第10話 小弥太の記憶

「じゃあ、その祠に入る前は何をしていたの?」


 時間が中途半端なせいか店は空いていて聞き耳を立てる者もいないが、一応声を潜めて聞く。


「祠? 暗くて冷たくて狭いところにいた覚えはあるが、俺はそんなところにいたのか」


 小弥太に封じ込められていた記憶はないようだ。琥珀の瞳が大人びて見えてどきりとする。


「もしかして、何も覚えていないの?」

「ああ、覚えていない」

「じゃあ、心細いよね」

 少し小弥太に同情してしまう。


「そんなことはない。お前はなんだか懐かしい」

「は? 懐かしい? あ、やっぱり小弥太は小弥太の生まれ変わりでしょう!」


「何を言っているんだ。やはり馬鹿なのか?」


 くだらないとばかりに唯を無視して、小弥太はまた狸うどんをすすり始めた。フェネックの時の方が数段可愛い。




 唯は、家に帰る前に買い物をすることにした。小弥太と一緒にスーパーマーケットに入る。


 小弥太は好奇心旺盛で商品を珍しげにみて、質問してくる。カートを見て目を丸くしていた。だが、子供にしては落ち着きがあり、走り回ったり、やたら食べ物を触ったりはしない。要するにまったく手がかからないのだ。


 彼は洋食に興味を持ったようなので、その晩はシチューを作ることにした。家に帰ると早速晩御飯の準備に取り掛かる。


 玉ねぎを半透明になるまで炒めて、鶏肉を投入し、肉が色づいてきたところで、面取りしたニンジンを入れ、更によく炒める。それからじゃがいもを入れて軽く油を絡ませて、水を注ぎ入れた。


 ぐつぐつと煮て具に火が通ったら、シチューの素を入れる。仕上げに、刻んでバターで炒めたマッシュルームと牛乳を加えてた。唯はホワイトソースから作るなんて面倒なことはしない。


 シチューを皿に盛り、軽く焼いたフランスパンを添える。後は湯がいたアスパラとブロッコリー、トマトのサラダ。


「白くてドロッとしていて、奇妙な食べ物だな」

 小弥太が、ジャガイモとニンジンをスプーンでつつく。


「小弥太っていつの時代の妖なんだろうね」


 唯がしみじみといったが、小弥太の目はシチューに釘づけで、話など耳に入ってない様子だ。


 小弥太が、スプーンでシチューを一口すくって食べる。

「うん、うまい」

 そう言って、満足そうに微笑んだ。

「良かった」

 おかしな喋り方をするが、話し相手がいることはいいことだ。

  随分と異常な状況のはずなのだが、唯は不思議と慣れつつあった。

 

 シチューも食べ終わり、腹もくちくなる頃、唯のスマホがなった。着信を見ると舞香だ。


「小弥太、私が電話している間、喋らないでね」

 そういうと小弥太が不思議そうに目を瞬いた。


「わかった」


 一言短く言うと彼はテレビを見始めた。随分とテレビが気に入っているようだ。


「今日どうだった? 瑞連さんイケメンだったでしょ?」

「うん、そうだね。それにいい人だった」

「でしょでしょでしょ!」

 舞香が興奮気味に声を張り上げる。


「神社でお祓いしてもらって、後バイトを紹介してくれたの」

「は? なんでそんな話に! もしかして占い処で働くの!」

「違う違う。神社の方。主に掃除で、雑用もあるらしいよ」


「ああ、そういえば、神社の方、掃き清めるのに人手が足りないっていってたなあ。ラーメン屋であんたが働くっていうのも意外だったけれど、唯って本当になんでもやるよね」


「そうかな。バイトってそんなもんじゃない?」

「いや、マリヤとかモデル事務所にいるとかいってたし。あんたそっち系は興味ないの?」


「モデル事務所? ああそういえば言ってたね。私は地方出身だし、そういう世界は無縁だよ。よくわからないし」


「なんか、唯のそういう所、安心するけど、ちょっと心配。てか、マリアも東京人ぶっているけれど、地方出身だよ」

「え? そうなの知らなかった」


「本人必死で隠しているけれどね。同郷の子が零してたよ。最初の頃は仲良くしていたのに、今は知らんぷりだってさ。そういうのって故郷に対して失礼だよね。で、あいつのことは置いておいて、明日ケーキバイキングいかない? 割引券が手に入ったんだよ」


「明日?」


 いつもなら喜んで飛びつくが、小弥太がいるので迷った。彼の食事が心配だ。振り返ると小弥太はフェネックに戻っていた。


「うそ、小弥太、戻っちゃった」


 唯は唖然とした。


「おおーい。唯どうしたの? 電話聞こえてる?」

「ごめん、ごめん、聞こえてるよ」


 唯は舞香と時間を会う時間を決めて電話を切った。小弥太は疲れたようで、ソファーで丸くなって眠っている。


「また、人間に戻るのかなあ?」


 唯は小弥太の柔らかい毛並みを撫でながら独り言ちた。


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