第36話 再びサークル棟へ2
唯と村瀬は人けのない薄暗い廊下を歩いて行く。
いつもはざわついている廊下もいまは妙に静まり返っている。まるでそこだけ切り離された空間のように。唯は若干の息苦しさを覚えた。
サークル室の前で、村瀬の足が突然止まる。
「高梨はおおきな勘違いをしている」
彼はそう言ってガチャリとドアを開けた。
依然として小弥太はフェネックのまま。そろそろ人間になって状況を説明して欲しいところだ。村瀬を警戒しろとか言っていたのに、のこのこ一緒についてくるとは、どういうつもりだろう。
「あれ? どうしたの。村瀬……に、唯? 何で二人揃って、珍しい。もしかして実は交際してましたとか? そうだね、唯が辞めたのに来る理由ってそれしかないよね」
といって、かおりが微笑む。その隣には阿藤がいた。
「うっそ、唯ちゃん、本当に村瀬付き合ってんのか? 瀬戸がいなくなったから、オープンにするのか? ああ、俺、ショックだよお」
阿藤が衝撃を受けたように叫ぶ。
「違います! 絶対に違います。ちょっと村瀬君どういう事よ!」
唯が怒って村瀬を睨みつけた。あらぬ誤解を受けているのに村瀬は黙っている。
「いいから、高梨は黙っていろよ」
「もう、なんなのよ」
ぶつぶつ言いつつも唯は黙った。ここで村瀬と喧嘩をするより、さっさと彼の要件を済ませてもらおう。本当にこれで貸し借りはチャラだ。
また、おかしな噂が広がってやっかまれるのかと思うと少しうんざりする。
「敷島先輩、なんで瀬戸をけしかけたんですか? 俺も高梨も、とても迷惑しているんですが」
「やだな、けしかけたって何? なんの話し?」
とびっくりしたようにかおりが目を瞬く。
「じゃあ、瀬戸を煽ったって言いなおしましょうか? 俺が、最初は瀬戸のことを気に入っていたのに、美人な高梨に強引に言い寄られて隠れて付き合うようになった。でしたっけ? 敷島先輩がサークル内の女子にしていた話。その無責任な煽りによって、高梨は瀬戸に嫌がらせをされ、俺はストーキングされました」
一瞬かおりの顔から表情が抜ける。
「は? 何それ、かおり先輩がそんなこと言う訳ないじゃない」
いち早く反論したのはかおりではなく、唯だった。
「お前は! この件、解決しなくていいのかよ!」
村瀬に結構本気で怒られた。理不尽さが半端ないが、ぐっとこらえて黙り込む。後で覚えておけよと思いつつ。
「え? でも唯ちゃんって、村瀬のこと好きなんだろ?」
驚いたことに今度は阿藤が言う。
「違いますよ。先輩、絶対にそんなことないです」
だってこの人怪しいです、という言葉は飲み込んだ。
「敷島、唯ちゃんはああいいてるけど。本当のところどうなの?」
「どうなのって今、あんたの目の前で仲良さげにしているじゃない」
とかおりはさばさばとした悪気ない口調で言う。
「そんなことないです!」
唯は焦った。かおりはどうしてそんなことを言うのだろう。彼女の表情に口調に悪意は感じられない。
「じゃあ、二人揃ってどうしてここに来たの? 阿藤がいるから言いにくい?」
なぜ、そんな話になるのだろう。唯は混乱して目を白黒させた。
「お前は本当にいちいち動揺するな。相手の思うつぼじゃないか。使えない奴」
村瀬がぼそりとこぼす。
「ほら! いまの言葉聞きました? この人普段はさわやかぶっているけど、こんな人なんです。村瀬君は私のこと嫌いなんです。付き合っているわけないじゃないですか!」
唯がここぞとばかりに身の潔白を主張する。
「唯、そんなにむきにならなくていいよ。もう、マリヤもいないことだし、自分の気持ちに素直になって村瀬と付き合えば、私に村瀬のこと好きだって言ってたじゃない」
「え?」
今度こそ、唯の思考は停止した。そんなことをかおりに言った覚えは一度たりともない。なんなら、村瀬を好きだと思ったことも一度もない。
「ほらな、お前の信頼していた敷島先輩はああいう奴だ」
「嘘ですよね? 先輩」
唯の声が震える。
「ふふふ、もうむきになっちゃって、阿藤、席外しなよ。あんたがいたんじゃ唯だって話しにくいんだよ」
そんな言い方をすれば、ますます誤解される。噂のもとは阿藤やマリヤではなく。かおり?
「なんで信じてたんだか」
呆れたような村瀬が唯だけに聞こえるように小声で言う。
「ちょっと待った!」
そこで阿藤が再び割って入ってくる。
「俺、全く状況がよめないんだけれど。サークル内では村瀬を瀬戸と唯ちゃんで取り合ってたんじゃないの? それで、唯ちゃんが抜け駆けして村瀬に声をかけるから、敷島が瀬戸の相談にのって、明美ちゃんや浅野が瀬戸に加勢したんじゃないの」
阿藤は考えを整理しようとしているようだが、根本からして間違っている。村瀬の取り合いなどした覚えはない。黙っていようと思ったのに唯は耐えられなくなった。
「すごい、ショックです。私むっちゃ嫌われたんじゃない。かおりせんぱ……いいえ、敷島さん、私のことそんなに嫌いなら、サークルに引き留めなければよかったじゃないですか?」
唯は悔しかった。
「そんなこと出来ないよ。阿藤だって、井上だって、幸田だって、その他あんたがいるから、このサークルに入って来る男子もいたし」
「そんなことないでしょ?」
「おい、いちいち挑発に乗るなよ。馬鹿なのか? もう黙れよ」
と村瀬がかっかする唯を止め、かおりを見据えて語りだす。
「別にサークル活動が楽しければ、高梨なんていてもいなくても変わりないはずです。敷島先輩の目的は、女子同士をいがみ合わせて嫉妬させること、そのために見た目だけは綺麗で華やかな高梨を利用したんですよね?」
村瀬の褒めてのかけなしているのかわからに言葉に唯は複雑な気分になるが、自分がこの場から逃げられないことは察した。余計な口を挟まないとぐっと堪える。
彼はかおりがサークル内で密かにしてきた悪事を断罪しているのだ。
敷島かおりは皆の相談に乗るふりをして、実は人間関係をひっかきまわして、いがみ合わせていた……。
――本当に私は間抜けだ。舞香からもかおりには注意するように言われていたのに。
信じていたのものに裏切られる。ショックではあるが、それ以上に腹立たしい。
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