第11話 夜道には気を付けて

 舞香とは最寄駅から電車に乗って20分ほどのターミナル駅で会った。


 早速二人はホテルのケーキバイキングに入る。そして目の前にはこんもりとケーキが盛られたプレートがあった。


「で、舞香の方は昨日どうだったの?」

「いやあ、今日、あんたと直接会ってケーキやけ食いしていることで、お察しでしょ」


 喋りながらも舞香は栗の欠片が乗ったモンブランを搔っ込むように食べる。


「運命の彼がいなかったのね」


 唯はいちごムースを一口すくう。


「そうよ。彼に会うために東京に出て来たのに」


 舞香は子供の頃に二年ほど東京に住んでいて、その頃の出会った男の子を『運命の彼』と呼び探している。なんでも凄いイケメンなのだそうだ。


「大人になったら、もっとやばいくらいのイケメンになってるから!」


というのが舞香の弁だ。そのために合コンにはかかさず参加し、イケメンがいると聞くと東京中どこへでも足を運ぶ。

 それで占い師瑞連を知ったと言っていた。そのバイタリティーは驚くほどで、バトミントンサークルにも出会いを求めて入ったのだ。


 だが、入って一週間後には「意外にこのサークル閉鎖的だよね。他大学のサークルとの交流なくない?」と言いだした。その観察眼には驚くべきものがある。辞め際もみごとだった。


 彼女は派手な外見と合コンによく参加することから、他の学生から遊び人だと、あらぬ疑いを受けているが、本人は子供のころに出会った初恋の彼に一筋で、いたってまじめだ。


「そういえば、あんたサークル辞めるって言ったの?」

「ああ、しまった忘れてた。言わなきゃ」


 フェネックに夢中になって失念していた。


「早く言っときな、なんか、あそこまずい気がするんだよね。早く抜けた方がいいよ。もめ事の匂いがプンプンする」


 なんだか言い方が、おばちゃん臭くて笑ってしまう。


「あはは、怖いな。舞香のそれ当たるから。明日にでも電話してみるよ」

「じゃあ。私、お代り行ってくるから」

「はやっ!」


 舞香は毎回ケーキバイキングで元がとれているようだ。唯もお代わりしたいところだが、小弥太を留守番に置いてきてしまったので気になって食べる気になれない。


 ――私だけこんな贅沢していいのかな? 小弥太今頃なにしているんだろう。


 結局その日はお腹いっぱい食べて、カロリー消費と称して、二人で駅近くの中央公園を散歩して、舞香と別れ唯は帰途についた。


 ♢


 カチャリと家のドアを開けると、玄関にちょこんとフェネックが座っていた。


「小弥太、ただいま!」


 そう言って、柔らかいフェネックを抱き上げる。このお出迎えは人型の時もやってくれるのだろうかとふと疑問に思う。人の時はちょっと生意気な口を利く。でも、やっぱりかわいいけれど……。


「留守にしてごめんね、お土産買って来たよ」


 トイレや風呂の並ぶ短い廊下を抜けて居間に入るとテレビが付いていた。小弥太は唯が留守の間テレビを見ていたようだ。


 唯は早速手を洗い、小弥太の為に買ってきたケーキを皿に二つ並べる。ショートケーキとモンブランだ。もしも小弥太が本当のフェネックだったら、食べさせなかっただろう。だが、彼は妖だ。これくらいでお腹を壊したりはしない。


 小弥太は、耳をピンとたて、珍しそうに鼻先でケーキをつついている。やがて食べ始めた。


 唯はそれを見届けて晩御飯を作り始める。今日は肉じゃがだ。さっそくニンジンをきって面取りをする。小弥太は食べるだろうか。


 本当はハンバーグにしようかと思ったが、あれは意外に手間がかかる。もっと時間のある時に作ることにした。


 フェネックを見ると、ケーキが気に入ったようで、ぺろりと二つたいらげていた。晩御飯は入らないかもしれない。それならば、明日の昼食にでもすればいい。


 最後に串切りにした玉ねぎを入れ、落し蓋をしてぐつぐつと煮る。砂糖と醤油の甘く香ばしい匂いが漂ってきた。煮汁がほとんどなくなってきたところで、火を止める。小弥太の反応が楽しみだ。

 それに小松菜と油揚げの味噌汁、きゅうりの浅漬けを添えた。



 晩御飯が済むころには辺りは暗くなっていた。だが、今日はフェネックと散歩をしていない。

 さすがにこの時間に公園は怖いので近くを散歩することにした。


「小弥太、お散歩に行こう」


 すると小弥太はリードをくわえてちょこちょことやって来た。散歩が好きなフェネックは嬉しそうだ。


 管理人室の前を通ると管理人の西田はもういない。帰ったようだ。彼は通いでたいてい10時から18時ごろまで受付にいる。


 一人と一匹で夜の街を散歩する。まだ昼の熱気に包まれているが、アスファルトは熱くないようで、小弥太が楽しそうに歩いている。


「やっぱり一人だと退屈だよね」


 小弥太に声をかけるが、反応はない。フェネックの時の小弥太と、人の時の小弥太は知能に差があるのだろうか? とふと疑問を感じる。


 今夜は小弥太が楽しそうなので、ちょっと足を延ばして駅のほうまで行くことにした。フェネックのリードを引いて商店街を歩いていると、珍しそうに振り返る人もいる。だが、たいていの人は小型犬だと思うのだろう。


 商店街を一巡りして、来た道とは違う道から帰る。途中寺があり、そこの前を通りかかったとき目の間に突然男が現れた。


「唯ちゃん、久しぶり」

「え?」


 街灯を背に暗がりからでてきたスーツ姿の男に恐怖を覚えた。


「俺だよ、俺。忘れちゃったの?」


 思い出した。あのラーメン屋で唯の足を引っかけてきた客だ。よくバイト帰りに後をつけられて、まくのに苦労した。バイトを辞めて唯一スッキリしたのはこいつと会わないことだった。


「やっぱりここら辺に住んでいるんだ」


 最寄り駅がばれてしまった。引っ越さなければならないだろうか? いやそれよりもこの場をしのぐことを考えよう。


 唯が無視して逃げようとすると、男が前に立ってとうせんぼする。


「ちょっと待ってよ。怒ってるの? だってあれは君が悪いんだよ。ちょっとこれから、お話しようよ。なにそれ、犬? 番犬がわりにかってるの? すっごく弱そう。でも、可愛いね」

 

 男が小弥太にさわろうとする。


「やめてよ! 小弥太にさわらないで!」


 こういう時は相手を刺激してはいけないのは分かっているのに、小弥太に触れらるのだけは嫌だった。唯はリードを引く。


「小弥太、逃げるよ!」


 逃げ足には自信がある。東京に来てから、なぜかよく男に後をつけられたり、追いかけられたりするのですっかり慣れた。


 唯は小弥太を抱き上げ、男をふりきり全速力で逃げ出した。


「待てよ! ちょっと話するだけだろう。気取った女だなあ!」


 逆切れした男が追ってきた。家に帰るよりも交番の方がきっと安全だ。


 しかし、しばらく走ると追いかけて来る男の足音が消えた。どうやら振り切ったようだ。


「はあ、はあ、良かった。振り切れた。小弥太、あいつに見つからないうちに帰ろう」


 一息ついて小弥太を道におろす。すると小弥太がひゅんと素早く飛び上がって、消えた。電光石火の勢いで、白いフェネックの残像だけが目の端に映る。


 後ろから、ゴンっ! という鈍く重い音が聞こえ、どさりと何か重いものが地面に落ちる音がした。驚いて振り返ると、男が倒れていた。


 その横にフェネックがシュッタと降り立ち、つぶらな琥珀の瞳で、唯を見上げて白くふさふさのしっぽをふる。


「え? 嘘? 倒しちゃったの?」


 男はひっくり返って鼻血を出し、ピクリとも動かない。


「小弥太、けがはない? で、こいつ死んでないよね?」

 

 唯はちょっと不安になる。男の息を確かめようとして近づく。


「唯、そいつに近づくな。問題ない。気絶をしているだけだ。この時代で人を殺すと面倒なことになるとテレビで見た。さっさと逃げるぞ」


 面倒なことにならなければ殺すのだろうか? 物騒なことを口にする小弥太はいつのまにか着物姿の男の子になっていた。唯は彼に手を引かれて、その場を後にする。


 しかし首には首輪とリードが付いていた。


「ちょっと小弥太、首輪とリード!」


 すると小弥太が何を思ったのか走りながらも唯にリードを渡す。


「違うって、そこはテレビで学ばなかったの?」

「いいから、早くこの場から離れるぞ」


 マンションのエントランスについた。管理人がいなくて良かった。着物姿の銀髪の男の子を連れて帰ってきたら、何を言われるかわかったものではない。


 小弥太が慣れた手つきで、エレベーターのボタンを押す。唯がやるの見ていて覚えたのだろう。


「ちょっと待った! 小弥太、その恰好目立つから、非常階段でいこう」


 マンションの住人に見つかったら面倒だ。近所付き合いはさほどなくあいさつ程度だ。


 だが、小弥太は綺麗過ぎて目立つし、なんで子供を連れているのかと詮索されるかもしれない。もしも、見つかったら親戚の子供という事にしよう。ちょっと苦しいけれど……。


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