第41話 日常へ

 あの事件から、大学はしばらく大騒ぎになっていた。


 サークル副会長の敷島かおりが消えてしまったのだ。そのうえ阿藤はサークル棟で謎の大けがを負い入院中。救急車で運び出されるところを目撃されていたらしい。


 しばらくサークル棟4階は閉鎖され、学生たちの恰好の噂のネタとなった。


 詳細を聞くならサークルの人間しかいないということで、唯はしつこく聞いてくる輩から逃げ回りつつ、授業を受けた。


 そのため、ここのところ学内の図書館をさけ、大学のそばにあるコーヒーショップで勉強をしている。家に帰ると小弥太とまったりするか、遊んでしまうからだ。


 と、そこへ村瀬がやって来た。断りもなく、当然のように唯の前にコーヒーのカップを持って腰を下ろす。


 村瀬はあれからもケロッとして学生を続けている。紅顔で厚顔な男だ。


「大学やめるかと思いました。まだ学生をやってらっしゃるんですね」


 唯が平板な口調で言う。


「仕事が終わっていない。とういうかなぜ敬語なんだ。やめろ。擬態がバレる」


 村瀬が嫌そうな顔をする。


「四年生までにここでの仕事が終わらなかったら、留年って設定にするの?」


 図々しい彼ならば平気でやりそうだ。


「それは困るが、多分大丈夫だろう」

「そういえば。合宿の時なんで祠にみんなで行こうって話になったとき止めなかったの? 一番年上だし、あんな悪ふざけ、社会人なんだから止めてくれてもよかったんじゃない? それに寺の息子でしょ」


「ああ、あの場所をお調子者の阿藤に教えたのは俺なんだ」


 村瀬の発言に唯は唖然とした。


「は? なんだってまたそんなことをしたの」


 知らず詰問口調になってしまう。


「あの祠は調査対象だったんだ。中世の頃の強い妖が封じられているんじゃないかと」


 小弥太はもともと彼らに目をつけられていたのだろうか。


「合宿がたまたまあの場所だったんだね」

「違う、単純な阿藤を誘導して合宿場所をあそこに決めさせた」

「怖っ! あなた学生相手にいったい何をしているの?」


 裏の顔が黒すぎる。やはり唯が最初に思った通り爽やかな笑顔は胡散臭かった。


「何を言っているんだ、お前。俺のお陰で狐様に会えたんじゃないか?」

「まあ、確かにそうだけれど……」


 あそこで小弥太に会えていなければ、今頃自分はどうなっていたのだろうかと思うと怖い。そう考えると今無事に生きているのは小弥太のお陰だ。


「そうだ。高梨はまだ就活どの分野に絞るか決めていないんだろ? うちにこないか? 俺リクルーターも兼ねてここにいるんだ。なんだったら、推薦してやろう? 俺も在学中にスカウトされたんだ」


 とんでもない男だ。


「やだ。物騒過ぎるよ」


 唯は首を横に振る。血を吸う妖と戦うなんて御免だ。それに小弥太と平和に生きていこうと決めている。


 その時なだれ込むようにコーヒーショップに男子学生ががやがやと入ってきた。


「よう、村瀬、今日の合コン忘れるなよ!」


 村瀬の友人たちのようだ。彼は無駄に交友範囲が広い。これも情報収集とかリクルートのとかの為だろうか。計算高すぎて引く。


「あれ? 高梨さんがいる」


 男子学生に声をかけられたが、唯は彼らを知らない。ままこういうことは起こる。


 唯は適当に微笑んで席を立とうとした。もう少しここで静かに勉強したかったのにと思いつつ。家に帰るとつい小弥太と遊びたくなり、勉強にならないのだ。


 席を立つとすかさず男子学生に誘われた。


「高梨さん! 七時からの合コン飛び入り参加しない? せっかく知り合えたんだし、村瀬と付き合ってないんだよね? こいつ彼女いないって言ってたし」


「ああ、ごめんなさい。私、バイトがあるから」


 唯は笑顔で、一番無難な断り方をした。


 何だかんだと唯のストレスの多い生活は幕を閉じ、勉強とバイトに明け暮れる平和な大学生活が始まっていた。もう、村瀬とのことを変に勘ぐってキイキイ言ってくる者もいない。


 唯は帰りに小弥太の為に、おはぎを買って帰ることにした。祖母がよく作ってくれたが、豆を焚くのが大変だ。それに加えて、もみじをかたどった練り切りを選んだ。


 店から外にでると空はすっかり秋の色で、夏よりもずっと高く遠くなっている。


 唯は小弥太の待つ家に帰った。


「小弥太、ただいま!」

 家に帰ると、小弥太はテレビを見ているのではなく本を読んでいた。見ると英語で書かれたペーパーバッグ。表紙にシドニィ・シェルダンと書いてあった。


「まさかとは思うけれど、小弥太それ読めるの?」


 英語を勉強しはじめていくらも経っていない。唯ですら多分読み通せない。英語で書かれた小説や絵本の類はその文化圏にいなければ、理解するのは難しいのだ。


「どこまでも詐欺師な女の話だった。テンポがよくて読みやすい」

「というか、その本どうしたの。ん? 図書館の本じゃん、いつの間に借りたの?」


 すると小弥太が唯に図書カードを見せる。そこにはタカナシコヤタ

と刻まれていた。


「ええ! ちょっとまって、これ身分証ないと作れないでしょ? いったいどうしたの?」


「瑞連に頼んだ」


「はい?」


 唯は驚愕に目を見開いた。


「あの、それ、違法なんじゃ……」


 小弥太は澄まし顔で、お茶を淹れ始めた。


 唯が和菓子を買ってきたことを察したのだ。何て気が利くのだろう。もう小弥太無しの生活なんで考えられない。唯は極力疑惑には突っ込まないことにした。


「そういえば、小弥太が追っ払って以来、田舎から人が来なくなったね」

「当然だ。あいつらは、ここに近寄れない」


 小弥太が、淡々と言う。


「それ前も言っていたよね。叔父さん達がどうなったのかもちょっと気になるし」

「ああいうやからは逞しい。どこかで元気に生きているはずだ」


「まあ、確かに逞しいよね。はあ、……村、どうなったのかな。雨降っているといいなあ」

 

「心配なのか?」

「そりゃあ、心配になるよ。困っているみたいだったしね。よくおばあちゃんが村の人の相談にのっていたから、今度は私がそうなくちゃならないのかなって、村にいる頃は思ってたから。それに、あそこには綺麗な淵があってね。あの淵が枯れてなくなっちゃうのは嫌だな」


 唯は綺麗に彩られた練りきりを一口大に切り分けて食べる。


「ならば一度村へ行ってみるか?」


 小弥太がおはぎを食べながら淡々と聞いてくる。


「うーん、それも考えたんだけれど、様子を見にいってすぐに帰れるような雰囲気じゃないんだよね。なんなら大学やめさせられそうな勢いだった。一度帰ったら、村から出られるかな?」


 つい二の足を踏んでしまう。しかし小弥太は聞いているのかいないのか。


「唯、今日は秋祭りがある。一緒に行こう」


 狐様はときどき突然思い立つ。


「え? 秋祭り? どこで?」

「お前のバイト先の神社でだ」

「そんな話聞いてないよ?」


 瑞穂も瑞連も、社務所の人達も亨も言っていなかったように思う。唯は手伝いに行かなくていいのだろうか。教えてもらえなかったことが、ちょっと寂しい。


「俺は、聞いている。行こう。故郷が気になるのだろう?」

「故郷と秋祭りって何か関係があるの?」


「いいから、浴衣に着替えろ」


 さすが神様、小弥太はときに強引だ。

 

「そうだね。雰囲気あるよね。浴衣の方が」

 

 風はだいぶ涼しくなってきたが、相変わらずの異常気象で秋に入っても、それなりに暑い。だからきっと浴衣でちょうどいい。


 唯はいそいそと出かける準備を始めた。前回の小弥太といった夏祭りもとても楽しかった。


 今回も楽しめるはず。

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