第40話 帰って来いといわれても

「ちょっと、何? あなた達、いったい何しているの?」 


 全員見知った村人だ。昔庄屋を務めていた農家の春樹。身体が大きく頑強な則安。それに寺の息子の明彦。村長の息子の太一。村の青年団で若者を代表する面々だ。


「村の神様が怒っているんだ。巫女神様が出て行ったから」

 と春樹が言う。


「そうだよ。高梨のお嬢さん、帰って来てくれないか?」


 明彦が訴えて来る。村の寺族はみな唯を高梨のお嬢さんと呼んでいた。


 村では高梨家は特別扱いで、皆一歩引いてつきあっていた。


 彼らに囲まれ、あと一歩でマンションなのに動けない。


「ちょっと待って。村に帰れるわけないじゃない。叔父さん一家に家を乗っ取られたんだから。というか何で私がここに住んでいることを知っているの?」


「それは高梨の自称叔父家族から聞いた。だが、あいつらはもう村にはいない。あの家は空っぽだ。だから、村に帰って来てくれ」


 則安が言う。


「空っぽって。叔父さん達はどこへ行ったの?」


 唯は驚愕した。いつ間にそんなことに。


「あいつらは罰を受けた。巫女様を追い出したから、禍が降りかかったんだ」


 太一が真顔で言うので、唯は恐怖を覚えた。妙に迷信深い。


「ちょっと罰って何? 禍ってなんこと?」


「あの村は業が深い。昔、旅人や落ち武者を殺しては、金品を奪っていたという年寄りたちの話は聞いているだろう? とにかく高梨家がないと村は大変なんだ。日照りが続いて雨が降らないし、そのうえ、害虫の被害もあって作物が育ったないんだ。それに狐憑きの子が生まれてくるかもしれない」


 体の大きな安則がずいと一歩前にでて訴えるので、唯は思わず後退りした。ちょっと相手が何をいっているのかわからなくて混乱する。


「は? 狐憑き? 初めて聞いた話なんだけど。それに、日照りとか害虫とか、私に何の関係があるの?」


 彼らのいう事が全く分からない。早く追い返さなければ、小弥太がかわいそうだ。


「だから、俺らの住んでいる村だけ雨がふらないんだ。周りには降っているのに、いつまでも暑くて秋が来ないんだ。それに作物も育ちが悪い。今までは水源があるから、どうにかなっていた。だが、それも最近では枯れかけてきている。こままじゃ淵が消えてしまう」


 村の象徴のような綺麗な淵が枯れてしまうのは心配だが、唯は突然そんなことを言い出す彼らが不気味でたまらない。

 確かに田舎の村だったが、彼らがそこまで迷信深い人たちだとは思わなかった。


「やだ。どうしちゃったの? それ私が帰ったからって、どうにもならないよ?」

 

「違う。高梨が帰ってくればおさまる。刀自とじから何もきいていないのか? 高梨家が来てから、あの土地は鎮まったんだ」


 刀自とは唯の祖母のことだ。村の者たちから彼女はそう呼ばれていた。


「なんのこと? さっぱりわからないんだけれど。おばあちゃんはあの家に出来ればずっと住んで欲しいって言っていたけれど、村の人たちが見捨てるようなら出ていって構わないって言われた。別に叔父さん達が来たとき誰も助けてくれなかったから、怒っているわけじゃないよ。私にはもうこっちでの生活があるんだよ。

 それに、私が村に帰ったからって作物がよく取れるようにはならないでしょ? なんだかその考え方おかしいよ。もし、私が村に帰っても作物が育たなければ、私のせいになるってことでしょ。それってなんか怖い。村に水を引いたりとかできないの?」


 そういえば、村には干ばつの為に龍神の生贄になった少女の言い伝えがある。唯はそれを思い出しぞくりとした。まさか彼らはそんな話を信じているのだろうか?



「村の予算は限られているし、何度かやろうとしたが、その度に事故が起こって中止になるんだ」


 太一が暗い表情で言う。


「だから、どうにか帰って来てもらえませんか? それで神様のお怒りを鎮めてください。お嬢さんは子供の頃にも村の為にやってくれたじゃないですか」


 村を代表するように寺の息子の明彦が言う。


「子供の頃?」


 彼らが何を言っているのか唯にはさっぱりわからない。則安が唯の腕をつかむ。


「とりあえず車に乗ってくれ!」


 彼らに引きずられて行きそうになった瞬間、眩い光が辺りに溢れ、耳の奥にキーンという高い音が響いて、唯は思わず耳を塞いだ。

 

 再び目を開けた時には村の男たちは皆地べたに転がってた。


 そして唯を背に庇うように小弥太が前にたっている。さっきまで髪色を黒くかえていたのに、今は本来の白銀に戻っている。そして、転がった男達が這い、うめき声をあげて恐怖に震えあがって子供姿の小弥太を凝視している。


 唯はちっとも怖いと感じないが、彼らからしたら白銀の髪と金色に光る瞳を持つ小弥太は恐ろしい存在なのかもしれない。

 例え姿が子供であっても。


「貴様ら、いったいどういうつもりだ? 巫女に対して何の敬意もない。村を守護する者を見捨てておいて、困れば、無理矢理連れ戻そうとする。そんな都合の良いものではないぞ! 二度とここへは来るな。今すぐ帰るならば、手は出さない。だが、この娘をどうしても連れ帰るというのならば、お前らをこの場で殺す」


 小弥太が一喝する。


 男たちは恐怖に震え、唯はびっくりした。


 小弥太がとんでもないことを言っているので止めなければと思うのに、体が動かない。金縛りだ。普段は体温も鼓動も感じるのに彼はやはり妖なのだ。いきなりぐんと遠い存在に感じる。


 ふっと体が軽くなり動くようになったかと思うと村の男たちは這う這うの体で逃げていった。


「小弥太、ダメでしょ! 殺すなんて言っちゃ」

 安堵と怒りがないまぜになり唯は涙ぐんだ。


「ただの脅しだ。問題ない」

 いつもの調子で小弥太が答える。それを聞いて、がっくりと気が抜けた。


「……問題なくはないけれど。とりあえず助けてくれてありがとう。家に入って一休みしようか」

 

 小弥太のお陰で一難去った。あやうく村に攫われるところだった。いまのは立派な誘拐だと思う。


「俺は水ようかんが食べたい」


 いつもの彼にもどっていて、琥珀色の澄んだ瞳を唯に向ける。


「でもさあ、小弥太。守護するって何?  私、村を守った覚えなんてないよ。おばあちゃんから何も聞いていなし」

 唯はマンションのエントランスに入り、エレベーターのボタンを押して小弥太に問いかける。

「おそらく、お前は子供の頃祟り神と戦って村を守ったのだろう。犬の死がショックですべてを忘れたんだ」


「え? まさか? そんな、私なんにも出来ないよ」

 と唯がいうと小弥太が珍しく苦笑した。


「お前のばあ様は、お前に背負わせたくなかったのだろう」

 落ち着いていて静かな口調。

 それが玲と重なりどきりとする。本当はいつでも大人の姿になれるのに、唯が子供のままがいいと言ったから、この姿でいてくれるのかもしれない。


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