思い
彼に会う、と、そう決めたのは良いけれど目覚めたばかりだからだろうか、酷く体が重たい。
言いようもない程に不快な感覚。酷い筋肉痛を味わっているようでもあり、いつまでも痛みのとれない火傷を患っているようでもある。
この体を引きずって山を降りるのは随分と時間がかかりそうだ。試しに足をあげ、2、3歩歩いてみたところ、強張った関節と乾ききった皮膚が互いに引っ張りあい、間にある肉を引き裂くような痛みが走った。
思わず悲鳴を上げると、使っていなかった声帯が軋むような音、続けて喉に詰まっていたらしい泥が吐き気と共に込み上げてくる。
これでは彼に会いに行くどころではない。
痛む体を引きずって、身を預けるのに相応しい大木に寄りかかる。
背中に固い樹皮が痛いが、座って休めるだけでも随分と違う。肩の力を抜いて、行儀悪く地面に足を投げ出す姿はあまり他人に見せられる物ではない。
そうと思えば今が夜で、ここが人も通らぬ山中で良かったと心から思えた。それだけは彼に感謝しても良い程だ。
自分を殺した相手に感謝、というのも随分とおかしな話であるとは思うが、彼が私をもう少し人目に付くところで殺していたならば、こうして行儀の悪い姿勢で体を休める事も出来なかったし、断続的に繰り返す痛みや苦しみに耐えられず人目も憚らず叫び声を上げることも出来なかっただろう。
いや、そもそも他人に見付かっていたならば、彼は殺人の罪を司法によって裁かれ、私の遺体は適切な手順に沿って葬儀を行われた上で火葬され、骨となって家族と最期の別れを交わし、曾祖父母や祖父母の眠る墓に埋葬されていたのだろうから、こうして蘇りを体験することも無かったかもしれない。
そうであるなら、私は彼に感謝する必要も彼を許す道理も無い。こうして蘇るということ事態が本来あり得ない事であり、家族と最期の別れを交わす事が出来なかったというのもまた、あってはいけないことだと思うのだ。
だから、今はこの痛みを耐え、彼と出会うために体を休めよう。朝になればきっと少しはこの体にも慣れているはずだ。
幸い、生きている時には気付かなかったが、山には美味しそうな匂いが漂っていて、時々近づいてくるそれらを食べれば食うには困らないようだ。
肉を食み、草を噛り、水を啜る。
手掴みで食事を取るというのも品がないと窘められてしまうところだろうけれど。ここには誰もいないのだ、生きるためには構っていられない。
それに、生前はキャンプや海水浴も楽しんでいたし、バーベキューのようなものだと思えば、そんな罪の意識も薄れ、むしろ楽しい事をしているような気分にもなってくる。
ああ、彼に会うのが楽しみだ。
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