第38話 攻防の果て

「そんな事より、村瀬を起こさねば」


 小弥太の言葉で唯は、うつぶせに床に倒れている村瀬に気付いた。そして阿藤もピクリとも動かない。


「大丈夫。二人とも死んではいない。こいつには事態を収拾してもらう」


 そういって、小弥太は村瀬を小突く。


「おい、起きろ小童こわっぱ


 すると村瀬がうなりながら目覚める。


「くそっ、いってぇ」

 おもむろに起き上がり、床に座って小弥太を見上げぎょっとする。


「やっぱり、とんでもない大物の妖だな」


 村瀬が、若干顔を引きつらせる。

 

「不甲斐ないお前の代わりに、こいつは倒してやったぞ。後の始末はつけておけ。これで貸し借りはなしだ。二度と唯を利用するなよ」


 口調は平板だが、小弥太が腹を立てているのが、そこはかとなく伝わる。


「やめてくれよ。人聞きの悪い」

 と言って村瀬は苦笑を浮かべ首をふる。


「鬼をいぶりだすためとはいえ、次に唯を利用したら殺す」

 唯は小弥太の言葉にぎょっとした。


「ちょっと小弥太何を言っているの?」


「唯、騙さるな。こいつは学生なんかじゃない。中務なかつかさ省の役人だ。あの小賢しい機関が、まだこの国に存在していたとはな」

「はい?」


 唯の目が点になる。その時、阿藤が苦しそうにうめき声をあげた。


「面倒くさい事になる前に逃げるぞ」


 そう言って小弥太は、唯は抱え上げた。綺麗な顔が目前に迫って唯はどきりとした。


「ちょっと、小弥太何やってんの? おろしてよ! 恥ずかしい」


 唯が騒ぐ間にも小弥太は窓を大きくあけ放つ。窓枠に片足をかけた。その瞬間小弥太が何をする気なのか唯は察した。


「うわー! ちょっと待った! 死ぬってここ四階だから! 飛び降りたら余裕で死ねる。むしろ死ぬ気しかないから! うわーーっ!」


 叫びもむなしく小弥太は飛翔した。唯の意識はそのまま遠のく。




 ♢




「で、結局、何がどうなったの?」


 テーブルには生姜焼き、キャベツの千切りに串切りのトマト、揚げと豆腐の味噌汁がなられていた。すべて小弥太が作ってくれたものだ。


「何も」

 朝からずいぶんと豪勢だ。しかし、唯はとてもお腹がすいている。箸を動かすのに忙しい。


「いやいや、あの後、私気絶したし。何がどうなったのか、さっぱりなのだけれど。てかもう二度と4階から飛び降りるのはやめてよね」


「わかった。以後気をつけよう。後始末は村瀬がどうにかしたんじゃないか?」


 子供姿の小弥太はもくもくとキャベツを食べている。一生懸命食べるそのすがたが可愛い。


「さすがに、今回は無関係では済ませられないよね。サークル棟に入るところ誰かに見られているかもしれないし。警察が来るかもね」

 と言って唯はため息をついた。


「そんなことより、お前は今日バイトだろう」

「やだなあ、小弥太何言ってんのバイトは明日だよ」

 唯はぽりぽりと頭をかく。


「いや、今日だ。お前は丸一日寝ていた」


 慌ててスマホを見ると今日は土曜日で、唯の金曜日は睡眠にとかされていた。


「え! うそ、まじで。やばい一年の時は大学、休んだことなかったのに……また休んじゃった」


 地味にショックだ。


「お前がずいぶんと多くの生気を送り込んでくれたおかげで、俺は全く疲れていない」

 小弥太が味噌汁を飲みながらしれっと言う。


「ええ、何それ? そのうち私死んじゃうんじゃ……」

「それはない。お前と俺は共生関係にある」

「きょうせいって?」

「お互いに必要だということだ」

 小弥太が琥珀の瞳を唯にまっすぐ向ける。


「クマノミとイソギンチャクみたいなってこと?」

「間抜けなたとえだが、間違ってはいない」

「つまり、小弥太は私を守ってくれる代わりに、私は……」

 生気のようなものを吸われるということだろうか。


「お前といると、俺の力が戻って来る」

「なるほど、わかった」

「唯、お喋りはそのくらいにしてさっさ食え、大学ばかりではなくバイトもさぼるつもりか」


 見た目十歳の小弥太にたしなめられ、唯は大慌てて食べ終えると出かける準備をした。本当に母親のようだ。「お母さん」と呼んだら怒るだろうか。





 バイトについて来た小弥太とは社務所で別れ、唯は竹ぼうきを持ち境内へ掃除に向かう。その後はまた宝物殿の手伝いだ。ここの神社は人気でいつも参拝客がいる。


 境内を掃いていると

「高梨」

 と呼ぶ声が。

 顔を上げるとスーツ姿の村瀬がこちらに向かって歩いてくる。


 まだ唯と同い年のはずなのに、スーツが板についている。イケメンは何を着ても似合うのだなと思った。


「とりあえず、村瀬君が無事よかった。病院にも留置所にも行かなくてすんだんだね」


 妖に結構ボコられていたように思うが、意外に彼は元気そうだ。


「本当に心配してたのかよ。普通は連絡くらいよこさないか?」

「何いってんのよ。それはお互い様でしょ?」

「ああ、狐様が何も言わなかったんだな」

「え? 小弥太のこと」

 村瀬まで小弥太のことを狐様と呼ぶようになった。


「俺、昨日一日阿藤先輩と検査入院したんだけれど」

「え! それは、大変だったね。阿藤先輩はどうなの?」

「4週間ほど入院するようだ。彼は腕が折れていた」

 気の毒としか言いようがない。


「阿藤先輩、たまたまあそこにいて、巻きまれた感じだよね」

「それはない。悪気はなくとも率先して噂を拡散していたんだから、完全な被害者ではないよ」

 村瀬はクールだ。


「で、村瀬君、就活には早いよね。そのスーツは?」

「これがリクルートに見えるか?」

 二人がそんなことを話していると


「村瀬」

 と瑞連が彼を呼ぶ。唯はびっくりした。彼は玉砂利を踏みながら二人のそばに近づいてくる。


「瑞連さんと知り合いなの?」

「おい、うちのバイトにみだりに声をかけないでくれるか?」

 瑞連が珍しく渋い顔をする。


「やだな。高梨とは同級生だよ」

 村瀬と瑞連は親しげな口を利いている。しかも村瀬は年上の瑞連にため口だ。


「高梨さん、彼に騙されないでくださいね」

 と言って瑞連が村瀬に胡乱な視線を向ける。


「え?」

「こう見えても村瀬は僕の同窓生なんですよ」

 と瑞連が苦笑する。


「……ん? 待ってそれって? つまり村瀬君の年齢って」

「高梨、これ俺の名刺。以後お見知りおきを」


 そう言って村瀬が唯に差し出した名刺には

中務省なかつかさしょう 陰陽院 特別捜査官 村瀬渉』

 と書かれていた。


「え……」


 唯は驚いて村瀬から、瑞連に目を移す。そういえば、前にそんな部署が政府にあると瑞連に聞いた気がする。


「もちろん、高梨はこのことは皆に話さないよね。俺も高梨の高尚なペットについては秘密を守るよ」


 村瀬の言葉に唯は弾かれたように顔を上げる。


「瑞連さん、村瀬君のいう事は本当なんですか?」

「ああ、残念ながら」

 瑞連がそう言うなら信じるしかない。


「俺、信用ないんだな。ずいぶんお前のことは助けてやった気がするんだが」

 とぶつくさと言う。


「というか陰陽って、寺の息子だって言っていたのに。しかも数珠持ってなかった?」


「陰陽院は名前が残っているだけで、僧侶どころかエクソシストもいるよ」


「何それ! とりあえず、もうこれで貸し借りとなしだからね」

 唯はきっぱりと言った。


「その通りだよ。高梨さん、こいつはあまり付き合わなくていいからね。それから、彼は二十歳じゃなくて、僕と同い年の二十四歳だから」


「ばらすなよ」

 村瀬が苦虫をかみつぶしたような顔をする。。


「ええええ!」

 唯の叫び境内のかなたに消えて行った。



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