第12話 小弥太と朝ごはん

 部屋に着くと小弥太こやた草鞋わらじのまま上がろうとした。


「小弥太、待って、草鞋脱いで足拭くから」

 唯は濡れタオルで小弥太の足を拭いてやった。


「ねえ、小弥太、こんど人になる時、普通の子供服を着て化けられない?」


「化けるとか言うな。失礼だぞ。だか、この時代の子供服というのなら分かる。テレビで見た」

と頷いた。


 それから、小弥太が風呂に入りたいとうので湯をはる。フェネックの時は唯が洗ってやっていた。風呂から出て濡れてタオルに包まれている状態とその後、乾かした状態がたまらなくかわいい。そういえば、小弥太は風呂好きなフェネックだった。


「小弥太、一応言っておくけれど、いつも使っているシャンプーはペット用だから、今日はそっちの赤いの使って」


「ん? あの泡立つやつか? ペット用と人間用でなにが違うのだ?」

 小弥太が不思議そうに目を瞬いた。


「いいの気持ちの問題だから。あとパジャマおいておいたから」


 実は今日、外に出たついでに、念のため子供用のフリーサイズのトレーナーを買っておいたのだ。これから先、頻繁に人間になるようならば、一緒に服と靴を買いに行かなくてはならない。


 小弥太は風呂から出ると自分でドライヤーで髪を乾かし寝てしまった。唯がやるのを見て覚えたのだろう。素晴らしい学習能力だ。


 本当に手がかからない。そのうえ、寝つきもいい。妖というが、妙な親近感がある。ペットと家族の中間というか……。

 

 ただ時々ぞっと寒気を感じることがある。いずれにしても妖と人の間では倫理観や価値観が大きく違うのかもしれない。


 しかし、唯にとって小弥太はたいせつなものだ。

 

 今日は唯を守ってくれた。犬の小弥太のように。


「やっぱり、小弥太って名前やめようかな。私を庇って死んじゃうなんて嫌だよ」


 唯はポツリと呟いた。


 ♢



 次の朝目覚めると唯は小弥太を確認するため居間をのぞいた。澄んだ琥珀色の瞳が唯をじっと見る。


「おはよう。唯、腹減った」


 フェネックではなく人型だった。


「じゃあ、目玉焼きとパンとサラダでいい?」

「やだ」

 手がかからないは撤回だ。


「何がいいの?」

「米の飯。昨日の残りはないのか?」

 

 和食ならば残り物でいいらしい。


「ないよ。小弥太が全部食べちゃったじゃない」


 冷蔵庫を開けるとほうれん草と卵、絹ごし豆腐が残っていた。


 ご飯は冷凍しておいたものを温めることにした。それから、ほうれん草を刻む。鍋にだしを煮たてて火を止めて味噌を溶かし、再び火にかけほうれん草とさいの目に切った豆腐を入れた。全部祖母と同じやり方だ。


 それから、だし巻き卵を作り、味付け海苔を出す。とても簡単な朝ごはんの出来上がりだ。鮭でもあればいいのだが、生憎冷蔵庫は殆ど空となった。


「小弥太。テーブル拭いて」


 ふきんを渡すとちゃんと拭いてくれた。こういうことは分かっているようだ。


「お味噌汁運んで」

「わかった」


 素直に運んでくれる。食器は殆ど百均でそろえたものだ。


 小弥太はローテーブルの端にちょこんと正座し、食べ始める。お箸もちゃんと持てている。これで妖と言われても変化するところ見ていなければ、信じられない。


 確かに瞳の色は琥珀で髪の色は白銀ではあるが……。今朝はパジャマ代わりのトレーナの上下を着ている。唯は、あっという間に妖という存在になれしまった。


 今までかかわりのないものだったのに不思議と違和感がない。唯の日常にしっくり馴染んでいる。


「ねえ、小弥太ってパンは嫌いなの? この間はシチュー美味しいって食べていたじゃない」

「うん、今度はハンバーグが食べたいぞ」

「いや、だから、パンは嫌い?」


「フランスパンというものは美味しいが、お前が朝食べるトーストいうものは嫌だ。白い部分はいいが、周りの茶色いところがまずい」

 そうは言っても小弥太はいつも残さず食べてくれていた。そいうところは行儀がいい。


「ふふふ、小弥太、やっぱり子供だね。私も子どもの頃パンの耳きらいだったよ」


「馬鹿をいえ、俺は子供ではない。あのようなものを美味しいと言う方がどうかしているのだ」

と小弥太はむきになるでもなく淡々と言う。言っていることは子供だが、喋り方は子供らしくない。


「そういえば、お前は、お守りを持っているだろう」

「え?」

「お前がばあさんから貰ったというお守りだ」


「どうして小弥太が知っているの」

 唯が不思議そうに目を瞬く。


「散々話していたではないか」


 そういえば、フェネック相手に実家での思い出や親戚の愚痴を零していた。あれはペットにだからできたことで、子供相手に愚痴っていたかと思うと恥ずかしい。彼は全部覚えているのだろうか? ちょっと気まずい。


「あるけれど」

「それを見せてみろ」


 唯はいつも持っている鞄からお守り袋をだして小弥太に渡す。すると彼はその袋を開いた。


「駄目だよ。小弥太、お守りの袋は開けるとご利益がなくなっちゃうんだよ」


 慌てて注意するがもう遅い。小弥太は中身を取り出していた。


「問題ない。もうこれにご利益はないから」

「え?」


 小弥太の手のひらにあるそれは真っ黒に染まっていた。


「嘘……」

「お前を守って力を失ったんだ。あの神社で、お焚き上げでもしてもらうんだな」


「こんなことって」


 唯は小弥太から真っ黒に染まったお守りを受け取った。きっとそこには何かの文字が刻まれていたのだろう。


「おばあちゃん、今までありがとう」

 唯はお守りをそっと手にのせ心の中で祖母に手を合わせた。


「それはそうと、お前は今まで死にそうな目に合ったことはあるか?」


「大きな病気やけがをしたことはないよ。私丈夫だから。危ない目にはあったけれど」


「危ない目とは昨日の晩のようなことか?」

「そうねえ。東京に来てから、よく変な人においまわされることはあったなあ」


「故郷では?」


「一度、綾香あやかちゃんに、川に落とされたことがあるかな。よく助かったなってみんなおどろいてた。そうそう、綾香ちゃんて叔父さんのところの高校生の娘で、私とは従姉妹よりずっと遠い関係なんだけれど。あれ、高校生だったのは実家をでるまえだったらから、もう卒業してたかな」


 小弥太は面倒くさそうに軽く手を振り、唯の話を遮った


「どこから川に落とされたんだ」

「崖。前日大雨でね。川が増水してたんだ。でも、運よく岸に引っ掛かって、擦り傷程度で助かったの。地元の人たちがよく助かったもんだって驚いてたよ。村のお年寄りなんか龍神様のご加護だなんて言ってた」


「そのとき、お前のばあさんはもう死んでいたのか?」

 

「うん、おばあちゃんが亡くなった年だったから。きっとおばあちゃんが、守ってくれていたのね」

 唯がしみじみと言う。


「お前は、能天気な奴だ。増水した川に人を落とすなど……。そういうのを殺人未遂って言うんだろ」


「凄い! 小弥太、そんな言葉、どこで覚えたの?」

「テレビだ」

「小弥太はテレビが教科書なんだね!」


「お前が何も教えてくれないからな」

「……わかった、今度、本でも買ってくるよ」


 そうだ。小弥太は子供の姿で、この時代の事を何も知らない妖だから、保護者は自分だ。彼がこの時代に順応できるようにいろいろと教えてあげなければ。


「いらない。本は高価なのだろう? その代わり、図書館に連れて行け」

「え! どうして図書館なんて知っているの? というか、字が読めるの? それもテレビで覚えたの?」


「字は何となく覚えた。むしろ昔より簡易化されているようだ。図書館は、お前が本を返さなきゃとかぶつぶつ言っていただろ」


 なぜか、小弥太が人型だと力関係が逆転する。見た目は子供なのに、なんだか負けている気がする。


「小弥太ってもしかして私より賢いの? それと小弥太の言う昔っていつ?」


「さあ、よく覚えていない。だが、祠にいた間にだいぶ時間がたったのは分かる。それから、俺が賢いかどうかより、ふつうは自分が間抜けかどうか疑わないか?」


 そう言って小弥太は不思議そうに小首を傾げて唯を見る。その琥珀の瞳に他意はなく、澄んでいた。きっと本当に疑問に思っているのだろう。それだけに刺さる。


「……だよね」


 唯は反論を諦めた。いままで、学校ではトップクラスの成績をおさめてきていたので、自分が間抜けなどと思ったこともなかった。




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