼らは遠巻きに私を見つめ、なにかしらの鳴き声をあげている。二足歩行で、一見するとクマよりもサルに近いその見た目の動物を、やはり私は知らないと思う。
試しに近づいてみると、やはり彼らは散り散りに逃げてしまう。野生動物の警戒心はやはり強いのだろう。
そのような不思議な出会いを楽しみつつ、彼に再会するために歩こう。多少距離があるような覚えがあるけれど、今なら充分歩いていけるという確信があった。
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